第1章 俺の妹をVtuberになんてさせるわけにはいかない

第1話 じらいちゃんはVtuberが好き

 ぼくの名前は木下さとり

 今年大学を卒業したばかりのピチピチの22歳! 今は大学院に通っているよ! 


 でもね、たまに死んだ魚のような目をしていると言われることがあったりなかったり……。ぴちぴちなのにね……! おかしいな?


 ちなみに大学院っていうのは、大学生が終わっても「就職したくないよ~」って感じな怠惰たいだピーポーが集まる場所だよっ☆ 

 入学料と授業料さえ払ちゃえば、もう一回遊べるドン! ってなっちゃう夢の制度なのだ~♪ 夢の国もびっくりだね!


 …………はあ。もう疲れたから普通に話すね? サービスタイムなのでしたっ!


 こんなことやってたら真面目に大学院行ってるやつに怒られそうだけどな――少なくとも俺にとってはそんな場所なのだ。

 ちなみに、俺の大学院生活は超充実しているぞ? 


 週2くらいで大学に行って――授業中は「ブラのひもでも透けてねえかなぁ」とJDの後ろ姿を物色したり、エアコンの効いた図書館で妹モノのラノベを読んだり、昼の激混みタイムを避けて学食の安いうどんを食いに行ったり、キャンパス内を我が物顔でポッポポッポと闊歩かっぽするハトとたわむれて、「あー……俺ってなんのために大学来てるんだろう……」と思ったり……。

 とにかく、人生最後の学生生活を満喫しているのだ。


 趣味はアニメを見ること。1番好きなのは「俺の妹」(がこんなに可愛いわけがない)だ。俺にも桐乃みたいな妹がほしかったと思っていた時期もあった……まあ、今でも思ってるけどね。

 あとは……そうだな……一応バイトもしている。コンビニバイトだ。新札幌のエキナカのコンビニだ。キオスクをイメージしてほしい。

 新札幌ってのは……北海道の新都心って言えばいいのだろうか。関東で言ったらさいたまとか幕張って感じだろう。あんなに都会じゃあないけどな。まあ、ここら辺は追々説明していくよ。


 さて、そろそろ本題に入ろう。

 キミは『地雷系』という言葉は知っているだろうか? 

 聞いたことくらいはあるんじゃないだろうか。量産型とも言うらしいな。

 ……いや、厳密にはこの二つは違うらしいんだが、俺にはよくわからん。量産型のザクとシャアザクくらいの違いだろうか? 赤くて角でも付いているのだろうか? 

 ……きっと違うね。有識者求む。

 かくいう俺も二次元でしかその存在を知らなかったのだが、最近……うちのコンビニにも出るんだよ――地雷系の女が。


 現れるのは決まって日曜の夜。

 外の方からフラッと入ってきて、おにぎりを1つ取ってレジにやってくる。

 支払いは決まってバーコード決済。スマホはやたらピンクでサンリオっぽいキャラクターのシールが貼ってある。

 トップスはピンクのフリフリで、胸には黒いリボンがあしらわれている。下は黒いスカートで、厚底ブーツに黒タイツである……ちょっとエロい。

 髪はハーフツインの前髪ぱっつんで、内側にはピンクの線がアクセントのように走っている。おまけに瞳は綺麗な赤――ルビー色をしていて、左目の下には大きな涙ぼくろがついている(ちょっとえろい)。


 こんなに事細かく描写してると「どんだけ見てんだよストーカーかよ」とか言われそうだけどな、あんなの毎週来られたら覚えちゃうって。というか見ない方がおかしいよ。ちゃんとチンコ付いてんの? 


 チンコと言えば、うちのコンビニってコンドームとか売ってないんだよね。だからこういう可愛い女の子が恥じらいながら俺にコンドームを差し出してくるっていうちょっとエロいシチュエーションがないわけ。

 あれってなんかこっちまでソワソワしてきちゃってさ、うわーコイツ今からおっぱじめるのかぁ。相手はどんな男なんだろ……とか想像しちゃってね…………さっきから何言ってんだろうね俺は。

 

 ……コホン。

 で、俺はそのいかにも地雷系の女子を『じらいちゃん』と呼ぶことにしたのだ。もちろん心の中だけだけどな。

 そのじらいちゃんがこの前、珍しいものをレジに持ってきたんだよ。

 

「いらっしゃいませ」


「……」


 すっとそれを差し出し、スマホを取り出すじらいちゃん。黒いマスクをしているせいで、表情はよくわからない。


「レジ袋はご利用ですか?」


「……」


 黙ったまま、首をちょこちょこと横に振る。


「2点で370円です」


 高っ! と思ったね。

 1つは120円のおにぎりで、もう一つはVtuberなんたらと書かれた何かだった。サイズ的にウエハースとかだろう。

 俺にはこんな板切れに250円も出すヤツの気持ちは理解できない。


「……(ん)」


 とスマホの画面を見せるじらいちゃん。


 おいおいお前はこじらせ坊主の小学生か! とツッコんでやりたかったが、通じなかったら気まずいのでやめておいた。ちなみに元ネタはトロロ…………ってそれ山芋やないかーい! ネバネバ!


『ピッ』


 バーコードを読み込み、マヌケな音が鳴る。


 ところで、新決済サービスPayPayパイパイとかどうだろう? 

 「パイパイ!」つって、使われる度に男店員が幸せになれると思うんだ。

 おっぱいぱい。


 ――なんてくだらないことを考えているうちに、じらいちゃんはそのVtuberなんたらを握りながらレジを後にしていた。


「ありがとうございましたー」


 そして次の日曜日、今度は何も持たずにレジの前に立つ彼女がいた。


「いらっしゃいませ」


「……」


 ……固まる。


 この人は一体俺に何を会計しろと言うのだろうか。俺には見えないだけで、じらいちゃんは何か価値のあるものを持っているというのだろうか。

 それは私の夢……でもプライスレス! 

 ……だから何言ってるんだ俺は?


「あの……どうなさいましたか?」


 らちが明かないので、その日は俺から話し掛けてみた。

 すると、彼女はふっと顔を上げ、


「……ちゅう……」


 声がちっちゃくてよく聞こえなかったが、今チューって言ったよな? 

 え、なに? 俺とチューしたいって? ちょっと待ってとりあえずリップ塗ってくるわ。


「Vtuberウエハース……もうないんですか?」


 あら可愛いお声……じゃなくて、Vtuberウエハース…………ああ、こないだのヤツか。


「そうですねー、売り場になかったらないですかねー」


「……そうですか……」


 しゅん、と肩をすくめるじらいちゃん。なにそれ可愛い……けどちょっとかわいそう……ん、待てよ?


「お客様!」


 改札に向かって歩き出していたじらいちゃんを呼び止める。


「ちょっと待っててもらってもいいですか」


 ん? と小首を傾げるじらいちゃん。ハーフツインがさらりと揺れる。


 そして俺はバックヤードに戻り、在庫を漁る。

 がさごそ……がさごそ……。


「……あった」


 1箱だけ、まだ売り場に出していない在庫があった。俺はそれを抱えてレジに戻る。


「ありました。最後の1箱です」


 それを掲げると、彼女はぱぁっと笑顔になって、


「やった!」


 と跳ね上がった。今までで一番大きな声だった。正直可愛かった。

 ……エロいとか言っててごめんなさい。


「250円です」


『ピッ』


 そして彼女はまたそのウエハースを握りしめ、店を後にしようとしていた。

 ………………のだが。


「あの!」


 なんでだろうな。その時の俺は、彼女を呼び止めていたのだ。


「……?」


 彼女はその場で立ち尽くす。


「Vtuber……好きなんですか?」


 謎の女だったじらいちゃんの新たな一面……250円も払ってVtuberウエハースなるものを買っていること、売り場になければ店員に在庫を確認するほど欲しかったこと、思ってたよりも幼くて可愛い声を出すこと……そんな彼女のことを、俺はもっと知りたいと思ったのだと思う。


「……うん」


「そうなんですね」


「……」


 それだけだった。会話が続くわけもなかった。

 だって俺は、Vtuberのことなんてほとんど何も知らないのだから。にわかとも呼べないレベルで。


「……好き?」


「……え?」


 何を「好き」と聞いているのか、俺にはわからなかったが、こうごまかした。


「ええ、まあ」


 すると、彼女はじっと俺の目を見上げ、


「あげる」


 買ったばかりのVtuberウエハースを差し出していた。


「いやいやいや」


「あけて」


「いやいやいや」


「いいから」


「いやいやいや」


「……めんどくさい男」


「いやいや……え?」


 気づくと、じらいちゃんは不満そうに顔を膨らませていた。

 ……え? 俺ってめんどくさいの? だからモテないの?


 さすがにボクの繊細な心が傷つきそうなので、おとなしく受け取った。


「じゃ、じゃあ開けますよ……?」


 じらいちゃんは、どきどきわくわくという感じで俺の手元を見つめている。その視線はまるで子犬のよう。わんわん。

 ビリ……ポロポロポロ。砕けた中身がこぼれてくる。ウエハースをどかすと、一枚のビニールがあって、それを取り出すと一人の少女が現れた。


「だれだれ?」


 心なしかじらいちゃんの声もまた、大きくなっている気がする。


蜜柑月みかづきみかん……?」


 正直、知らないVtuberだった。というか、名前を知ってるVtuberなんて数えるほどしかいない。だからこの子は悪くない。

 だがじらいちゃんは、


「ええ! みかちゃん!? すごっ! やばっ!」


 と、小学生みたいな語彙で興奮していた。

 おまけに耳がキーンとなるほどのロリボイスだ。もしかしたら本当に小学生なのかもしれない。むしろ小学生で合ってほしい……って、それじゃあまるでロリコンクソニートの思考回路じゃないか! 安心してくれ。俺の守備範囲は中学生までだ!

 などと自問自答しながら、喜ぶじらいちゃんを観察していると、


「ね、ね! 交換しよ? 私それがずっと欲しかったの!」


 彼女が肩にかけていたバッグから取り出したのは、これまた知らないVtuberのカードだった。


神成かみなりマイン……?」


 やけに中二みたいな名前だな。


「そう! 可愛いでしょ?」


「あ……すっごく可愛いですね!」(あなたもね☆)


 えへへ、と無邪気に微笑むじらいちゃん。

 ……まあ、二次元で可愛くない女の子なんてそうそういないですけどね。


「へえ……」


 適当な感想を言って会話を広げようと思ったのだが、そこで運悪く彼女の後ろに別の客が並んでしまう。

 彼女はそれに気づいたのか、スッと横にズレて、「またね」と胸の前で小さく手を振った。


「あ……」


 何と返そうか迷っているうちに、彼女は立ち去ってしまった。

 この時ほど女慣れしてこなかったことを後悔したことはないね……はぁ。


「いらっしゃいませ」


 俺は接客モードに切り替え、いつものようにバーコードを読み込んでいった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その夜、家に帰って食べたウエハースはやけにモサモサしていて、口の水分が一気に待っていかれる代物だった。味は普通のチョコ味だったが、やはり値段の割には安っぽいと思ってしまった。

 まあ、たぶんこういうのは食べ物の方がおまけなんだろうが。


 で、じらいちゃんにもらったカードには「神成マイン」のプロフィールが書いてあった。


 あいさつ:「わたしはいつか、神になる!」

 趣味・特技:「可愛い女の子のイラストを描くこと」

 ひとこと:「じらいちゃんは世界を救う!」


 ……そう。彼女が俺に渡してきたのは、神成マインという一人の地雷系Vtuber――通称「じらいちゃん」のプロフィールカードだったのだ。

 もちろん、この時の俺はそんなVtuberのことを知らなかったわけで、ちょっとビビったね。


 偶然だと思うけどな。

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