第2話 俺の妹がVtuber?
生まれてこの方、俺はVtuberの動画というものをまともに見たことがない。
特に理由があるわけでもないのだが……食わず嫌いってところだな。アニメ至上主義の俺からしたら、Vtuberなんてアニメの下位互換だろと思ってしまう節があった。
だからそもそもVtuberがなんなのかもよく知らなかったのだが、「バーチャルユーチューバー」という言葉通り、仮想の世界で撮った動画を投稿するユーチューバーってことだ……と思う。
それはさておき、じらいちゃんから
チャンネル登録者は70万人――そこそこの有名人らしい。動画の内容は……ていうか、ほとんど動画出してないんだよな、この人。どれも2、3時間ある配信ばっかりでさ、俺は見る気
それでも、数少ない動画の中から1本だけは見てみたさ。タイトルは、
『【これであなたもじらいちゃん】地雷系メイクのコツ教えます』
気になるだろ? だってメイクってことはその人(中の人)の顔が出てくるんじゃねえの? って思うじゃん。
でも、とんだつり動画だったぜ。普通に地雷系の女の子の顔を描いてるだけ。
拍子抜けだったが、完成した女の子は普通に可愛くて……ちょっとだけエロかった。
絵は本当に上手いみたいだ。
するとここで1つ疑問が生まれるわけだ。もしかしてこの「じらいちゃん」の中身は、あの「じらいちゃん」なんじゃないかって。
紛らわしいな。つまり、毎週コンビニに来るあの地雷系ファッションのねえちゃんと、神成マインを演じている中の人が同一人物なんじゃないかってことだ。
しかしそんなのは動画をたった1本見たくらいじゃわからない。声が似ているような気もするが、気のせいと言われればそんな気もするし、そもそも俺は彼女の声をほとんどまともに聞いたことがない。
第一、仮に彼女が神成マインだったとして、俺にわざわざ自分の正体を匂わせるようなことをする理由がわからない。
だから俺は、彼女はただの「じらいちゃん」というVtuberが好きな地雷系女子だった――という結論を付けることにした。
この話はこれで終わりだ。
ちなみに、これは後でわかることなんだが、三次元のじらいちゃんの名前は「上地らいか」というらしい。いつまでもじらいちゃん呼びだと紛らわしいので、これからは「らいか」と呼ぶことにしよう。
……もちろん心の中だけだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして次の週。
「木下くんは誰が好き?」
らいかはレジでいつものようにおにぎりを差し出し、そんなことを尋ねてきた。
やけに距離感が近くないか……?
なんて思ってしまうのは俺がチェリーボーイだからなのでしょうか。
この日初めて制服に名札が付いていて良かったと思いました。
「ルビィ団長ですかね」
俺もここで「もちろんキミだよ」なんて言うほどラノベ主人公みたいな頭はしていない。
俺はこの1週間で知ったVtuberの名前を適当に言った。
「ふぅん……年上好きなんだー?」
「な……団長は17歳じゃ」
「あ、そっか。そうだね」
あはは、と彼女は笑っていた。
ちなみに団長こと
これまたどうでもいいかもしれないが、彼女は一応宝積盗賊団の団長をやっているらしい。いつか100カラットのダイヤを盗み出すことが夢らしいんだが、「その前にキミたちの心を盗んじゃったね」とか平気で言っちゃう女なのだ。三十路のオバサンがそんなセリフを一人画面の前で言っていると考えると哀れだが、面白い女であることは間違いない。
「――じゃあ、またね」
「あ、はい」
会計の時間はすぐに終わってしまう。
たまにはおにぎり以外のものも買ってくれればいいのに。またVtuberの商品が入ってくればいいのに。
いつの間にかそんなことを思うようになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そしてまた日曜日が近づくと、俺の心は妙に浮かれた気分になっていった。のだが……
『妹を救出せよ』
という謎のメールが届いたのだ。
差出人は俺の母親だ。母がラインを始めて以来、メールを送ってくることはなかったので、タイトルと相まってやけに奇妙なメールだった。おまけに本文には何も書かれていない。
なんだ? 暗号か何かなのか?
と疑ってみるも、さっぱりわからない。となれば電話するのが手っ取り早い。
「もしもし」
『あ、もしもし
久しぶりに聞いた母の声は、相変わらずほけーっとしていた。
「ああ元気元気」
『そっかー。そういえばこないだのテレビ見た? 札幌の……なんだっけ、狸寝入り? オリオン通りみたいなとこ』
「ああ、
『そうそれ! わたしも行ってみたいなーって思って、悟は行ったことあるの?』
「あるけど……ちょっと待ってくれ。その話、今じゃなきゃだめか?」
女はどうしてこう電話すると本題に入る前にあれこれ話したがるんだろうか。この人は俺がなんの目的もなくただ世間話をしたくて電話を掛けてくるとでも思っているのだろうか。
というか狸寝入りってなんだよ。もはや通りの名前ですらないよ。それは昼休みに何もすることがないボッチが極めちゃうやつだよ。
教室で机に突っ伏してる奴って大抵寝てないんだからね。ああ見えてクソどうでもいいリア充の会話とかちゃんと聞いてるんだからね。むしろそういう会話が聞きたくて狸寝入りしてるまで……ないか。
『ん? 別にいいよ~。で、なに?』
心の中で突っ込んでいると、母はのほほんとした声で答えていた。
「メールのことなんだけど――」
と、ここで――事の真相を語る前に、そこのキミたちに俺の妹について説明せねばなるまい。
俺には木下こかげという妹がいる。俺とは歳が4つ離れていて、この春大学に入ったばかりのピッチピチの18歳だ。こかげは栃木の実家を出て札幌の大学に行ったらしい。
――この時点で驚きだったわけだが、さらにこかげはここ新札幌の大学に通っているという。
なんということでしょう……つまり、一度離れ離れになった兄妹は知らぬ間にこんな近くに集まっていたのです。これは運命。もしかしたらいつの間にかすれ違っていたかも……なんて。
実のところ、俺は久しく妹と会っていないのだ。それどころか俺はこかげのラインも電話番号も知らない。
別に嫌われてるわけじゃない……と、少なくとも俺は思ってるんだけどな。
『――でさあ……悟、ブイチューバーって知ってる?』
ブフッ! 俺は口に含んでいた緑茶を盛大に吹いた。
まさか、母親の口からそんなナウでヤングな言葉が出てくるとは……。
『ちょっと、大丈夫?』
「なんでもない……ゲフッ。……それより、Vtuberがなんだって?」
『うん。あのね……』
母は一度息を吸い、こう告げる。
『こかげちゃんはその、ブイチューバーっていうのになりたいんだって』
「………………ん??」
『だから、こかげちゃんがお父さんに家でそういう配信? っていうのをやりたいって言ってさ――』
母は何か言っていたが、俺の頭にはほとんど入ってこなかった。
俺はただ口をぽかんと開けて、薄汚れた天井を見上げることしかできなかった。
……え? なに? Vtuber? あのこかげが……配信者?
考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になっていくだけだった。
聞き間違いでないのだとしたら…………。
大変だお前ら。どうやら俺の妹が、Vtuberになろうとしているらしい。
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