第3話 妹を探す方法
「もしもし」
翌日。妹がVtuberになろうとしているという衝撃の事実で、それ以外のことが完全に吹っ飛んでしまった俺は、確認のためにもう一度母親に電話を掛けていた。
『どしたの
のんきな母親である。
「違うけど」
『そう……そういえばジンパ! 北海道の人って外でジンギスカンするんでしょ! 悟はジンパしたことあるの?』
ジンパってのはジンギスカンパーティーのことだ。どうせ秘密のなんとかショーでも見たんだろう。
「ないけど。だいたいラム肉なんて高くて学生には買えないっての」
『そっかー。悟ってそういうことできる友達とかいなさそうだもんね~♪』
「なんでそうなる! 話聞いてたか!」
『どうしたのそんなにイライラしちゃって? 生理?』
「あんたに言われたかないわ!」
俺の渾身のツッコミにクスクスと笑う母。電話越しでも腹を抱えているのがわかる。
このアマ……ほんとなら「黙れこの閉経女!」とでも言ってやりたかったけどな、さすがに母親相手でもそんなことを言える度胸はない。
ああ、俺ってヤツはなんて紳士なんだろうな。英語で言ったらベリージェントルマン。なにそれ甘酸っぱそう。
――そして俺は、こう言い訳する。
「……コロナのせいだよ」
『……そっか。じゃあしかたないね』
聞きなれた母の優しい声は、時に俺の胸にチクリと刺さる。
コロナのせい……便利な言葉だよな……。
『で? ご用件は?』
そう言われて本来の目的を思い出す。
「昨日言ってたことなんだけど――」
母は自分の息子が昨日の今日で言ったことを忘れていたことに「なに!? 記憶喪失なの? それとも認知症?」とか驚いていたが、なんだかんだ丁寧に説明し直してくれた。
自分で言うのもなんだが……いい母親だと思うよ。テレビの情報を
俺の妹――こかげは高校生の時からVtuberになりたいと言っていたらしい。
だから父親にパソコンを貸してくれと頼んだそうなんだが、なんだかんだ理由を付けて反対され、パソコンどころの騒ぎじゃなくなったらしい。
父のことはわからんが、どうやらあの人はVtuberを毛嫌いしているらしい。
それ以来こかげと父はまともに話さなくなって、そのまま大学生になってしまった。そしてこかげは両親からの電話にも出ず、一人北の大地で何をしているかもわからない。
――ということだった。
こかげが本当にVtuberになろうとしているのかどうかはわからんが、そうだとしたら確かに恐ろしい。たぶんこれが俺だったら特に心配されることも無いのだ。だが、可愛い一人娘となれば話は変わってくる。
キミも自分に置き換えて考えてほしい。自分の娘がいきなりYouTuberになりたいと言い出して、危ないからやめておきなさいと言ったらケンカになって、家を飛び出して連絡の一つもよこさない――。心配だろ?
YouTuberとVtuberを一緒にするなと言われそうだがな、たぶん父親世代からしたらどっちも同じようなものに見えるんだろう。どっちも同じ「よくわからない奴ら」で、そのイメージは回転寿司で醤油をペロペロしたりコンビニのおでんをツンツンしたりするヤバい連中……ってのは極端かもしれんけどな、案外そんなもんだと思う。
俺だって今……妹がVtuberとかいう得体の知れないものになろうとしているんじゃないかと思うと、それはヤバいと感じてしまう。何がヤバいかはわからない。直感でそう思ってしまうのだ。
――俺はそういう人間だった。
だから俺は、この街に住んでいるという妹を探し、彼女の真意を聞き出さなければならないと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませー」
「あの、
「あ! すみません!」
……バイト中もずっと妹のことを考えていた。というより、どうすれば妹と会えるかを考えていた。
――――嘘だ。妹に会うだけなら、父からこかげの住所でも聞いて、突撃隣の晩ご飯すればいいだけだ。電話やラインだって、聞けば俺には教えてくれるだろう。
……ネタが古いとか言わないで。ご飯はシャリだけどね。
問題は、仮に俺がこかげに会ったとして、何ができるのかということだった。
今すぐ親に電話をしろと言えばいいのか? それとも、Vtuberなんてわけのわからないものにはなるなと言うのか?
……違う。きっと違う。
そんなことをしてなんの意味がある? そもそも、俺にそんなことを言う権利なんてどこにある?
――なんてことをいつまでもぐるぐると考えていた。
「1250円です」
――ドンッ!
「え?」
ふと前を見ると、レジの上に右手を乗せながらこっちを睨みつけている真紅の瞳……じらいちゃんの姿があった。
「ぼったくり」
「……え?」
俺にはその言葉の意味が理解できない。
「この店はおにぎり1個で1200円も取るんだね」
「……125円です」
自分でもよく覚えていなかったが、どうやら俺はレジの数字を1桁読み違えていたらしい。老眼ではないですよ?
というかめっちゃ怖い。いつもはほんわかしたロリボイスなのに、今日はどこぞのヤクザの娘みたいにドスの効いた声で……チビりそう。
でも千棘の声優東山さんだしなあ……全然怖くないよなあ……そうだ、この人にも東山さんの声を当ててみればいいんじゃ?
「なに? どうしたの?」
……やべえ、めっちゃ可愛い。なんかもう睨まれてるのが実は照れ隠しなんじゃないかって気がしてくるぜ。もっと睨んでほしい……そして、「バッカじゃないの!」とか言ってほしい。
「――木下さん」
「はい!」
「バーコード」
「あ、はい……」
ピッ。スマホのバーコードを読み取る。
やむをえん。この辺で妄想アテレコタイムは終わりにしておこう。
このままだとマジでキレられそうだからな。まあ、それはそれで見てみたいけど。
「で、なんでボーっとしてたの?」
「別に、なんでもないですよ」
と接客スマイルをしてみるが、じっと瞳を捉えられ……
「うそ」
何もかも見抜かれてしまいそうな鋭い眼光に、身体がビクッと震えてしまった。
「…………」
「…………」
店内放送のマヌケなBGMだけが流れる。幸か不幸か、今日は彼女以外の客はいない。
「いや、あの……」
彼女はじっと俺の目を離さないままだ。
「妹が……その、Vtuberになろうとしているらしいんです……」
そうだ……。俺はきっと誰かに相談したかったのだ。
客観的な意見が欲しかったのか、ただ誰かに話を聞いて欲しかったのかはわからない。誰でもよかったというわけではない。だが、不思議とこの人には話してもいいと思えた。ここで何も言い出せなければ、きっと後悔するんだろうと思えた。
だから俺は、妹のことを話し始めた。らいかは小さくうなずき、「続けて」と視線で促した。
「俺、妹と久しく会ってなくて……あんまり話したこともなくて……」
「うん」
「あいつは大学生になったばかりで、この近くに住んでるらしいんですけど……」
「名前は?」
俺の話を
「こかげって言います」
「……こかげ……いい名前だね」
らいかは一瞬顔を引きつらせたようにも見えたが、すぐに笑顔になってそう告げた。
「はい……」
「会いたい?」
「……はい。でも」
「わかった」
「はい……え?」
らいかは「任せなさい!」と言わんばかりに胸の前で腕を組んでいる。
「明日もバイト?」
「そうですけど……それより」
「よし。じゃあ明日待ってるね」
そう言い残し、彼女は改札の方に去っていってしまった。
長い髪をなびかせ、心なしか花のような香りが漂っている気がした。
「行っちまった……」
この時の俺にとって上地らいかは、なんかVtuberが好きで地雷系ファッションをこよなく愛するよくわからん女……その程度の認識だった。だから俺は彼女に妹のことを相談するつもりなんてさらさらなかった。
だが、いざ彼女を目の前にすると途端に口が緩くなって……母性というか、なんというか。きっと彼女の瞳には魔力か何かが秘められているのだ。
とにかく俺は、彼女ならきっとなんとかしてくれる――そう思えたんだろうな。
まったく……無責任な男だと思うよ。
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