第6話 渋谷系JDと飲みサーとオタサー
渋谷系と言えばいいのだろうか。
デニムのジャケットにデニムスカートのセットアップで、長い脚には黒のロングブーツ。髪は少し長めのライトブラウンで、オシャレな編み込みに目を惹かれる。
モデルをやっていると言われても信じてしまうような容姿だった。
そんな超イケイケJDが今、扉の前に立って俺のことを見下ろしている。
「アンタ誰?」
じょしだいせいの「にらみつける」こうげき! こうかはばつぐんだ!
「た、たなかです!」
俺は思わず椅子から立ち上がり、なぜか偽名を名乗っていた。
……なんとなく、こかげとの関係は伏せておいた方がいいような気がしたのだ。
「たなか? ……つまんない名前」
こいつ……全国の田中さんに謝れ!
なんて思っていると、その女は女狐のようなつり目で俺を睨み直し、
「オタクくさ……。どうでもいいけど、邪魔しないでよね」
俺が大学入学以来磨き上げてきた脱オタファッションが否定された瞬間である。
ユニクロじゃあダメなんですか! GUだったら許されるんですか!
違うから。今日はまだ本気出してないだけから。俺だってもっと髪とかちゃんとしたら爽やかイケメンなんだから。
……にしてもひでぇなこの女。初対面のはずなんですけどね。どうしてそこまで毒が吐けるんでしょうか。泡盛に漬けてハブ酒にしてやりたいね。
「すみません」
とりあえず謝っておくと、渋谷女はフンと偉そうに首を振り、コップを持ったままのらいかに話しかけていた。
「ねえ、今度強風オールバックの歌みた撮ろうと思ってるんだけどさ……」
らいかはうんうん頷き、そいつの相談に乗っているようだった。
俺は突然の侵入者にどうしていいかわからず、しばらく二人の会話を見守っていたのだが……ふいにらいかがこっちを見て、クイクイとアイコンタクトで「あっちを見ろ」と言ってきた。
見ると、机の奥ではなにやら気まずそうにモジモジしているこかげの姿があった。
むぅ……しかたない。
俺は一度席を立ち、こかげの隣に座り直した。あんな
ということで妹に話しかける。
「あいつ、なんなんだ?」
こかげはピクッと反応し、うつむいたまま答える。
「大空ひなた、さん……V研の、2年生……」
2年生……ということはこかげの先輩か。
「へぇ。あんなのもいるんだな」
ギャルとまではいかずとも、派手な見た目をしている女だった。
「ひなた」という可愛らしい名前は似つかない……なんて言ったら親御さんに怒られるだろうか。
あいつが部屋に入ってきた時に漂ってきたのは、ちくりと鼻を刺すような甘い香りで、「コイツ俺を誘ってるんじゃないか」と錯覚させられるような
そんなやつが……こかげとは正反対のような女が、Vtuber研究会などといういかにもオタクっぽいサークルに入っているのが意外だった。
オタサーの姫ってわけでもあるまいし。何が目的なんでしょうね? サークルに好きな男がいるからとか……? 違うか。
にしても、あの高圧的な声はどっかで聞いたことがある気もするんだが……。まあ、どうでもいいか。たぶん気のせいだ。
「ああいうヤツもVtuber好きなんだな」
そうだよ。――そんな反応が返ってくると思っていた。
「……どう、かな」
「……?」
「そらさんに聞いてみないと、わかんない」
「そうか……」
言葉の選択をミスってしまったのだろうか。妹との会話はうまく続かず、再び気まずい雰囲気が流れる。
一方らいかとひなたの方は、横並びに座ってどこからか取り出したピンクのラップトップを開いて何やら話し合っていた。
あーあ、もうちょっとギャルゲーとかやって感性を磨いておけばよかったなー。などと天を仰いでいると、
「……そうだん……」
こかげがぽつりとつぶやいていた。
「ん? どうした?」
「相談が、あるの」
「おう。なんでも言ってみ?」
俺は椅子を近づけて、ポンポンと自分の胸を叩いた。
「ち……ちかい」
驚かせてしまったのだろう。こかげはスッと身を引いて、プイッと目を逸らしてしまった。
俺の妹は恥ずかしがり屋さんだからな。決して俺が嫌われてるからとか臭いからとかではないぞ……ない、よね?
「すまん……で、相談ってなんだ?」
「うん……Vtuberになるには、準備期間っていうのが必要なんだけど」
「ちょっと待ってくれ」
ん? と小鳥のように首を傾げる俺の妹は、当たり前のように話を進めようとしているが、いくら妹だからと言ってそれは見過ごせない。というか、妹だからこそちゃんと聞いておかなければならない。
「お前は……本当にVtuberになるつもりなのか?」
「なるよ」
迷いのない、どこまでもまっすぐな言葉だった。
「なんでだ?」
「なんでって……Vtuberになりたいから?」
「おぉ……」
そりゃあ答えになってねえよ……。
「どうして?」
「ん?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「どうして……か」
こかげに言われて考える。俺が今こかげに対して抱いている感情は、いったい何なのだろうか。
母親から「こかげがVtuberになろうとしている」と聞いた時、そんなわけないだろと思った。
こかげが「Vtuberが好きだ」と言った時、なんでVtuberなんだと思った。
こかげに「今度Vtuberになる」と言われた時、何を言ってるんだお前はと思ってしまった。
俺にとってVtuberっていうのはどこか現実味のないもので、得体の知れない存在だった。
だから俺は、自分の妹がそんなものになろうとしているのを見て……
「心配だから、かな」
こかげは意表を突かれたように椅子を揺らし、ジッと睨むようにして俺の方を向いた。
「なんで?」
すっかり光彩が消えていたその瞳は、俺を威嚇しているようにも見える。
だが、俺は
「お前さ……ここ以外にサークルとか入ってるのか?」
「え……? 入ってないけど」
俺の妹は、今年大学生になった。
「飲み会とか新歓とか、行ったことあるか?」
「……ない」
高校の時は3年丸々コロナで、きっとロクな青春を送ってこなかったと思う。
「彼氏とかいるのか?」
「…………いない」
やっと実家から出られて、北海道に来て、大学生になれて、コロナも収まったというのに……俺の妹はろくにファッションにも気を遣わず、Vtuberなるものに
「友達は?」
「………………」
決して俺が言えたことではないが、
「お前、一度きりの大学生活だぞ? 本当にそれでいいのか?」
そんなものに手を出す前に、もっと青い春を楽しむべきなんじゃないか。
そう思ってしまった。余計なお世話かもしれないが、それでも妹には幸せになってほしかった。
「そんな、こと……なんで……なんで
「それは……」
お兄ちゃんだから。そう言えればよかったのにな。
「………………」
結局何も言い返せなかった。
「それ! それよ! アタシもそう思ってたのよ!」
すると、その重苦しい空気を吹き飛ばすように、どこからか黄色い声が飛んできた。
見ると、ひなたが立ち上がってこかげの方に近寄ってきていた。
「アンタさぁ、Vになりたいなりたいって言ってるけどさ、その前にもっとやることあんでしょ」
「なんですか、いきなり……」
怯むこかげに構わず、ひなたはズシズシ迫っていく。
「Vなんて別にいつでもなれるんだからさー、今はもっと学生のうちにしかできないことをやるべきだと思うのよね。うんうん。アンタなんのために大学入ったのよ?」
うぅ……と縮むこかげ。ひなたの言い方はアレだが、言っていることは的を射ている気がする。
「よし! じゃあ彼氏作るわよ」
「「はぁ!?」」
シンクロする俺たち。
そんな「京都に行こう」みたいなノリで言われましても。
「なによ? ええと……スズキ? アンタもコイツに彼氏作ってやりたいんでしょ?」
「いや……」
今度は俺に迫ってくるひなた。余計に甘い香りが鼻をくすぐるからやめてほしい。
あと俺はそんなバカデカい川魚みたいな名前ではない。日本の軽自動車でもない。
というか、いつから俺たちの話を聞いてたんだコイツは。
「男のくせにウジウジ言ってんじゃないわよ! よし決めた! 今度じょいふるの新歓行くわよ! アンタはそこで男を引っ掛けるの!」
そう言いながらこかげの肩をバシバシ叩くひなた。
男を引っ掛けるの! じゃねえんだよ。
お願いだから釣り感覚で男を捕まえないでくださいね、ビッチさん。どうせ俺みたいなピュアボーイしか釣れませんから。
……だから魚じゃないって。おいしくないって。スズキっておいしいのかな?
「え、えぇ……?」
そしてあわあわしているこかげ。……かわいい。
らいかはそんな二人の様子を笑顔で見守りながら、一言。
「飲み会か……いいネタになるね!」
ネタ……? なんの?
「らいかさん……」
こかげはすがるようにらいかの方を見ていたが、ついに「はぁ」と肩を下ろしてしまった。
――こうして俺たち3人は、こかげの彼氏を作るため、テニサーの飲み会に潜入することになった。
……そう、なぜか俺まで行くことになっていた。
2回目の大学生をエンジョイ! ……ってわけでもあるまいしなぁ。
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