休養
「忘れ物を取りに行くので付き合ってほしいんですよ。」
撫でられるまま眠ってしまったテンプスが起きた後、マギアはそんなことを言った。
どうやら眠る直前に話した内容の話らしいと理解したテンプスが首をひねる――忘れ物?
「どこに?」
「行けばわかりますよ、それほど遠くではありませんが事前準備がいるのでできれば人目につかず、人の入ってこない場所が知りたいんです。」
そういったマギアの目は真剣だ、どうも冗談で言っているようには見えない。
「どれぐらい?」
「二日か……長くても三日ですかね。」
「……長くない?」
「いくら近いといってもさすがに日帰りとはいきませんよ。」
「まだ事件終わってないぞ?」
「実行犯がつかまっている以上、急激な事態の悪化はないでしょう。今のタイミングを逃すと、また問題が向こうから襲い掛かってきて話が先延ばしになるでしょう?」
そういわれてはテンプスも何も言えない――彼も、そうなりそうだなと考えていたからだ。
前回のステラの一件からこっち、どうにも面倒事が自分から突進して自ら殴り倒されているとしか思えない。
いやなパターンだ、明らかに悪い流れに乗っている。
「いいでしょう?療養ですよ。」
「一応、ここも療養にはむいてるとおもうが。」
「あなたに敵意むき出しのこの街でですか?」
そういわれると、テンプスに言えることはない。
街に渦巻く彼への敵意と侮蔑は相当のものだ、休めるような環境ではない。
では、自分の故郷ならば――と思ったが、あそこも決して素晴らしい場所とは言えない。
単純にさびれているし、あそこの住人も自分を歓迎はしないだろう、あの町にとって自分達家族は恐怖の対象でしかない。
恐れられながら一所にとどまるのはあれでかなり精神に来る。
となれば、マギアの言うことに乗るのは悪いことではない。
ないが……
「……抜けられないだろ、あいつが犯人だって証拠がない。」
「サンケイが証言するそうです、脅されていたことを話、学園のネームバリューを使えば十分説得できるでしょう。」
「あいつの経歴に傷がつくだろう。」
「それだけのことはしましたよ、それに、彼が決めたことです。」
「……それにしたって、それだけじゃ疑われる。」
「玉櫛笥を渡せばいいでしょう、彼は保存場所を知っているはずだといったのはあなたですよ。」
打てば響くように帰ってくる返事、どうやら、テンプスをどうしても連れていきたいらしい。
「……それとも、私たちとどこかに行くのは嫌ですか?」
そういってこちらを不安げにのぞき込む後輩は自分の可愛さを理解しているのか、あるいは単に不安なのかどちらかよくわからないあざとい様子でテンプスを見つめた。
「……わかった、アネモスに聞いて、ダメだって言われたあきらめろ。」
その顔に負けたテンプスは交換条件としてそう提示した。
今の状況でテンプスが盤面を離れることをよしとしないだろうと判断してのことだったが――
「――いいですよ、本来の仕事まで時間がありますし、それまでに帰ってきてくれれば、自由に行動してもらって構いません。」
――確率の低いところを見事に貫いた。
ボルドを捕まえて数時間後、ある程度体調が回復してから宿に戻ったテンプスが先ほどの提案を実行すればアネモスはひどくあっさりとそういった。
「……ええっと、本来の目的から考えると僕がいなくなると人手が……」
「構いません、私たちがここに来るのに二日、事件の捜査に三日、あと二日あります。それに、一日目は打ち合わせですから、こちらでやっておきます。」
「……いや、その、後輩に丸投げするのは……」
「――自分を助けるために無茶をしたとサンケイから聞きました。」
貫くような視線がテンプスの目に向けて放たれた。
「……無茶って程の事はしてない。」
「あの闘技場で使っていた蒼の鎧をもう一度使っているというのも嘘ですか?」
「……それは、使ったけども。」
「そのあと、学園であなたが体調不良になったのは事実ですね?」
「……そう、ね。」
「あの鎧に体調を悪化させる何かがあるのも事実ですね?」
「……ちょっとだけな、もう治って――」
「でしたら、休んでください。力仕事はテッラとネブラがいます、細かい調整は私とセレエでやっておきます、姉は……まあなにかで使い物になるでしょう、任せてください。」
「……」
「テンプス先輩。」
「……ん?」
「少しは私たちにも、いいところを見せるチャンスをください。」
そういわれてはテンプスには返す言葉がなかった。
「と、言うわけで、行きますよ。」
「いや、でも、ほら、サンケイの事もあるし……」
「……やっぱり、私たちと出かけるの嫌ですか?」
「そうじゃない、そうじゃないけど……」
ひどく後ろめたいのだ。
彼は人に自分の仕事を任せたことはない、いつだって仕事を押し付けられる側だった。
だから、人に何かを押し付けるのにひどい抵抗がある。
「だから、その……」
できる物なら行きたい、が、行くことに強い抵抗がある。
そう伝えるテンプスに
『――行きなさいよ、サンケイならあたしが見てるから。』
いったのは眼鏡越しにしか見えない古い知人だ。
「キノト……」
『なんか、今回ほとんど何にもできずに助けてもらっちゃったし、あんたの弟は私の方が面倒見とく、一応せいやくのしょだっけ、あれがあれば霊体のままでも魔術使えるんでしょ?』
「ええ、生身の時ほどの力は出ませんが可能ですよ。」
『それならサンケイの面倒ぐらい見られるわよ。行ってきなさいな。』
「……いいのか?」
『いいって、あの子も言ってたでしょ――いいとこ見せるチャンス、頂戴な。』
「――で、どこに向かってるんですか?」
「ん、もうつくよ。」
そういって、先導するテンプスは久々に通る道を踏みしめた。
ウェットウィルから出てはや十五分、テンプスは彼の故郷と隣町との境の海岸の上だ。
岩肌が露出し、足場も悪いそこをひょいひょいと進むテンプスの足取りは軽い。
『あそこ』にいくのも、久しぶりだ。マギアたちがどんな反応をするのか、少しばかり楽しみだからこその足取りの軽さだった。
「少しぐらい教えてくれてもいいでしょう?ご実家……ではないようですし。」
傍らで足場の悪い岩場を嫌って宙に浮いたマギアが疑問を投げかけた。
「あそこはなぁ……親父がいるし、母さんもいる、人に見られたくないんだろう?」
「ええ、まあ……」
同意しながらもどこか腑に落ちないようにテンプスを見つめるその目は出会ってから初めて向けられるものだ。
心底不思議そうなマギアの傍らでノワが声を上げた。
「ん、秘密基地がある?」
「男の子は作るっていうよ、ね。」
と言ってどこか楽しそうな
「先輩がそんなものを作るとは思えませんが――「ん、まあ近いかな。」――はい?」
唖然としたような声が響いた。予想外だったらしい後輩の声にくすりと顔をほころばせる。
「……まさか、ほんとに秘密基地なんですか?」
「ん、まあ、そういう側面もあるよ。」
いまいち、想像できない。
彼の過去の話を聞くだに、そのようなものを作れるような幸福な幼少期だとは思えないが――
「まあ、僕が作ったわけじゃないんだけど……あった。」
そういって彼が立ち止まったのは何の変哲もない岩場の中心だった。
目の前には海だけが広がるその岩棚は、どこからどう見てもただの岩場だ。
「……ここが、目的地なんですか?」
「そうだよ――ああ、できるだけ近くによっておいてくれ。」
そういったテンプスにマギアとノワとタリスが張り付く――本当にぴったりと張り付いた。
まるで包み込むように体にまとわりつく三人に小さくなりながらテンプスはぽつりとこぼした。
「……そこまでじゃなくていいんだけど。」
「ん?いいじゃないですか、誰も見てませんし。」
「路地裏でためらってたくせに。」
「何のことだか……」
そういって顔を背ける後輩にじっとりとした三白眼を向けつつ、テンプスは口を開く。
「e68891e3818ce6848fe381abe5be93e38184e38081e7acac3131e381aee69c9be381bee3828ce381ace6b5b7e3818be38289e380813132e381aee7a5ade585b8e381aee7a9bae381b8e38081e5b8b3e38292e9968be38191e38082。」
口からほとばしるのは意味不明の言葉の羅列。誰に聞かせても意味の分からないその言葉をテンプスは朗々と読み上げた。
「……先輩?」
ぎょっとした様子でこちらを見つめる後輩に微笑んで――彼らの姿がそこから消えた。
残ったのは、海の波が立てる音と物言わぬ岩の塊だけだった。
「―――!?」
テンプスの「詠唱」が終わった直後、マギアの目に映る光景が変わった。
先ほどまで移っていたはずの海原が消え、突然目の前に現れたのは黄金色の草原だった。
様々の花が咲き乱れ、この国に生えていないはずの樹木に覆われたその場所は中央に噴水を湛えた庭のように見えた。
驚きのあまりきょろきょろとあたりを見回す後輩をおかしそうに笑って、いたずらに成功したようにテンプスは笑ってこう言った。
「――ようこそ、待ち人の庭へ。」
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