爆破予告とクラッカー

高巻 渦

爆破予告とクラッカー

「君さあ、こんなことも出来ないの? いつまでも学生気分じゃ困るんだよね」


 上司に下げた頭の中で、パン、と音が鳴る。

 嫌なことがあると決まって、スイッチのオンオフを切り替えるように、僕の頭の中でクラッカーの音が鳴り響く。




 忘れもしない中学二年の八月二十五日。二学期の始業式が一週間後に迫っていた頃、十四歳の僕は、通っていた学校に爆破予告をしようと思った。宿題は既に終わっていた。爆弾を作る知識なんてあるはずもなかった。ただ何かに反抗したくて、自分の力で何かを動かしたくて、夏休みを少しだけ伸ばそうと決めた。

 僕と同じクラスで、僕と同じくひとりだったナツキちゃんにだけその計画を話した。


「楽しそう。私にも手伝わせて」


 彼女はそう言って、僕の共犯者になった。


 次の日から、僕ら二人はスマホを使って「地元BBS」とかそんな名前の地域毎のネット掲示板に片っ端から爆破予告を書き込んだ。今思えば、すぐに中学生のイタズラだとわかる拙い文章だった気がする。それでも「誰かが警察に通報してくれますように」と祈りながら、その拙い犯罪予告を闇雲に投稿し続けた。

 夏休み最終日、僕の家に始業式が延期される旨の緊急連絡網が回ってきた。僕らの爆破予告が誰かに見られ、計画が成功したことが嬉しくて、ナツキちゃんにすぐ連絡した。


「じゃあ明日祝勝会しようよ、学校の前で待ち合わせね」


 翌日、僕らは学校の近くの、名前も知らない小さな山を登った。頂上から二人で、誰も登校していない学校を見下ろした。


「はいこれ、起爆装置」


 そう言ってナツキちゃんが渡してきたのは、なんのことはない、自宅のエアコンのリモコンだった。僕はそれを受け取って、一度だけ遊びに行ったことがあるナツキちゃんの家の匂いを思い出しながら、電源ボタンを大げさに押した。

 パン。それと同時に背後から破裂音が聴こえて、僕は驚いてしゃがみこんだ。振り返ると、先端の破けたクラッカーを持ったナツキちゃんが笑っていた。


「びっくりした?」


 そう言って僕を笑うナツキちゃんの前髪が汗でおでこに張り付いていた。僕も笑った。二人でひとしきり笑った後、僕らは黙って山を下りた。

 親や教師に怒られることや、警察にバレることは怖くなかった。ただ、嫌いなもの一つ吹き飛ばすことができない自分の無力さが情けなかった。


 ナツキちゃんと別れて、家に帰った。家の前には見知らぬ車が一台停まっていた。玄関を開けると、やっぱり見知らぬ男性がいて、その人に母親が謝っていた。父親に殴られて、ようやく警察にバレたことを理解した。


 ナツキちゃんの親がうちより厳しいことを僕は知っていた。ナツキちゃんのことが心配だった。




 九月二日。延期されていた始業式は、始業式とは名ばかりの僕に対する公開説教だった。個人名こそ出されなかったが、体育館のステージ上で「便利なものは使い方を間違えると危険な物になる」とか話していた教頭先生は、ずっと僕の方を見ていたような気がした。ナツキちゃんの姿はなかった。

 教室に戻ると、担任教師がやって来て、ナツキちゃんが転校したことを告げた。教室は途端に大騒ぎになった。僕以外の生徒全員が、ナツキちゃんが爆破予告の犯人だと話していた。このタイミングで転校したんだから当然だと、そう言っていた。

 担任教師は騒ぎを止めることもせず、一番前の席で一人押し黙っている僕にしか聴こえない声で言った。


「好きな女に罪を押し付ける気分はどうだ」


 そのとき、僕の頭の中で、パン、とクラッカーの音がした。


 それからだ、嫌なことがあると、僕の頭の中でクラッカーが破裂するようになったのは。中学、高校、大学を卒業し、社会人として生活を送っている現在まで、幾度となくクラッカーは鳴った。まるでナツキちゃんが、僕の嫌いな人間や言葉を爆破してくれているように……と、そう思うのは少し自分勝手かもしれない。




 いつもと変わらない、会社からの帰り道。母からの電話で、ナツキちゃんが亡くなったことを知らされた。

 葬儀には出席しなかった。葬儀場に爆破予告をする勇気も、もうない。

 うなだれた頭の中で、パン、と音がして、それっきり、もう二度とクラッカーの音は鳴らなかった。

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