第10話 栃木の女の口説き方

『かんぱ~い!』


 コツン。4人でグラスを鳴らす。


「じゃあ改めまして~、俺は2年のヤスヒロっていいます! 気軽にヤスって呼んでな! よろ~」


 俺の隣に座った茶髪ネックレスピアス男が勝手に自己紹介を始める。

 なんだか安そうな男なので気軽に安男と呼ぶことにしよう。


「あ、あたしは大空ひなたです……って、みんな知ってると思うけど」


 続いて、俺の向かいに座るひなたが挨拶をする。

 う~ん、Tシャツって着る人が着ればちゃんとえろ……可愛く見えるもんなんだな。胸元がちょっと緩めなのがちょっとえろ……いい感じだ。


「あれ? ひなちゃんどしたの? なんか緊張してね?」


「べ、別に! ヤスはいちいちうるさいのよ!」


 ひなたのいかにもツンデレっぽい反応に、ウェーイウェーイとおちょくる安男。

 なに? コイツらできてんの? 

 俺は一体何を見せられてるんだい? もう帰っていいかな?


「それより! 次、アンタの番!」


 ひなたは安男の攻撃を振り切り、睨みつけるような視線を俺に向けていた。


「あ、はい。田中……です」


「ちょっとぉ~、田中なんていっぱいいるっしょー? 下の名前教えてよぉ~」


 うわぁ……馴れ馴れしいなコイツ。

 友達にはなれんタイプだな……というかなりたくない。


 え? そんなこと言ってるから友達できないんだって? 

 うっせぇ! 今はそんなことどうでもいいんだよ!


「あ、悟……っていいます」


「さとり……いい名前じゃん! よろしくさとっちゃん!」


「ああ、よろしく……」


 いい名前って言ったそばからさとっちゃんかよ。それなら佐藤でもサトシでもいいじゃねえか。

 くそ……席替えとかあんのかな? 俺はあっちの清楚系JDと喋りたいんだけど。

 ……いや、こんな所に来てる時点で清楚ではないか。清楚系ビッチだな。だがむしろそれがいい。あま~い言葉で誘われてみたい。


「で、あとはこかげちゃんだよな! いや~ほんと可愛いよこかげちゃん。マジ神ってるわ~。でさ――」


 安男の向かいに座るこかげは、自ら自己紹介することもなく、安男に質問攻めにされていた。

 というか、乾杯の前、席に着いた瞬間から安男は即行こかげに話しかけていた。

 俺はリアルのナンパというものをこの目で初めて見たよ。

 まあ、こかげちゃんは本当に可愛いからしょうがないんだけど。

 お兄ちゃんの顔が見てみたいね!


「と、栃木……」


 こかげは安男の勢いに気圧けおされながらも、質問に対してぽつりぽつりと言葉を返している。

 えらいえらい。


「あーとちぎ! いいじゃん超いいじゃん! あれっしょ? 納豆めっちゃ作ってるとこっしょ? ネバネバーつって! 俺こう見えて納豆超好きなんだよね~」


 ハイテンションで出身地の話に食いつく安男。

 確かにコイツが納豆好きなのは意外だが……


「それ……茨城……」


「うっそ! マジかっ! 勘違いしてたわ~ごめん!」


 無駄にオーバーリアクションなのがイラッとくる。

 こいつ生きてるだけですげえカロリー使ってるんだろうな。燃費悪そう。


「とちぎだもんな……あ、わかった! こんにゃくいっぱい作ってるとこっしょ? こんにゃくいいよなぁ~。俺、おでんの中ならこんにゃくが1番好きなんだわ~」


 などと安男が取って付けた知識を披露していると、テーブルに料理が届く。


『お待たせしました』


 中央に大きなボウルが置かれると、ひなたはトングを手に取り、慣れた手つきでサラダを皿に分ける。

 いるよね、こういう女。


「はい、ヤスの分。アンタは少し黙って草でも食べてなさいよ」


 なんだその埼玉人をディスるような言い方は。

 ちなみにこんにゃくいっぱいつくってるのは群馬な。栃木は「いちご・日光・餃子」さえ押さえておけば十分だ。あとかんぴょうの話とか出てきたら「なんでそこまで知ってるの? ちゅき♡」ってなるので、栃木の女を口説く時には是非。


「ひなさん冷たいっすよぉ~」


 渋々サラダに手を付ける安男。

 なんか哀れだな……フッ。


「はい。残りはアンタにあげる」


「……はいぃ?」(右京さん風)


 そして俺に差し出されたのは、3人分の中身が取り分けられた後のサラダが入ったボウルだった。

 いないよね、こんな女。


「なに? なんか文句あんの?」


 そうだよね! 使う皿が少なくなれば洗い物も減って店員さんも楽になるし、何よりエコだよね! 一人暮らしの男なんてフライパンのままチャーハンとか食っちゃうんだから、ぜーんぜん問題ないよっ! 俺ってなんてSDGs!


「いえ……」


 次々と運ばれてくる料理をひなたが取り分け、残りは俺が黙々と食べ進める。その一方で、安男がどうでもいい自慢話をこかげに聞かせたり、どうでもいい教授の悪口をだべったり…………そんな感じで時間は過ぎていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 1時間ほど経った頃だろうか。俺のお腹が北海道イタリアンでいっぱいになりかけていた時、話題は趣味についてに移っていた。

 安男は自慢するように色々な趣味を語っていたが、至極どうでもいいのでほとんど覚えていない。覚える気にもならない。


 ったく、最近の男はなんですぐサウナサウナ言い出すのかね。

 あんなクソ熱い所に何分もいて今度はキンキンの水風呂に入るとか、どう考えても地獄の所業じゃねえか。あんなのにハマる国民性って終わってんだろ。もうこの国ドMだらけだよ。いや俺もどっちかって言うとMだけど。一緒にしないでほしいね。

 MはMでもまん……マントヒヒ!


「こかげちゃんは、休みの日とかなにしてんの?」


「家に……い、ます」


「おっ、インドアちゃんかぁ~。家でなにしてんの?」


「…………」


 こかげはうつむいたまま、答えない。答えられない。

 まあ、そうなるよな。言いたくないよな、そんなこと。


「え? え?? 俺無視されちゃった? うわぁ~悲しいわぁ~」


 安男は茶化すように言うが、場の空気は一気に重くなり、沈黙が流れる。

 これはまずいな……と思っていると、


「アンタは?」


 目の前のひなたが、首を少し傾げながら、俺の方を見ていた。


「趣味、あんの?」


「…………」


 いやー、振られちゃったなぁ。会話。

 困るんだよなぁ。趣味の話だけは事務所的にNGって言うか、いやほんと、僕は話してもいいと思ってるんですけどね? そんな恥ずかしがることでもないし。でもうちのマネが


「シュミ、あんの?」(ジロリ)


「あ、ああ……アニメ、とか」


「マジ!? 俺もアニメとか超見るっしょ!」


 殺意すら感じるほどの目付きに耐え切れずに口を開くと、いつの間にか横のチャラ男が釣れていた。

 こいつ、ほんとなんでも食いつくな。公園の池の鯉みたいな食いつきのよさだよ。パクパク。

 ひなたが選んだのかは知らんが、まあ……よく言えば喋りやすい男……易男とも言えなくはない。


「そ、そうっすか……ちなみに、どんなの見るんですか?」


「ワンピース、ナルト……あとドラゴンボールとか! 最近は鬼滅とかも見てるっしょ!」


 うわぁ…………いやどれも立派なアニメですけど。ザ・ジャパニーズアニメですけども。

 あれですか、超見てるの超っていうのはスーパーサイヤ人のスーパーですか? 

 わかります。男の子なら誰しも通る道ですもんね! 下敷きで頭擦って髪を立たせて「オラに元気を分けてくれ」とか言っちゃうよね! 

 ……知らんけど。


「さとっちゃんは?」


 キ、キタ……! 

 これが怖いから話したくなかったんだよ! あ~もう嫌だ! さとりんおうちに帰りたいっ!


「さとっちゃん?」


 ええい! この際俺の体裁なんてどうでもいい! 後は野となれ山となでしこ!


「俺の妹……とか」


「俺の妹……?」


「お……俺の妹がこんなに可愛いわけがない」


 俺の突然のシスコン発言に、その場は静まり返る。

 沈黙の中、遠くからアルコールの入ったガヤガヤとした話し声だけが耳に入ってくる。

 そして、こかげは少し顔が赤くなっている。

 酒は飲んでいないはずなのにね。

 まあこかげが可愛いのは事実だからいいんだけど……えへへ。

 でも今はそういう問題じゃない。


「っていう名前のアニメがあるんだよ」


「……へ、へえ……ひなは知ってる?」


 おお、珍しくチャラ男が怯んでるぞ。なるほど、こういうヤツを黙らせたかったら好きなアニメの話をすればいいんだな。

 ちなみに俺は「変猫」とか「変好き」とかも好きだぞ。「僕H」とかも強そうだな。ラノベのタイトルってほんとすごいですよね。


「ん? ごめんもっかい言って?」


「だからその……俺は妹が好きだから可愛い……だっけ?」


 ちげえよ。それだと俺が可愛いことになっちゃうだろ。そんなアニメ見たくねえよ。


「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」


 あ~もう二回も言わせんな!

 俺が恥ずかしさにもだえていると、ひなたが一言。


「なにそれキモそう」


 あ~そうだよ! キモいラノベだよ! 妹モノのエロゲーとかが大量に出てくるオタクっぽいアニメだよ! 

 くっそ……でもあれだからな! ラノベってのは一見いかがわしいタイトルでも中身は普通に名作なやつがいっぱいあるんだからな! 

 ああ……中学の時教室でエロマンガ先生を読んでて女子に引かれた田原くん……別にそんなエロい内容じゃないのにな、あれ。

 かわいそうだったぜ。俺はそれを見て、ラノベを買う時はちゃんとカバーを付けてもらうようにしたぜ。でもカバー無しで読むときの背徳感もなかなか


「あ~、そんなこと言ったらダメっしょ? 俺の妹、ね。今度見てみるわ!」


「あ、うん」


 ぜってぇ見ねえだろうな、コイツ。


 ――と、場が落ち着いた所で、再び沈黙が流れる。

 俺はまた安男が何か話題を振ってくれるだろうと思っていたのだが、安男は既に冷めていたピザに手を付け始め、急に喋らなくなってしまった。

 コミュ障のこかげと話すことに疲れたのか、それともこかげのことに興味がなくなったのか……どちらにしろこれはまずい。

 どうにかしてくれとひなたの方を見るが、ひなたはただチューチューとオレンジ色の何かを吸っているだけで、口を開かない。

 むしろ「アンタがなんとかしろ!」という視線を感じる。


 むぅ……。こんな時何を話せばいいのか、俺には皆目見当もつかなかった。

 俺は安男のようにこういう場に慣れているわけでもないし、安男みたいに口が回る方でもない。

 あれ……なんかこう書くと安男が高スペックみたいに見えるじゃん。やだ。

 いや実際俺なんかよりはいく分いい男なのかもしれないが。


「ピザうめぇ」


「そうね……」


 そして、気まずい空気が流れる。

 やっぱり陰キャ俺たちは、こういうタイプの人間とは、打ち解け合うことなんてできないのだろうか。


「そうだ。ひなちゃんさ、こないだのサトルさんちの飲み、なんで来なかったん? てか最近付き合い悪くね?」


「あー、あんときはさ――」


 二人は俺たちを置いて話し始める。


 まずい……何か、こかげが話せるような……何かを振らなければ……!

 そう思い、頭の中から振り絞って出てきたのは――


「なあ、Vtuberって知ってるか?」


 こかげはクイッと顔を上げ、目を丸くして俺の口元を見つめていた。

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