ある男の確信と失敗

「――悪くねぇな。」


 傍らの「弟」の話を聞きながら、男は口角を吊り上げた。


 彼の計画はうまく行っている。この分なら自分の計画は滞りなく遂行されるはずだ。彼には確信があった。


 やはり高等教育すらまともに受けられないような連中と、大学を出た自分では頭の出来が違う。


 この程度のトリックも見抜けないとは、まったく馬鹿な連中だ。


 喉からこみ上げる笑いを隠しもせずに、男が笑った――自分以外の人間すべてを馬鹿にした、卑屈で気に障る笑い声だった。


「……」


 そして、その男の笑みを見ながら、彼の「弟」はまったく面白くもなさそうに顔を曇らせている。


「弟」からすれば、この男とここで会うなんて思ってもいなかった。


 転生時に集められたときに、顔は見ていないはずだ。なのに、この男はここにいた。


 会いたくなかった、合わなくてよかったと思っていた――怖かったから。


 この男が自分と同じものを好いていることは知っていた。


 ただ、自分と楽しみ方が違うことも知っていたから、この次元に来なくてよかったと思っていたのだ……勘違いだったわけだが。


 別に、関係が悪かったわけではない。だが……昔から比較されてきたせいで、どうしてもこの男には苦手意識があった。


 そんな彼の内心を知ってか知らずか、男は笑顔を向けて彼に向けて言い放つ。


「お前も喜べよ、あの雑魚の弟から解放してやるんだから。ことがうまく行けばの雑魚から消してやる。」


「……!」


 その一言に、思わず相手をにらんだ。


 この男は自分の――今生の兄を殺すつもりだ。


「なんだよ、怒るなって、いいじゃねぇか……事が済んだらフラルとマギアはお前にやるんだからよ。」


「それは……!言ってるだろ!この人たちは物じゃ――」


「――ねぇよ、物じゃない。こいつらはこの世界の住人だ。」


「!知ってたのか?」


「当たり前だろ?目の前に世界が広がっててなんだってそれが現実じゃねぇと思う?夢見てるわけでもないんだ、あの転生した時の男だか女だかわかんねぇ奴の言ってた通り、この世界は『この世界』ってことだろ。」


 それは男からすれば当然のことだ、目の前にあるものを疑う理由などない。これほどリアルな夢など見るはずもない。


 だが――


?」


「!」


 当たり前のように発された言葉にサンケイは驚きでこわばった。


 それは人を殴るのがどうして悪いのかわかっていない子供が親に聞くような、心底不思議そうな顔だった。


「こいつらがものじゃない、結構なことだ。相手が人間だ、そうだろう、見ればわかる。」


 サンケイを見つめながら、男はつらつらと語り続けた。


「――で、それがなんなんだ?おれにとってそれが何を意味する?あの連中が人だったらなんなんだ?」


 自分が幸せであることを止める理由になるのか?


 そう聞きたげな男は前世であった時と同じように、サンケイを言い含めようとしていた――それはまるで、他者には見えたかもしれない。


「人間みんなやってるだろう?会社の業績で一番になるためには二番になる人間を追い抜く必要がある――どれだけ二番手が頑張っていてもだ。」


「……」


「マラソンだって、ゲームだって、結婚だってそうだ。何もかも、相手を蹴落とすことでしか「一番」にはなれない。そして、幸せであることのために、一番である必要があることはある。今の状況みたいにな。」


 おそらくは、自分たちが転生している現状を言っているのだろう――確かに、そうなのかもしれない。


 この世界には最低でも両手の指以上の数の異世界からの来訪者がいる、そいつらはそれぞれの思惑で動いている。


 学園にいる連中などそれこそ氷山の一角でしかない、そして、彼らはここがゲームの中だと思っている。


 そういった連中は何のためらいもなくこの世界の住人の人生を曲げてしまうだろう。彼らだけが知る情報によって。


 そういった人間たちの中で幸せを得るために一番であることは必要なのかもしれない。


 だから、自分がやることは適正であり、正しいことだと、そう、彼は言っているわけだ。


 ただ――


「……それでも、こんなに被害を出したらいろいろとまずい、国の騎士はそれほど強くないけど、数で押されたら勝てないよ。」


「わかってるよ、次で最後だ――連中は、前回と同じ方法で爆破すると思ってんだろ?」


「……そう、聞いてるけど。」


「なら、問題ねぇ。本命はこっちだ。」


 言いながら、彼は細い路地から目の前の建物――騎士の宿舎を見た。


「お前は手筈通りにやれ、実行は十五分後。ばれねぇようにやれよ?」


「……わかってるよ。」


 そういって、憮然とした表情の「弟」――三渓司は不機嫌な足取りで歩き出した。






『ありゃもうだめか……』


 歩き去る『弟』の姿を見つめながらあきれたように男は息を吐いた。


『あいつは昔っから無駄に共感の強いやつだったしな、どこの誰とも知らねぇ屑に同情なんてしやがって……』


 ため息を吐く――これだからあいつはダメだ。


 いらぬ利用神など持つから周囲の目などという物が気になる。気になるから善良なふりをしようとする。


 真実は自分の事しか信じておらず、自分の事しか重要視していないというのに。


 人間は皆そうだ、生物としてそうあるべきだし、そうでなければならない。


 ゆえに、自分がトップであるべきなのだ。


 自分は優秀だ、この世界でもそれ以前の世界でも。


 向こうでは有名大学に進学し、そこでも優秀な成績だった。こちらの世界でも同じだ。


 自分は人の上に立つべきだ、そのために必要な工程がこれだ。そのために生まれる犠牲はある程度許容されなければならない。


 そのためにあの女を殺した、あの女は特定の人間にあの『箱』を渡してしまう、その条件を他の転生者も知っている。


 それを妨害するために死霊術を使う――これならほかの連中に奪われることはない。


 そして、あの箱を量産するのだ。あの箱は回数制限があるとはいえ、途方もない強さを秘めている。


 無論、『欠点』については知っている、原作でそんな話をしていたのは記憶にある。


 が、それはどうとでもなる――他人に使わせればいいのだ。


 それこそやった人間に、欠点を説明せずに使わせればいい――最大出力でだ。


 あの箱の『欠点』は情報の隠ぺいにとてもよく使える。フルパワーで使えば相手はあっという間に老いさらばえ死に絶えるだろう。老人が失踪した人間とは思わない連中は相手が死んだことにすら気が付けないだろう。


 何より、それをどれだけ使っても自分にたどり着くことはない。何せあの女――キノトと自分に接点はない。あの魔術をつかえるのがあの女しかいな以上、自分は決して疑われない。


 そして、時間を支配する自分はこの世を影から支配できる。


『完璧だ。』


 そう考えながら男は懐の懐中時計を眺める、気が付けば時刻は結構時刻に近い。


『いよいよだ。』


 ここで爆発が起きている隙に――


「――失礼、そこの人?」


 にやついた男の意識が現世に戻った。


 背後に気配なく立っていた男に話しかけられたのだと気が付いたのは振り向いた後事だ。


「あぁ?んだよお前……なんのようだ?」


「何の用とはずいぶんとご挨拶な方だ、私とあなたの仲だっていううのに!」


「……はぁ?」


 そんなセリフに、男は不信の声を上げる。大仰に腕を広げて見せる目の前の男をまじまじと見ても見覚えなどない。


 と、言うか、襤褸のようなコートをまとい、深くフードをかぶった男の姿に見覚えなどどうやって持てというのか。


 さっぱりわからない――


『……誰かと勘違いしてんのか?』


 あるいは薬でもやって錯乱しているのだろうか?


 どちらにしても、こんな男にかかずらっている場合ではない。もうじき決行時間――


「爆発なら起きないぞ、マギアが止めた――人の弟に犯罪の片棒を担がせようってのにこっちに挨拶もなしか?」


「!?」


 男の顔が驚愕に埋まる。このぼろきれは何を言った?弟?まさか――


「――テンプス――」


 ガオン!


 瞬間、異常な音とともに男に衝撃が走る。


 次の瞬間には足が膝から崩れ、ひざまずいているかのように体が崩れた。


 何をされたのかわからなかった。


 弟から聞いていた『よくわからない装置』によって攻撃されたと気が付いたのはこちらに向く銃のようなものを見た時だ。


 一撃で勝負が決まらなかったのは半分以上幸運だった、時間加速のために変質していたスピリットの肉体が相手の攻撃にぎりぎりで耐えたのだ。


「ふむ、運がいいのか腕がいいのか……単にスピリットの肉体が強いだけか。」


 言いながら、テンプスは砲口を相手に向ける――計画の失敗の足音が聞こえた。

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