第1章 箱入り羊姫
1-1
レアリゼ王国。
大陸の北方に位置する小国で、険しい
広い国土と強大な軍事力を
東西の国に挟まれているため、両国の特色が入り混じった文化が根付いており、旅人の間では「大陸の中心」と呼ばれている。
レアリゼの国王と
第一王女コラリー。二十一歳。
第二王女エステル。十九歳。社交的で芸術面に
第三王女ソランジュ。十八歳。幼少の
レアリゼ王宮。庭園の奥にひっそりとたたずむ小さな
川から引いた水路には古い水車小屋があり、多種多様なハーブを植えた薬草園と、色とりどりの果樹園が広がっている。
庭園を
黄色いタンポポ畑に座り込む少女が一人。タンポポのように明るい
タンポポの花を
「ソランジュ様。お湯の用意ができました」
「ありがとう」
ひと
「いい香り」
ソランジュは立ち上る甘い香りに目を細めた。
熱が冷めないうちにガラス
ソランジュはシロップを一
(おいしいけど、本当なら
もったりとした甘さを引き締めるために、酸味が強いリンゴの果汁を入れているけれど、想像通りの味に仕上がらないのがもどかしい。
ソランジュが頭をひねっているところへ、一台の荷馬車がやってきた。
「おはよう、ソランジュ様」
「団長。おはようございます」
赤
「今朝もいいものができたみたいだね」
「はい。でも、やっぱり一味足りなくて。城下の市場で柑橘って手に入りますか?」
「柑橘か……。これから
「え? でも……」
ソランジュは
ある事情から、ソランジュは離宮の外へ出ることを父王から禁じられている。
公には、病弱なため人前に出られないということになっているが、当のソランジュは
「もちろん陛下には
ジャックが
「できたてのシロップを雑貨屋に
ソランジュの作るシロップやジャム、キャンディに野草茶といった手製の品物は、ジャックが朝のうちに城下町の雑貨屋と数
羊のマークが刻まれた品物は、城下町の若い女性を中心に評判を呼んでいる。
ソランジュ王女の手作りであることは
「団長がご
本当は今すぐにでも外へ出かけたいソランジュは、そわそわしながら言った。
「荷積みは俺がやっておくから、出かける
「はい!」
ソランジュはエプロンドレスの
庭を駆け回る子犬のような後ろ姿を見送りながら、ジャックは目を細めて
活発で
(こんなところに閉じ込めておくにはもったいない王女様だよな)
ソランジュにはもっと日の当たる場所で輝いてほしいという願いと、このままずっと自分だけを
(何を考えてるんだか)
ジャックは首を横に
*****
「まあ、ソフィーさん、おひさしぶりね。来てくださって
雑貨屋の主人は、
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
ソランジュは深々と頭を下げた。城下町では、ソフィーという
「王室
「そろそろベリー類の
「ええ、楽しみにしているわ」
ジャックと一緒に納品先の店舗を回ってシロップを卸した後は、お待ちかねの市場に連れて行ってもらった。
「わあ、オレンジがこんなに」
「夏になれば、西のコルドラ王国からレモンが入ってくるよ」
お店のおばさんがそう教えてくれた。
ソランジュは、シロップの試作品に使うためのオレンジを十個
(レモンも使ってみたいわ。早く夏にならないかしら)
オレンジがパンパンに
「うわ。こんな重いもの持ってたら、
「平気ですよ」
「ダメだ。一応あなたはレディなんだから」
「ありがとうございます……」
「団長の奥様になる方は、きっと幸せですね」
「どうしてそんなふうに思うんだい?」
ソランジュが何の気なしにつぶやいた言葉を、ジャックが拾い上げた。
「なんとなく。すごく大切にしてくれそうだなって思っただけです」
「じゃあ、俺と
「え?」
ソランジュは思わず足を止めた。
ジャックも立ち止まって向かい合う。
「悪い
「もちろん」
ソランジュは幼い頃、レアリゼ王国の守り神から「
しかし、それは聖なる力であると同時に王家では
過去に同じ力を授かった女性が
ソランジュが同じ
「わたしも『
「俺は構わないよ」
ジャックは真面目な顔つきで言った。
「あなたになら心を操られてもいい……って言ったら、結婚してくれる?」
「いいえ」
ソランジュは首を横に振った。
「操られてもいいなんて言ったらいけませんよ。自分の心を大切にしてください」
本当は嬉しかった。こんな自分でも、求めてくれる人がいることが。
でも、心のどこかでもう一人の自分が「違う」と
「ごめん。今の話は聞かなかったことにして」
ジャックは肩をすくめて、冗談めかして笑った。
「行こうか」
先を歩くジャックの背中は、ほんの少しだけ
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