試してみればわかるさ
「――何を人様に許可もなく触れようとしてんですか。」
それは、聞こえるはずのない声だった。
その鈴が転がるように耳に心地のよい声は耳の中を撫でるかのように耳朶を打つ。1200年で朽ちることのないその声は、いましがた時間減速させたマギア・カレンダの物だ。
「べっ?」
何かの衝撃によって弾かれたボルドの口から間の抜けた声が漏れる。
首に掛けようとしていた手が間抜けに伸びきって、壁面にぶつかっていやな音を立てた。
ありえないことだった。
自分は一秒を一万倍にしている。常人にとっての一秒は彼にとっての一万秒だ、物は遅々として進まず、すべての事柄は亀のように緩やかに歩き去る。
対して、マギアは瞬間的だったがゆえに倍率は低いが最低でも百秒を一秒に変えている――つまり、あらゆるものが矢のように素早く進むはずなのだ。
亀はまるで馬のように、いや、風のように早く動いて見えるだろうし、音はほとんどすべてこすったかのような不協和音にしか聞こえない。
魔力もそうだ。
作り出すのが遅い魔力はまるで泥のように緩やかに進むはずだった。魔術を起動するのに必要な魔力など到底一瞬ではたまらない。
百秒か、どう短くても十秒はかかる。
そんな中、魔術など起動できない。
前世の車と同じだ、どれだけすぐれた術であっても魔力というガソリン抜きで起動できるわけではない。
ゆえに、エリクシーズも、セレエも拘束できているのだ。
だというのに――
「――ああ、もしかして、時間を減速できたから私も魔術が使えないとでも思いましたか?」
――なぜこの女は魔術が使える?
「ご、ぎゅ……」
口から漏れる意味をなさない言葉を聞きながら、止まっていたはずのマギアの影が動くのを見て、ボルドの思考は混迷を極めていた。
「なんです、そんなに驚いて――私の事は別次元の知識とやらで詳しいんでしょう?」
そういいながら、先ほどと同じようにマギアは自分を見下し、平然と動き、言葉を発している。
ありえない、ありえてはいけない。
「魔力は時間に影響されるんだろ!だから、魔術は使えない!だから誰も逃げられないんだ!」
思わず、叫んでいた。
腹の痛みを忘れ。思いのたけを、自分に与えられた知識の粋を。
時間を操るなんて常軌を逸した魔術だ、その影響からたやすく逃げることなどできないはずなのだ。
そう信じて叫ぶ男に、マギアはまるで今日の転機でも話すように気軽に言った。
「別に、大したことじゃありませんよ――『インタラプト』という技術があります。」
聞いたことのない技術、ゲームの方にもなかったはずの能力。の世界特有のものかもしれないが、時間制御の魔術に勝てる技術など――
「あなたにわかるように言えば――何かが起きた時に自動で魔術を行使する技術……先輩は『自動迎撃』と呼んでましたね。」
それは時間の流れに依存せぬ技術だった。
相手の行動をトリガーとし、『0と1秒の隙間』に発動する、時間を超えた技術。
消費も大きい関係上、常に使えるわけでもないし何でもとはいかないが――十二分に役に立つ。
彼女の本と帽子があって初めて使えるこの技術は1200年前の魔術師であってもそうそうできない高等技術だ。
魔女相手にしか使わないだろうと考えていたが――ことのほか早く実践に出たものだ。
「ああ、もしかして、げーむとやらの私はこの術、使えませんでしたか。ずいぶんと訓練をさぼったんですねぇ、噂ではげーむの方の協力者を死なせたとか聞きますが……まあ、その程度の腕ならそうなるでしょう、怠慢の結果ですよ。」
そういって鼻で笑った。
「あまり舐めないことですね、どこの誰がもとになったのかは知りませんがこちらは1200年あの魔女どもを血祭りにあげて家族を取り戻し、守り抜くために鍛えたんです、その程度の軟弱者と同じように見るのはやめてもらおう。」
そういって、相手を冷めきった眼で見つめる――その目線だけで魂を凍結されるような恐ろしい視線だった。
桜色の燐光が伴った水晶の刃による斬撃が空中に見事な線を描き、兄の頭部に向かって走る。
その一撃は明らかに相手の頭部を破壊し、切断する軌道を取りながらまっすぐに相手に向けて振り抜かれた。
その一撃が同じように赤黒い燐光を伴った斬撃によって食い止められ、世界を火花と衝撃で彩った。
即座に翻った鉄の刃が水晶の刃を切り払うように払いのけてさらいに追撃を放つ。
斬撃のパターンを加えた一撃が失敗に終わったのは明白だった、頭の上を腕だけで回転させ背を向けた体制から裏拳のように放たれた横薙ぎの斬撃を前に建てた水晶の刃で受け止めて、一歩後退。
さらに体を回転させての一撃を薄皮一枚でかわし、体の左をかばうように刀身をつける。
背を向ける兄の脇から刀身が突き出したのはその時だ。
逸らすために出した刀身に殺意の刃が滑る。
汚れでも落とすかのように刀剣を振り払い、即座に放った顎狙いの回し蹴りはかがみながら変わって軌道を外れたことによって外れた。
そのままの動きで、テンプスは前に踏み込んだ。
真下から相手を追いかけるように切り上げを放つ。
回転する兄の胸元をかすめるように進んだ桃色の燐光を伴った刃を即座に斜めに切り下げる。
Aの字のように切り裂く一撃が、兄の胸に深い傷を残――
「――残念。」
――さない。
極薄く、しかし強靭に作られた大気の幕が斬撃の軌道をそらしている。届きうるはずの斬撃はものの見事に逸らされていた。
まるで嘲るように腕を広げた兄が顔に薄笑いを浮かべて問いかけた。
「――なんだよ、そのポケットの時計、使わないのか。」
「条件があってね。」
時計がばれていることはわかっている。
使えば勝てるかもしれない中で使わないのは――
「――ああ、俺の切り札まちか?」
そういって、兄は笑みを深くする――その通りだった。
「といっても久しぶりの再会でしりすぼみってのも味気ないしなぁ――俺も使ってやるよ、それならいいんだろう?」
そういって、フロリスは口を三日月に割って、おもむろに顔の横で剣を立てた。
その動きで、この男が何をするつもりかわかった。
最悪の想定が当たった。
とっさにフェーズシフターを可変させ、相手を狙い撃つが――間に合わない。
兄の腕が動き、彼の背後にくるりと全身を覆うような円を描く――不可思議なことに、その線は消えることなくその場に残り、彼らを照らしていた。
即座にポケットから時計を取り出す。
「――コンスタクティオン コンストルティ コンストラクション、我が求め訴えに答えよ――」
起動用の言葉を唱え、兄を見る――あれは世界でもっとも単純な魔術円だ。
刀身に刻まれた魔術が励起し、魔術円の内側に魔性を放つ。
――以前にも語ったことだが、この次元において転移不能なのは生物だけだ。
それはすなわち、無機物であれば瞬間移動させうるということに他ならない。
円陣が光を放ち――次の瞬間、そこに現れたのは黒衣の兄ではなかった。
赤と黒、あの男の放つ魔力と同じ色をしたその鎧は、まるで地獄の底でたむろする昆虫のように厳めしい顔で睥睨するようにこちらを見つめている。
殺到したフェーズシフターの砲弾をまるで存在しないか様に弾き、当たり前のようにこちらを見つめるその姿に、テンプスは覚えがあった。
「……魔導鎧。」
それは、太古魔法文明の遺産にして、あの文明最大の失敗作であり、同時に数少ない成功例でもあった。
天敵であるスカラーの技術を模倣し、より機能を向上させようとして生まれた欠陥品。
ごく一部の機能は模倣できたがそれ以外の部分では勝てなかったデットコピー。
魔法銃とセットで運用されるはずだった――
「――お前の鎧の贋作だ。」
兄が、その憎たらしいにやけづらすら想像できそうな喜色に満ちた声で言った。
そう、この男の身に着ける鎧こそが、テンプスの十年をかけた『鎧』の贋作だった。
「前の使い手たちからするとできそこないらしいが――俺とお前の間だとどうだろうなぁ?」
そういってまるでもてあそぶように刀身を指ではじく兄に、強がりな笑顔を返す――結局、最も悪い想定になるらしいと内心で顔をしかめていた。
「試してみればわかるさ――
胸に時計を押し付けながら声を上げる、彼を覆った無色のオーラ片が砕けて、燃えるような深紅の鎧が姿を現す――第二ラウンドの始まりだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
今年も皆さんには本当にお世話になりました。
誤字や脱字が多く、回りくどくて読みにくいことも多々あるだろうこの小説をここまで読んでくださってありがとうございます。
おかげさまで、丸一年、ほとんど休むことなく更新を続けることができました。
まだ、テンプスやマギアの行く末に興味があり、私の乱文にお付き合いいただけるのなら、大変喜ばしいことと思います。
2025年も皆さんに楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいと思います!
それでは、良いお年をお迎えください。
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