兄と弟の妥協点
朝の海岸をすべるように走る。
朝焼けに照らされた海は宝石をちりばめたようにひどく美しかったが、それをのんびりと見つめることはできない。
『――忌まわしきテンプス・グベルマーレと裏切り者の三渓司へ。』
そんな一文から始まる手紙の文面には彼の妄想とでも言うべき悪罵といっそすがすがしいほどの他責思考からくる歪んだテンプスの『計画』が書かれていた。
曰く、テンプスはあらかじめサンケイからこの男の計画を聞きつけ、自分の売名のために使ったと思っているらしい。
『大部分の愚かしい間抜けどもをだませても、俺はだませない。おぞましい計画だ』と書かれたその計画は確かに、実行されているのならば、許されないことだ。
が、そもそも、サンケイの話が正しいのならサンケイとこの男があったのは最初にテンプスが襲撃を食い止めた後の事だ、それまでにテンプスがこの計画について知ることなどできないはずだが……その辺の時系列的矛盾はもう無視しているらしい。
あるいは、彼が最初の一発目の爆発を被害者ゼロで乗り切ったのを忘れているのか……いずれにせよ、彼の中でテンプスの行動が不可解な湾曲を起こし、彼の思い込みに彼にしかわからない説得力を持たせているのは間違いない。
「おかしなことになってますねぇ、はじめっからああだったんですかねぇ?」
「サンケイからはやばいやつだとは聞いてるけどな。」
「やばいの方向性がおかしいでしょう、まあ、だからあんな馬鹿な計画なんて立てるんだと思いますが。」
マギアがあきれたように声を上げる、テンプスはそれに無言で同意した。
あの計画はとても正気の人間が行っているとは思えない代物だ、人を巻き込み過ぎるし、何より確実性がない。
もし、騎士があの男の考える通りに動かなかったら?
警邏に騎士が仕事を投げる可能性は十分にあった、実際、サンケイ達が協力していたのは警邏で騎士ではない。
もし、警邏どもが爆発をテロではなく別の理由だと隠蔽しようとしたら?
祭りの前だ、十分あり得る。
もし、騎士団の詰め所で証拠品保管庫の扉があかなかったら?
近場で爆発が起きて、まず行うことは非難と施錠だ。国の、訓練された騎士が扉をあけ放って逃げることはほぼないといっていい。あの学園ですら、そう指導するのだから。
パッと思いつくだけでこれだ、精査すれば小さな抜けがぽろぽろ出てくるだろう。
彼の計画はその程度のものだ、下調べも十分とは言えない。穴が多い。
それでも、彼はこの計画を素晴らしいものだと信じ、それが失敗した責任をテンプスとサンケイに突き付けた。
「思い込むと一直線な人。」
「歯に衣着せた言葉ですねぇ、あほでいいんですよあほで。」
息を弾ませたノワの一言にマギアの容赦のない一言がかぶさる。
それに苦笑しながら、テンプス達は街に侵入するために砂浜を駆け抜け――
「――止まれ!」
――られない。
脇から飛び込んできた鋭い一声が、テンプス達に足元に突き刺さって動きを止めた。
すべるように停止し、声の方向に目を向ける。
そこにいたのは、太陽を反射しながらこちらに向けて視線を送る鎧姿の一団だ。
全身鎧、それもあの紅蓮色の光沢からして特殊金属である《炎鍛鋼》だ、少数民族である『ドワーフ』の鍛冶によってのみ鍛えられるこの金属製の鎧をつけている連中はこの国においてはただ一つ。
「――エイルーデン王国所属抗魔騎士団蒼鷹隊だ。テンプス・グベルマーレ、お前を連行する。」
「!?」
抗魔騎士団、彼らだけだ。
驚くマギアを脇目に見ながらテンプスはやはり想定上最悪の道を進んでいることに顔をしかめる。
あの男が絡むといつだってろくなことにならない。後ろで膨れた殺気と敵意を感じながらテンプスは顔をしかめた
「どうした?早くせよ。」
「……一応、連行理由を聞いても?」
「お前にそのような情報は必要ない。」
「騎士が人を連行する際には必ず理由の明示が義務づけられてるはずだ、あいつは自分の部下にその程度の教育もできてないのか?」
挑発的に煽る――どうせ、あとでもめる相手だ、気を使ってやることもない。あの男の部下なら、後々問題にもならない、あの男にとり、何かをされたからと言って問題にするなど言う発想はない。
「……っち、うっとおしいがきめ……いいだろう、しかと聞け、我々はフロリス・グベルマーレ隊長の任によりお前には我々に同行してもらう。」
「――!?」
マギアから驚きの視線が背中に刺さる。
蒼鷹隊、国の中でも倍率の高い抗魔騎士団の一部隊だ、賊の征伐や化生の討伐といった花形の行為を担当する組織の一部隊であり――テンプスの兄の部隊だった。
「……蹴散らしますか?」
ひっそりと、背中からマギアの声が響いた。その声の色は明らかに本気だ。
マギアに兄の事を詳細に話したことはない。
が、同時に、オモルフォス・デュオの屋敷からこっち、あの男との仲について隠していたこともない。
ゆえに、彼女からすれば、この連中は明確に「敵」だ。
自分の恩人を自分の手の届かぬ場所にいざなうものに容赦してやる法をマギアは天上界でも物質界でも習っていない。
「いいよ、行ってくる――サンケイとアネモス達を頼む。」
そんなマギアをテンプスは止めた。
ここで彼女を犯罪者にするつもりはない、あの男の事だ、ここで自分以外の人間が暴れれば間違いなくその人間を犯罪者として告発するだろう――あとのことなど気にもしない。
「……大丈夫、なんですか?」
「……たぶんね。兄弟の話し合いだ、人様に聞かれたくないんだよ。」
苦笑交じりにテンプスが告げる、その声は平坦そのもので、そこに嘘があるようには聞こえないだろう。
「……わかりました。こっちは私たちで対処します、あの男には誰にも毛筋の先ほどの傷もつけさせません。」
その一言にテンプスは振り向きもせずに答える。今の顔を見られるのは、彼のなけなしの美的意識に反する。
「行け。」
その一言に反応し、マギアたちは駆け出した――それでいい、ここにいられたくない。
「――失礼、お待たせしました。行きましょうか。」
そういって、テンプスはゆっくりと騎士たちに近づく。その手は腰のフェーズシフターに触れている。
「っち、待たせやがって餓鬼が……早くこちらに来い。」
そういいながら騎士たちはテンプスに近づき――
ガキィン!
と、金属同士のぶつかる音を響かせた。
テンプスの目の前にはフェーズシフターの水晶の刃と鎧と同じく炎鍛鋼によって作られた刀身があった。
大上段からの斬撃を横に流した答申が止めている、目の前の騎士からの攻撃だった。
「なんのつもりだ?」
「わかってんだろ――お前の兄貴からの命令だよ。」
その一言に、眉間のしわが深くなった――またあの男の『お遊び』らしい。
「『お前らをつぶせないなら殺して海に捨てろ』ってところか?」
「なんだよ、よくわかってんじゃねぇか、よ!」
言いながら放たれた前蹴りを、テンプスは接触部位から体をひねることで受け流す。
そのまま、体を相手の外側に向けて回転させる。
水所の輝きを持つ白刃が切り裂いたのはかかとの後ろ、アキレス腱だった、痛みに騎士が呻き、体を支えられずに前のめりに倒れる。
その背筋、鎧と兜の隙間の盆の窪に蜂の一撃のような鋭い突きを差し込む。
地下闘技場でも使った無力化術は騎士が相手でも滞りなく高価を示した。
「一人目……」
倒れ伏す男を見つめながらほかの騎士に注意を向ける、すでに県は抜いている――どうやら、全員倒すしかないらしい。
「……面倒な奴め。」
今日何度目になるかわからない眉間の皺を感じながら、テンプスは相手に向き直る。
面倒だ、時間もかかる、マギアが事を収めるまでに彼女と合流はできない。
何より――無事で済む保証はない。
死にはしないかもしれない、が、あとの尾を引く問題が怒らないかは……わからない。
腕の一本ぐらいはどうにかなる可能性は十分あったし、身動きできない怪我をする可能性もある、が――これが、あの男と自分の妥協点だ。
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