圧倒する側、拮抗する側
「――いいですか、サンケイ。あなたの対策はいい線行ってました、問題は使い方です。タイミングといってもいいでしょうね。」
岬の上の戦いは一方的な蹂躙と化していた。
まるで講義でもするように当然といった風情で目を閉じ、笑みすら浮かべて、指をくるくると空中に向けてふり、サンケイに指導していた。
「床を凍らせるのなら、『あらかじめ張っておく』のではなく、『現れたタイミングで張る』んですよ、回避のタイミングなど与えてはいけません。」
言いざま、彼女は地面を白で埋め尽くした。
彼女の肌と同じような白で包まれた地面は、つまるところ、酸素を含んだ氷によって走ることなど到底できないほど摩擦をなくされた領域だ。
その領域の中に、ボルドは突如として放り込まれた。
彼の加速はけっして身体能力を上げるものではない、時間が早く進むからその分距離を稼げているのが彼の加速の原理だ。
ゆえに、氷を踏み砕くことはできない。
全速力でマギアに近づこうとしたその動きのまま、彼は足をとられて転倒した。
派手な転倒、その隙を逃がさずにマギアは鋼属性の魔術で作り上げた鉄球に時刻魔術を起動し高速化し、打ち出して見せた。
加速した時間の中で自分と同速の物体にした物体に打ち据えられてボルドの体が勢いよく廃墟の壁にぶつかる。
壁が壊れたかどうかは一万秒後にわかるはずだった。
すでに八度繰り返されたこの動きで、ボルドの動きが止まった。
広域を埋め尽くす土属性の魔術で攻撃を防がれ腕は砕かれた。
自分よりも遅いはずの風の流れによって足を切られ、速度が出ない。
地面を氷漬けにされて――このざまだった。
「どれほど早く動こうが、物体は必ず『次の動きのためにほかの動きができない瞬間』があります、それを狙いなさい。走っているのなら、ストライドとストライドの間、体が空中にいる時が狙い目です。」
そういいながら、彼女は杖を尻に敷いて空に浮かんでいる。その姿に一切の気負いはない、悠然と相手を見下していた。
――大部分の人間が、あるいは本人すら勘違いしていることを訂正したい。
マギア・カレンダは弱くない。
これまで、彼女はその頂上の力を十全に扱ってこなかったがそれはあくまでも『危険性があるため十全に扱えなかったから』であり、同時に彼女の善良さゆえだ。
それは、魔女たちが彼女との直接対決を避けていることからもわかることだ。
オモルフォス・デュオはサンケイを、名声の魔女は家族を使ってまで彼女たちは直接の戦闘を避けた。
現代の尺度で言うのなら、あの魔女たちは一騎当千の魔術師だ。
偏愛の魔女の魅了を防げる人間はこの時代には国際法院の者ぐらいしかいないだろう、あるいは、あのまま成長していれば防げる人間は国際法院の中でも片手の指ですら足りなくなっていた。
名声の魔女が使った八属性の力術は断言してもいいがこの時代の人間が一生かかってもお目にかかれない高度な魔術だった。
それらの魔術を、片手間で防げるマギアが、弱いはずはない。
だから、搦手で必死に無力化するのだ。
作り出す魔力を吸わせて、彼女のためだけに作られた部屋まで作って。その拘束さえ、実のところマギアからすれば破ることは可能な代物でしかない。
オモルフォス・デュオの束縛は実際に溶解させたし、そうでなくとも、彼女にはあれをどうにかする術がある。
それは大規模に人を巻き込み、殺してしまう魔術ではあるが――扱えないわけではない。
それだけ恐ろしいのだ、マギア・カレンダ――かつて、この世で最も力のある魔術師だった女の最初で最後の弟子であり、幾度となく魔女の攻撃を退け、今や多元界に名高き『パランドゥーアの術師』の力は。
そして、その力を彼女は今、十全に発揮できる状態だった。
すでに廃墟になった場所、相手は一人、周囲に危害を加えてまずい建築物や民間人もなし。
人質は一か所に集まっており、周囲は頼りになる使い魔とその仲間たる人造生物たちが監視済み。
時間が加速している現在、人を巻き込む前にとどめる方法もある。
であるならば――広範囲攻撃にさえ気を付けていれば、彼女が何をしたとしても問題はないということになる。
その状況で、高速で動けるだけの魔術師もどきの手品師に負ける要素などない。
それが、彼女の態度の理由であり――つまるところ、これは余裕という物だった。
腹を押さえてうずくまるボルドのもとに、ゆっくりとマギアが近づく。
「ぐぎぎっ……」
呻く男を見下して告げる――
「まだやりますか?私としてはここえらでやめておくことをお勧めしますが。」
それは降伏勧告だった。
明らかに自分の力を愚弄した一言、ボルドの頭に血が上るのがわかる。
じっと相手をにらむボルドに冷め切った目線を向けるマギアは、相手に注意を払っていない。
その視線が癪に触って――だから、テンプスのために取っておくつもりだった魔術を使用した。
腹に仕込んであった改良型の玉櫛笥から煙を放出する。
「!」
驚いたように顔をしかめるマギアの動きが急速に遅くなる――極性を反転させた玉櫛笥の時間減速の効果を受けたのだと、サンケイにはすぐに分かった。
「マギア!」
サンケイが叫ぶ――体はまだ動かなかった。
腹を押さえ、おもむろに立ち上がったいやらしい笑みのボルドがマギアの首に手をかけ――
「――ずいぶんと体ができてんなぁ?あの爺の寝言もそれほど嘘でもなかったか?」
「らしい、な!」
楽し気な一言とともに剣を左わきにひきつけながら、兄が極低空でテンプスの足元を薙ぎ払うように振りぬいた。
体を一回転させ足をクロスさせながらの斬撃に、テンプスは半歩後ろに下がり、斬撃を切り抜ける。
追撃に振りぬいた位置から飛び込んできた足元を払うもう一撃をフェーズシフターの水晶の刃で食い止める。
空中に魔力とオーラがぶつかった燐光が瞬き、火花のように散った。
お互いにはじきあった衝撃で離れた刃を肩の関節の柔軟性で左肩に回した上段からの斬撃。
振り下ろしの一撃をフロリスに向けて振りぬくのとフロリスが体を空中に浮くように回して真下からの斬撃を放つのは同時。
再び、斬撃同士が激突した。
強く切り上げられた衝撃で水晶の刃が跳ねあがる。下から上への切り上げだというのに、その衝撃は並外れている。
再びの回転、真横への薙ぎ払いを真っ向からの一撃でもって再び受け止めた。
「……っ!」
両手対片手、それも決して優位な体制というわけでもないというのにテンプスが押されかけている――まるで神話に出てくる巨人じみた膂力だった。
「んんっ!」
押し込まれるまま後退、三歩目で足を固定し相手の力を受け流す。
後ろに向けて流れる力と体を確認することなく、テンプスは再び腕を回して斜めに斬撃を放つ――体を引き離すように真横に跳びながら。
ゴンッ!と、何かがぶつかった音が周囲にひびいた。
その音が、テンプスの脇を貫くように打ち出されたサイドキックをテンプスの手のひらが受け止めた時の音だと気が付けた人間はこの場にはいない。
あるいは、誰かがいたとしてもわからなかったかもしれない。
それは驚くほど速く行われた攻防で、ゆえに、常人の目から見た時、それはテンプスがフロリスに蹴り飛ばされただけに思えたからだ。
浮き上がった体が地面につくと同時に、テンプスが数歩たたらを踏む。
受け止めた手がしびれる、足の力は腕の三倍というがその威力はまさしくそれを証明していた。横に跳びながら止めなければ今頃手の骨を砕かれていただろう。
握力がなくなりかけている手のひらを握り、オーラで回復を促す。
他方、フロリスに振りぬいた一撃は相手の髪の毛をかすかに薙ぎ払うだけにとどまった。
空間に散った髪の毛を見て、テンプスは表情を固める――先ほどから交戦しているがどうにも決定打が足りない。
かすめた髪の毛を撫でながら、どこか楽しそうな兄を見つめて、テンプスはポケットの中の感触に思いをはせた――すでに、時計の針はあっている。
問題は、いつ使うかだ。
今、時計を使えばこの男との戦力比を一気に自分側に押し広げられるのは間違いない。
が、それをやれば、間違いなく自分はこの男の鬼札とかち合う。
そうなれば自分は行動不能になるしかない――少なくとも戦えなくはなる。
最もいい流れでそれだ、悪ければ体に問題が残る。
可能性を振り切って使う手もあるが、最悪を引かないと考えるには相手が悪い。
タイミングが重要だった。
テンプスは腰のブースターを引き出しながら、彼の中で嵐のように怒り猛る予見の海の中から一番いい場所にたどり着こうとあえいでいた。
その試みが成功するのかは、テンプスにもわからなかった。
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