1ー2
教会は街はずれに位置しているので、市場での買い物を終えてから
車止めに移動して荷馬車に乗り込み、三十分ほどで教会に
「こんにちは、神父様」
「よく来てくれましたね、ジョンにソフィー。どうぞこちらへ」
神衣をまとった初老の男性が
教会の
「いつもありがとうございます。このシロップは、どのように扱えばいいのでしょう?」
「お茶に
「それはいい。
神父の先導で
「ソフィーお姉ちゃんだ!」
「今日もご本読んでくれるの?」
「お外であそびたい!」
十歳にも満たない子どもたちが、ソランジュの足元にわらわらと集まってくる。
離宮を抜け出して教会を訪れるのは容易でないため、子どもたちに会えるのはせいぜい月に一、二度ほど。たまにしか顔を出さないソランジュをこうして
「みんなのやりたいこと全部やりましょう。順番にね」
ふと、視界の
「神父様。あの子は?」
「アンといいます。つい先日ここへ来たばかりの子ですよ」
ソランジュは、子どもたちに「ちょっと待っててね」と言い
「こんにちは、アン」
両膝をついて声をかけるが、返事はない。うつろな表情で
見れば、アンの
思わず息をのんだソランジュに、神父が小声で告げた。
「両親を
「こんな小さな子に、なんてむごいことを……」
なんの罪もない子どもが、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのだろう。ソランジュはやるせない気持ちでアンを見つめた。
「神父様。ブランケットを貸していただけますか?」
「それは構いませんが……」
不思議そうな表情を浮かべながらも、神父はブランケットを貸してくれた。
ソランジュはアンに近づき、折れそうなほど細い身体にブランケットをかけた。アンは一瞬、
「アン。手を貸してね」
(アンに眠りの加護を)
ソランジュは心の中で守り神に
すると、アンの小さな頭がすとんとソランジュの肩にもたれかかった。
同時に、ソランジュも眠りに落ちた。
ほかの子どもたちの
ソランジュの意識は、アンの夢の中にいた。
小さな金色の羊に姿を変えて、ぷかぷかと夢の中を泳ぐ。
夢の中のアンは一人ぼっちで泣いていた。
幼く小さな身体では抱えきれないほどの傷を負っている。
ソランジュは、アンの身体と心の傷が
目が覚めると、ソランジュの身体にブランケットがかけられていた。
一緒に眠っていたはずのアンは、子どもたちの輪に入って一緒に遊んでいる。
ソランジュが
「力を使ったのか?」
「どうしても、必要だったんです」
「お父上に禁じられているのに?」
「ごめんなさい」
ソランジュの持つ「眠りと癒しの加護」は、手を
そして、相手の夢の中へと
「お父様に報告したければ、好きにしてください。わたしは間違ったことをしたとは思っていません」
ソランジュはまっすぐな目でジャックを
「やめておくよ。俺が
「あっ」
ジャックは毎回、ソランジュを離宮から連れ出してくれるだけではなく、使用人たちとの口裏合わせにも抜かりがない。彼のおかげで家族に知られずに、離宮の外を見て歩くことができるのだ。
「ごめんなさい。迷惑ばかりかけて……」
「本当にね」
「うっ……」
ジャックは、さらっと痛いところをついてくる。
「でも、あのままアンを見捨てていたら、俺はあなたを
「団長……」
「自分の正しさを信じるといい」
ソランジュはうなずき、消え入りそうな声で「ありがとうございます」とつぶやいた。
*****
教会にシロップの瓶詰を納めて、
正門の衛兵の目に触れないように遠回りして裏門へ移動する。
「団長。今日はありがとうございました」
「次は、レモンが入る頃に市場へ行こうか」
「はい!」
ジャックを乗せた荷馬車が緑の小道の向こうへ消えていくのを見送ってから、ソランジュは離宮へと戻った。
「ソランジュ様、おかえりなさいませ」
「ただいま、リディア。留守番ありがとう」
「そんなことより、今すぐお
普段は冷静
「どうかしたの?」
「国王陛下よりお召しがございました。ただちに本宮へ来るようにと」
「ずいぶんと急な話ね。何かあったのかしら?」
リディアと一緒に
ソランジュは四歳の頃から離宮で暮らしているが、父との交流はほとんどない。
母や二人の姉たちは
最後に父と会ったのは先月、ソランジュの十八歳の誕生日だった。
自分の部屋へ戻ると、侍女たちが衣類を身に着ける順番に並べて待機していた。
侍女たちの手を借りて気持ち急いでコルセットを締め、ドレスと靴を身に着けて髪をととのえ、
馬車で本宮へ移動すると、王妃である母の部屋へと案内された。
「ごきげんよう、お母様」
「まあ、ソランジュ」
母は、
ソランジュと同じ
「また、あなたはそんな
ソランジュが着ているのは、シンプルな
「お母様がそれを言う?」
「私だって若い頃は、それなりに
そう言う母は、視線を
ソランジュが
「お母様。今日は一体何があるの?」
「
「縁談?」
ソランジュは首をかしげた。
一番上の姉コラリーはすでに結婚しているし、二番目の姉エステルも今年に入って|婚《こん
約》《やく》が決まったばかりだ。
「まさか、わたしにじゃないわよね?」
「そのまさかよ」
ありえない。
ソランジュは誰とも結婚しないまま、あの離宮で
「
にわかに信じがたいソランジュは、母の話を右から左へと聞き流しつつ、連れ立って食堂へ向かった。
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