感謝の気持ち
「……僕、なんかすごい恥ずかしいことしてなかった?」
「いえ?かわいかったですよ。」
またしても珍しく、顔を赤くしながら訪ねたテンプスにマギアが上機嫌な言葉を返した。
実際、もう半年近くともにいるが彼がこんなに年相応の振る舞いを見せたのは初めてだった。
「……その……外国とか、行ったことなくて、興味が……」
「別に、誰も責めませんって。」
言い訳じみた言葉を断ち切る――本心だ、かわいらしいとは思うが、あの時の彼に嫌悪感はない。
それでも、何か悪いことでもしたように、テンプスは体を縮こまらせている。
正直、かなりの醜態だと思っていた。
彼の能力は寸分たがわぬ未来を予測する、だから、実のところ、先ほど何をするのかと聞いた時点でここに来るのはうっすらとわかっていたし、身構えてもいた。
力の流れからどこに行くのか、思考はすでに看取っていた。
この次元にはスカラーが観測した情報があったし――マギアの語る情報は大部分知らなかったが――どんな場所かおおざっぱに知っているつもりだった。
ただ……実際に見た時、ここまで興奮するのは想定できていなかった。
彼自身、自分がこんな風に喜べると思っていなかったのだ。
喜びなど祖父が死んだ時にともに墓に送ったと思っていたのだ。
マギアに会ってかすかに息を吹き返してきていたのはわかっていたが……それでも、ここまでとは。
それは、彼自身の性質によるものだ。
テンプスの予測において、いつでもノイズになるのは彼自身である。
彼は、どのような悲劇であっても、予測し、予測を体験し、死を経験する。
その性質上、彼は『自分の能力を過小評価している』。
以前、縞模様の怪人が語っていたことを覚えているものは彼が、こんなことを言っていたことを覚えているだろう。
「彼の予測はすれ違うだけの人間にも、道で小便をする猫にも、その日の天気、風向きにすら反応する。」
と。
だが考えてほしい、電磁投射砲の砲弾を切断する男が、その辺の一般人に襲われた程度の事で死ぬだろうか?
普通、人はそれを聞いた時「あり得そうもない」と思う。攻撃されも、自力で切り抜けられるだろうと。
だが、彼はそうは思わない、『自分なら死ぬ』と考える。
それが、彼が時たま予測を外す理由だ。
他人の事ならこれ以上ないほど正確に未来を当てることができるが、自分のことになると予測に不備が出る場合がある。
だから、彼は因果検出器で未来を見たのだ――結果は変わらなかったが。
そんな彼を見て、マギアはそっと腰に手を当てて撫でた――普段、泰然としている彼のかわいらしい一面が見れたことに、彼女はかなり満足していた。
普段の彼はまるで隠者のように無欲で、それでいて他人の事にばかり気を回す彼が、自分のことで喜んでいるさまを見て、かなりうれしく思っていた。
だから、この後の光景にも期待していた。
「さ、つきましたよ。」
そういって、彼女は自らの目的地を示した。
そこにあったのは、長大な城だ。
四つの尖塔を持ち、入り口を除いて滑らかな石のような素材の城壁に囲まれたその場所はまるで逸話にうたわれる白亜の城のように見えた。
その奥に、まるで三角錐をそのまま、この世に切り出したかのような形の建物が鎮座している。
天を突くような高さのその建物こそが、マギアの目的地であり、同時に彼女が城と呼ぶ建物だった。
「マギア!マギア!きれい!」
「でしょう?」
そういって顔をキラキラと輝かせる家主を、マギアはとうとう鋳物を見るような目で見ていた。
「ん、中もきれい。」
「ね!」
建物の内部、そういって珍しく二人で楽しそうにしているノワとテンプスを見ながらマギアはタリを見回す――一年ほど前にこの次元から出て行ってから、特に変わっていないらしい。
三角錐を切り取ったような形をしたこの施設はこの『サンクトス』の第一層、ルアニで最も権力を持ち、同時に、この次元界の最も名高い勝利の証である存在が作り上げた〈城〉である。
悪に対して寛容ではないこの次元において、唯一といっていい「悪に寛容な施設」であり、あまねく次元のものを受け入れる唯一の「交易所」であるこの施設はいつもと同じように清潔だった。
床と天井はまるで大理石を磨き上げたような光沢でもって重量を受け止め、その上にはゴミ一つ落ちていない。
内部の一角は依然と変わらずどこの次元から来たのかわからぬ異形の存在達が談笑している。
「じゃあ、私は用を済ませてくるので、ここで待っててください。」
「あ、うん……」
そういって、テンプスは彼にしては非常に珍しくどこかしょんぼりとした顔でマギアを見た。
「……?なんです?」
「その……一緒に行ったらだめ?何するか見たい。」
そういったテンプスの顔には明らかな羞恥と、それでも隠し切れない好奇心とがないまぜになった顔をしていた。
「――ええ、いいですよ、こっちです。」
そういって案内しながら、マギアはどうしてもこのかわいらしい生き物を撫でまわすのを我慢するのに苦心していた。
「――お久しぶりです、カレンダ様。」
カウンターに顔を出したマギアに、なじみのある半実体の番頭はいつもと同じように白い靄のような姿で典雅に礼をした。
「ええ、お久しぶりです、お変わりないようですね。」
「ええ、おかげさまで。カレンダ様におかれましては、復活の機会を得たとのことで、大変喜ばしく思います。」
「ええ、まあ……ああ、私の家族です。」
そういって、マギアは自分の後ろにいたタリスたちをさし示した。
「ああ、これはこれは、ようこそラシャンス城へ。ノワ様にタリス様それと……」
知っているのが当然、とばかりに口を開いた半実体の番頭の口が止まる――テンプスの事がだれだかわからなかったのだろう。
「ん、ああ、こちらテンプス・グベルマーレ。〈私の男です〉、物質界で私に協力してもらっています。」
番頭の様子に気が付いたマギアが簡潔に紹介する、ごく一部を天上界の言語で語ったのは……さすがに、テンプスに聞かれるのは恥ずかしかったからだ。
その一言を聞いた半実体の番頭の顔に一瞬だけ浮かんだのは驚きだった。
「――!そうですか、あなたが。お噂はかねがね。我らが主の城へのご来場、うれしく思います。」
そういいながらしずしずと頭を下げた半実体の番頭の様子に、マギアはかすかに首をかしげる――まるで、以前から知っていたかのような反応だった。
番頭の様子に、頭を下げられる経験の浅いのか慌てるテンプスの脇に移動してそっと問いかける。
「……先輩、まさか、この次元、来たことあるわけじゃないですよね。」
「え、うん、来たことないよ……?」
困惑に満ちた顔――この分だと、彼に自覚があって何かをしたということもないようだ、とはいえ、この少年の事だから何をしていてもおかしくはないのだが……まあ、いずれわかるだろうと結論付け、マギアは本題に入った。
「私が預けていたものを引き出したいのですが。」
「――承知しました。難しい情勢なのですか?」
打てば響くように、半実体の番頭は即応した。
「ん、というよりダメ押しがしたいなと。」
「ああ、それはそれは……ご用命は以上でしょうか?」
「ん、あと、一日分部屋を貸してください、今日は止まるので、それから――先輩。」
「ん?どした?」
半実体の番頭の様子に、マギアと同じように首をかしげていたテンプスが、マギアの一言に反応し、顔を向けた。
「時計のパーツが壊れてると言ってましたね、材料がないと。」
「うん。」
「何が必要なんです?」
「うん?えーっと……いってもわかんないよ?」
「いいから、言ってください。」
「……マギア。」
「なんです?」
「僕お金持ってないんだけど。」
能力を使わずともこの質問で何をするつもりか、テンプスにはありありとわかった。
「家賃です。」
「いらないって言ったけど……?」
「わかりましたといった記憶はありません。」
いつものように、折れるつもりのない返答。ただ、今回はこちらが折れるわけにはいかない。
「……後輩に施してもらうほど、落ちぶれたつもりはない。」
「感謝の気持ちを受け取らないのは無礼に当たると思いますよ。」
「……そこまでしてもらうほどの事はしてない。」
「私には十分でしたよ。」
「……だからって、こんな……」
「言わないのならいいですよ、片っ端からそれっぽい金属買って渡しますから。」
「……」
どうにも止まるつもりのない後輩に、テンプスは後ろめたさとかすかな不満を混ぜ合わせた顔でぽつりと言った。
「……アンビジウムとカルフォライトの合金、昔はあったみたいだけど、今は鉱床自体がなくて。」
「だ、そうです。ありますか。」
あっけらかんとマギアが言った。
「希少なものですね、在庫を確認してまいります。出発までにご用意できればよろしいですね?」
「ええ。お願いします。」
そういって、マギアはほほ笑んだ。これが、マギアがここに来た理由の一つだった。
あの物質界にないのなら、別の次元から手に入れればいい。
余人にとってはひどくスケールの大きな話だが――同時に、彼女のような魔術師には当然の発想だった。
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