第8話 新札幌駅前にて
日曜の夜、うちのコンビニにはいつものように地雷フォルムのらいかがやってきていた。
「いよいよ明日だね」
「そっすね」
「さとりんもちゃんとオシャレしていった方がいいよ」
「……なぜ?」
俺はあくまでこかげの付き添いで行くだけであって、別に俺が女を捕まえるわけではないのだから、オシャレである必要はないんじゃないかと思った。
「それは、明日のお楽しみってことで」
ハハッと不敵に笑うらいか。
まさか、妹に地雷系ファッションを教え込んだとかじゃないだろうな……。
「そういや、なんでらいかさんは行かないんですか?」
「ああ……私、ああいうの苦手なんだよねー」
らいかは力なく呟いた。
「へえ、意外」
見た目的にはいかにも新宿のホストにでも通っていそうなのにな。若い男が来る飲み会なら喜んで来そうなものを。
「今、失礼なこと考えてたでしょ?」
え、なんでわかるの? もしかしてあなたエスパーですか。エスパー伊東ですか。身体丸めてカバンに入っちゃったりするんですか。
こういう時は「あ、あそこにUFOが!」と視線を逸らさせるのが定石だが、あいにくここは駅の中である。
「今日はいい天気ですね」
「……え?」
「あ、いや……ボケただけです」
「あ、ああ……。いやなんでいきなり天気の話!?」
ペチンと優しくレジを叩くらいか。
確かに、これじゃあ飲み会には向いてなさそうだ。ツッコミはもっと大げさにやらないと。
「とにかく、こかげちゃんをよろしくね。おにいちゃん!」
「……!?」
不覚にも、ときめいてしまった。
違うぞ。俺は決してこんな目に優しくない色の服は好みじゃないし、やけに色っぽい濃いめのメイクにも惹かれない。
ただ、そんな破壊力抜群の笑顔で「おにいちゃん」と言われてしまったことが……あれ? もしかしてコイツは生き別れになっていた俺の妹なんじゃ……?
「そんな妹はいねえよ! アニメの見すぎラノベの読みすぎだよ!」
ドンッと壊れんばかりにレジを叩く。
……手が痛いね。
「なに!?」
――とまあ、こんなことを経て飲み会当日を迎えた。
ちなみに、その時店の中にいた他の人はなぜか引き返していってしまったが、気にすることではない。「なんだあのヤバい店員は?」なんて思われてないから。うん。とりあえず店長ごめんなさい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
平日の夕方、世間のサラリーマンたちはそろそろ帰宅の時間だろうか。いや、まだ早いか。
時刻は5時前、空はまだ明るい。夏の北海道は日が長い。夏至の時は7時過ぎても普通に明るかったりする。
今日は特に太陽も照っておらず、外に出るにはちょうどいい陽気だった。日が落ちればさらにぐっと涼しくなるだろう。
しかも今日は月曜日。おそらく街に人は少ない。こんな日に遊んでいられるのは大学生の特権だろう。
まあ、俺は大学生じゃないけどね。
「ここでわかんのかねぇ」
俺は地下鉄の入口の前でこかげとひなたの二人を待っていた。
もういっそのこと羊ケ丘のクラーク像でも引っこ抜いて駅前においてくれたらいいのにね。そうすれば観光客もわざわざ街の外れまで見に行かなくて済むし。なんてったってここなら空港からたったの30分ですから。
よし決めた。俺が札幌市長になったらクラーク像の移設を公約に掲げよう。
……いや、1/1美少女フィギュアの方がいいか?
なんてどうでもいいことを考えながら、その場で待ちぼうけていると、
「あ、いた」
遠くから歩いてくる二人の姿が目に入った。
一人はこの前とは違ってパンツ姿(だからおパンティじゃないぞ? 普通にジーパンだぞ?)で髪を後ろでまとめた、どことなくボーイッシュなひなた。
もう一人は、真っ白なシャツに薄いカーディガンを羽織り、膝下まで伸びる青のフレアスカートがひらひらと揺れる…………ん?
「誰だ? あれは……」
見覚えのない女性だった。いや、普通に考えてそこにいるのは一人しかありえないはずなんだが……。
「早かったわね。田中にしてはしゅしょーな心構えじゃん」
「え、あ……うん」
横でボーイッシュビッチが何か言っているが、全然頭に入ってこない。
お前じゃなくてそこの清楚系可愛い女の子は誰だよ! さっきから全然俺の方見てくれないんだけど!
「じゃあ、行くわよ」
「ちょちょちょっとまって、おねさん!」
何事もなかったかのように地下へのエスカレーターに向かおうとするひなたを前に、俺は今の子には伝わらないラッスンゴレライを繰り出していた。
説明はしないよ?
「なによ?」
「いや……あの子誰?」
あの子に聞かれないように、そっと耳打ちする。
「ちょ、近づかないでよ!」
そして俺は傷つく。……
いいもん! こんな女には興味ないもん! 女の子はやっぱりスカート一択だもん!
「さとり……さん?」
……その小さな声に振り向くと、そこにはうるうるとした上目遣いで俺の方を見つめる、
もう一度言おう。
誰だこの幼さを残しながらもほんのりといちごのような香りを漂わせ、俺が守ってあげたいと思わせてくれるような、あどけない表情の持ち主は……!!
俺の妹にしたいくらいだ! というかなってくれ!
ねえ、今からウチくる? イクイクー!!!
「木下こかげ。可愛くなったでしょ?」
と、なぜか得意げに胸を張るCカップの女。
可愛くなった? バカ野郎。俺の妹は元から可愛い……て、妹?
「悟さん……近い……」
ああ。いくら見た目が変わっても、そのぼそぼそと自信がなさそうな喋り方は変わってないんだな……。
俺は生まれ変わったこかげの御姿を拝見し直し、
「アンビシャァァァァァス!!!!!」
叫んでいた。
「ひぇ!?」
「ちょっと黙りなさいよ!」
パコーンと、手に持っていた高そうなバッグで殴られた。
「エルメス!」
「違うわよ!」
じゃあキャメルかな……。いやそれタバコ! それを言うならシャネルでしょ!
「はい。あの……取り乱してすみませんでした」
ちょっとだけ気持ち良かったのでもう一回やってください……じゃなくて。
「本当に、こかげ……なのか?」
「だからそうだって言ってんでしょ!」
「お前に聞いてねえんだよ! 黙ってろこのアバズレCカップ!」
「ア、アバズレ!? てかなんでCカップってわかるのよ!」
「フッ……それが俺の
まあ、ただの勘なんだけどね。
というかやっぱりCカップだったのね。中途半端なオンナデスネー。それに比べて俺の妹は潔い。MTTA・I・RA!
「キッモ……アンタ早くあそこの警察に自首してきた方がいいよ」
「なっ……こんにゃろ」
このアマ……まだ会うの2回目だぞ? コイツは年上に向かってなんて態度してるんだよ。そんなのが許されるのはテレビに出てるバカタレントだけなんだよ。
そんなんで社会に出たら干されるぞ! あーあ、就活の時とか絶対に苦労するわコイツ。ざまあ味噌漬け!
……就活? あれ、なんだか頭が痛くなってきたぞ。シュウカツなんてボク知らない。一生ガクセイでいるの。
「お、遅れちゃう……!」
俺とひなたがガミガミ言い合っていると、こかげが割り込むように叫んでいた。
「お、おう……」
「そ、そうね……」
お前……そんな大きい声出せるんだな。
それにしても、その不機嫌そうに俺たちを睨んでくる、ムスッとした顔も――――
どうしようお前ら。俺の妹が可愛すぎるんだが。
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