第9話 すすきのという戦場で、俺達は戦う。(陽キャと)

 可愛い女の子に対する褒め言葉は何だろうか。


「可愛い」――まず真っ先に思い浮かぶ言葉だろう。シンプルでわかりやすい。

 しかしどうだろう? いきなり女性に向かって「キミ可愛いね」なんて言ったらどうなる? ……100%ナンパされていると思われるだろう。

 そんな言葉を使っていいのはよっぽどのイケメンか黒ぶちメガネのチャラ男だけだ。よって却下。


「今日の服、可愛いね」――その女性自身を褒めるのではなく、服を褒めることによって、気持ち悪がられずに間接的に女性を褒めるという高等テクニックだ。

 ただ、「服が可愛いだけであってお前は別に可愛くない」とか、「今日は可愛いけど昨日はブスだった」とか言われているように感じられる危険性もある。「じゃあどの辺が可愛いの?」とか聞かれても困るので却下。


「その髪型、似合ってるね」――顔や胸のように本人の力では変えられない(メイクはできるけど)部分ではなく、髪という本人の努力と金次第で変えられる部分を褒めるやり方だ。

 人間誰しも頑張ったことを褒めてもらえるのは嬉しいはずなので、髪を褒めるのは無難な選択肢。さらに、「綺麗な髪が似合う女性」という意味を含ませることによって、髪以外の可愛さも褒めることができる。


 となると、髪を褒めるのがいいんだろうな……。わざわざ美容室にでも行ってきたんだろうし……金もかかったろうになぁ。

 でも相手は妹だぞ? 妹に面と向かってそんなことを言うのも……ねぇ? キモいとか言われたら死んじゃう自信があるんだけど。

 うぅむ……どうすべきか……。


「――ちょっと、中田。聞いてんの?」


 揺れる電車の中、瞑想するように、急に清楚系大学生にイメチェンしてきた妹のことを考えていると、横からメスザルのような声が聞こえてきた。

 中田さん、呼ばれてますよ。ウキウキ。


「無視・す・ん・な!」


 ぐに。耳がつねられる。


「って!」


 ひねられた方を見ると、隣に座っているこかげの奥から大空ひなたの手が伸びていた。

 なんか怒ってるっぽい。もしかして生理?


「まったく、ボーっとしてんじゃないわよ! アンタなんのためについてきたのよ?」


 チコちゃんばりに顔を膨らませながら身を乗り出して叱ってくるひなた。


 ……もしかして、中田って僕のことだったんですか? 僕には武勇伝も無ければパーフェクトヒューマンでもないですよ…………さっちゃんカッコイイ! カッキーン! 

 あれ、もしかしなくても俺ってカッコイイ?


「フ……まあ俺に任せておきな……」


 俺は中田らしく二枚目カウボーイのようなセリフを吐いてみる。

 そんな俺に向かって、ひなたは一言。


「キモ」


 死にたい……とはならない。だって、俺はこんな生意気な女、これっぽっちも興味ないからな! アウトオブ眼中。

 ……ナマイキってなんかエロいね。


 にしても危ないところだったな嬢ちゃん。ここが電車の中じゃなきゃ、俺のマグナムが火を吹くところだったぜ? 

 ……下ネタじゃないぞ?


「あん肝だ~いすき! 食ったことないけどっ☆」


 キモだけにね。


「…………は?」


『まもなく、大通おおどおり、大通――』


「……さとりさん」


 自動放送の声だけが流れる車内で、こかげがぽつりと俺の名前を呼んだ。

 見ると、こかげはなぜか顔を少し染めながら、恥ずかしそうな目で見つめてくる。

 妹だと言うのにな……表情が色っぽくすら見えるのだ。

 そう、きっとこれはメイクのせいだ。その魅力をほどよく主張しているナチュラルメイクが、たまたまこかげの顔に似合いすぎていたというだけなのだ。「色っぽい」というのは客観的な感想であって、兄である俺としてはこれっぽっちもエロいなんて


「うるさい」


「あ……はい。ごめんなさい」


 なんだっけ……?

 ま、まあ、とにかく……あん肝は余計だったなって思いました。変な注目集めちゃってごめんなさい。


 そんなこともありつつ、俺たちはついに戦場すすきのに降り立った。

 地上から吹き込む風に立ち向かいひたすら上に向かって…………このくだりはもういいか。


 今回の目的は明確だ。こかげに男を作ること。そのために、俺とひなたが近くに座って、何かあったらフォローする。

 まあ、いきなりお持ち帰り(される)ってのは無理だろうけどな。普通に同じ年くらいの男と話して、酒は……まだ飲めないか。飲み会の雰囲気……大学生らしい楽しさってものを味わってもらえれば、俺は十分だ。

 なんか前にも同じようなことを言ったような気もするけどな、とにかく俺の願いはそんなところだ。

 ひなたはやけにやる気みたいだけどな。口は悪いが案外こかげのことを想ってくれているのかもしれない。

 

「ウィーッス!」

「オツカレオツカレー!」


 生温い排気口の匂いが漂う雑居ビルの前に群がる若者の方に近づくと、頭の悪そうな陽キャの鳴き声が聞こえてくる。


 まったく、いっつも何に疲れてるんだよお前らは? どうせついさっきまで寝てて、絶起チョッパヤ寝起き飲み会なんだろ? エブリデイオツカレ星人ですかこの野郎。お家に帰ってママのカツカレーでも食っとけ。カツカレーカツカレー。


「よし。いくわよ」


 前を歩いていたひなたは一度立ち止まり、俺たちに声をかける。


「おう」


「……」


 こかげは何も言わず、「うん」とその場でうなずく。


 そして俺たちは、一歩前に踏み出した。

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