聞きたいこと
「――つまり、この男が店を爆破した犯人……と、言うわけか?」
そう聞いてくる巡回の騎士に、サンケイは何一つ含むものなどないかのように答えた。
「ええ、独自に入手した情報からこの男が騎士の詰め所を襲撃することがわかったので止めようとしたんですが……」
「失敗したと、なぜ我々に伝えない?」
「情報を得たのが直前だったんです、騎士の詰め所に連絡に行く時間がなくて……駆け込もうとしたら爆発が。それを確認して、すぐに広場を閉鎖しました、逃げ込むならここだろうと思ったので、強引な方法でしたが爆弾を持っている犯人ですから、危険だと判断しての事です。」
「……わかった、この一件についてはこちらで調査する。あとで事情聴取があると思うが構わないな?」
「ええ、もちろん。」
そういって、にこりと笑う。
いま、ここにない兄の負担を減らせるのならなんだってするつもりだった。
「――悪いけど、後の事頼んでいいか?」
と、兄がマギアに告げたのはかれこれ十分ほど前だ。
「いいですけど……どうしたんです?大丈夫ですか?」
そう、心配そうに聞くマギアにテンプスは苦笑して。
「疲れたんだよ、八時間追いかけっこだぞ?ちょっと休みたい。」
そういった――その顔が、どこか嘘くさく見えたのはおそらくサンケイだけではないのだろう。
いぶかしがるマギアを黙殺して、彼は広場に入口に向かって歩く。
「ぁ、兄、さん……」
何か言わなければいけない、ととっさにおもった。
彼が言ってくれたことがうれしかったこととか、彼をだましていて申し訳なかったとか――弟でいられてうれしいとか。
何か言うべきで――だから喉の奥で言葉が渋滞した。
まごついて何も言えずにいたサンケイを見てテンプスは薄く笑って――
「……親父と母さんには自分で言えよ。」
と頭をたたいて、彼は歩き去った――その歩みが、どこかふらついて見えたのは気のせいではあるまい。
だからだろうか、傍らで自分を監視していた少女に「そばにいてやってほしい」と頼んだのは。
『杞憂なら、いいけどな。』
そうは思えない――あの兄の事だ、一人で何かに耐えているのだろう。助けが必要なはずだ。
それが、弟としての勘だった。
『……皮一分は……堪えるな。』
サンケイの心配は的中していた。
テンプスは人目につかない路地でひっそりと倒れ伏していた――体がろくに動かないのが、その原因だった。
以前も語ったことだが、蒼の鎧には独特の代償がある。
『肉体の感覚的齟齬』と呼ばれるその代償は余人には図り切れない苦痛を彼に与える――また、感覚が混交している。
すべてから解き放たれて加速した後の時間の重みだ、それが、感覚を狂わせ、予見を濁らせる。
どれが正しい予見かわからなくなる――名声の魔女を逃がしかけたのはそのせいだ。
耐える訓練はできていない、あの闘技場で定常時間皮を使ってから彼は余裕がなかった。
『もういっかい、頭がいかれなきゃいいが……』
大丈夫だろうという確信はある、が、何事にも例外という物はある。
マギアの精神防衛術がそれだ、『
本来、魔女ならばたやすくマギアたちを支配できるはずなのに魔女と交戦出来ているのはそれが原因だ。何事も、設計道理にはいかない。
あらゆる『精神にまつわる効果』を無効にする彼女の術は絶大だ、貞淑の呪いとやらを切り抜けてもこの術がある限り彼女をどうこうすることはできない。
眠りすら無効にする彼女を無力化するには、それこそ酸欠のような状態にして意識を遮断するか殺すしかない。
そういった例外はどこにでもある――今回がそうかを判断する方法はなかった。
横倒しの体勢でつらつらと考える――おそらく、この件はまだ終わっていない。
鎌の一件がまだ――
「――まったく、三渓の言う通りじゃないですか。」
思考を打ち切ったのはよく聞く声だ、あきれと心配のないまぜになった――
「……まぎあ?」
「ええ、ほかのだれに見えるんです?」
そういいながら彼女はテンプスの頭を抱えて折りたたんだ膝の上に置いた――そういえば、前もこんな風になったなと思っていた。
「……向こうは?」
「サンケイが自分でどうにかするといってました。母と妹も来ましたから何かあってもどうにかするでしょう。」
「そっか……」
短い会話――テンプスとしても何を言っていいのか、わからなくなってしまった。
「……大丈夫なんですか?ザッコの時の体調不良、あの鎧のせいのでしょう?」
「ん……今回は、平気だと思うよ。想念の戦士の力も制御で来てるし、ちょっと疲れたけど。」
「……本当でしょうね?またああなったら学園に二度と行かせませんよ。」
「大丈夫だって、心配症。」
そういって笑う彼に心配そうな視線を向けるマギアに苦笑する。
沈黙が流れる――今度はたっぷり数分はあっただろう。
「……久しぶりに二人になりましたし、あなたに聞きたいことがあるんです。」
不意に、マギアがそう口を開いた。
「……いいよ、なに?」
「――時計の件です。」
「ん?」
想定外の質問だった――いや、見えてはいたが、何のことかと思考の端に追いやっていたことだ。
「私が、あなたに鎧のパターンを渡したってあれ、嘘なんでしょう?」
言われたテンプスが上を向いた――どこかぼんやりとした目をかわいらしいとマギアは思ってしまった。
「また、ずいぶん前の話を……今聞くこと?」
「ずっと聞きたかったんですよ、ただ、最近いろいろ忙しかったでしょう?――はぐらかされたくないですし。」
「……なんで、そう思う?」
「あなたを知れば知った分だけ、話がおかしく感じるんです。これほどスカラーに造詣の深いあなたが、鎧の作り方を知らなかったとは思えません。」
「……」
「知ってたんでしょう?鎧のパターン、私がいなくならないように私の手柄にしただけ。体に投影するのも、思いついてましたよね。」
彼に山ほど聞きたいことはあったが、これが最も疑問だった。
彼を助けようとするたびに、彼に助けられている。
「……そうじゃないよ、君は信じないかもしれないけど、あれは……ほんとに、知らなかったんだ。」
だから、そういわれた時、素直に信用できなかった。
「信じられませんね。」
「だろうね――本来の時計は、こういう使い方じゃないんだよ。」
「……どういうことです?」
いぶかし気に、マギアが聞いた。
「本当の時計はね、空間に投影するんだ――最初に、君に話したのと同じ使い方のはずだったんだ。」
「それだと、今の状態は何なんです?」
「――こわれてるんだ、時計。」
それは、予想外の一言だった。そんなこと、マギアは想像もしていなかった。
「機能してるじゃ……完全に治ってないんですか?」
「……ん、オーラを投影する機能の一部が完全に破損してた。これを直すための素材が、もうこの時代にないんだ。」
だから、治せないままだ。
「代用するために、いろいろ素材を試したけど……結局、いいのがなくて。」
だから、彼は空間にパターンを投影できない。
「どう頑張っても五秒、それも、五秒使えば一回で部品を変えなきゃならない、おまけに、正式な鎧のパターンを組み込むのに必要な個所だった。」
「……じゃあ、あのパターンは?」
「あれは、鎧そのもののパターンじゃない、回折回路作り方だったんだ。あれを介せば、死んでる部分を回避できる。手記にも乗ってなかった――あれがなきゃ、鎧が着れなかったのはほんとだよ。」
そういって、テンプスは瞠目した――まるで、知られたくない秘密を知られたように。
その様子にいぶかしがるマギアに、テンプスはひどく後ろめたそうに尋ねる。
「……がっかりした?」
「へ?」
「僕が……その……」
嘘をついて、彼女を助けたわけでなくて。
そういって、こちらを見つめる視線が、不安に揺れていることに、マギアは驚いた。
彼が、こんな風に瞳を揺らすことはあまりあることではない。
まるで――見捨てられた子供のような顔だと思った。
だから。
「――まさか。あなたの役に立ててたってわかって、ずいぶん気が楽になりましたよ。」
本当のことを告げた。
それ以上、言うべきことなど思いつかない。心の底からよかったとおもえた。
自分は、彼に何もかももらい受けて何も返せない恩知らずではないのだとおもえた。
自分にも、彼を助けられることがあるのだと。
だとすれば――あの、くだらない未来も回避できるのかもしれないと、そう思えた。
「そっか、よかった……」
ほっとしたように、表情が変わる――疲れていると、普段よりもころころと表情の変わる人だ。
「なんです、そんなほっとして、そんなにこわかったんですか?」
「ん……きみに、嫌われるの……いやだから……よかった……」
そういって、力の抜けた笑顔を向ける彼を見て、マギアはとっさに視線をそらした。
反射的に抱きしめそうになった、起きてるのにそれはまずい……恥ずかしい。
深く呼吸をする、心臓を一端落ち着ける。顔が熱を持っているのがわかる――なんだってこの男は妙に動物っぽいのだろうか。
「――馬鹿ですね、あなたがいらないと言おうが私はあなたのそばにいますよ。」
そういって、微笑とともに頭を撫でた。
乾いていてどこか傷んだ感覚を与える髪は、彼を象徴するかのようだった。
気持ちよさそうに顔を緩めるテンプスに、マギアはかねてからの計画を実行することに決めた。
まだ、この一件が終わっていない可能性はマギアも考慮している。が、実行犯がつかまっている以上、急激な事態の悪化はないだろうと踏んでもいた。
何より、機会を逃すと次の問題がいつ噴出するのかわからない以上、急ぐ必要がある。
「――先輩、三日ほど、時間を作ってほしいんですけど。」
意を決してそういったマギアに、テンプスは不思議そうな顔をしていた。
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