家族の問題

「……あのゴブリン、堅気というわけでもないでしょう?」


 スティクルの家から出て十数分。町を歩くテンプスの傍らでマギアが声を上げた。


「ないな。」


「いいんですか?あなたは罪を許さない人だと思いましたが。」


 そう聞いたマギアの目に浮かぶ疑念を見つめて、テンプスは少し悲しそうに聞いた。


「がっかりしたか?」


「……まあ、多少衝撃ではありましたが……これまでだって私たちは法を犯したでしょう、気にしてません。どちらかというと驚きました、警邏に引き渡してもいないのでしょう?」


 その言葉に、嘘があるようには見えない。本当にそう感じただけなのだろうと判断して、テンプスは真実を話すことにした――もとより、語る嘘など考え付いていなかったが。


「渡したら殺されるからな。」


 それは、テンプスが避けたい結末だった。


 ここで一つ、語られていないことを語ろう――ゴブリンについてだ。


 彼らの種族の多くは、人語を介さない。彼らには彼らの言語があり、人の言語など使わないのだ。


 ゆえに、大部分の人間は、彼らがまともな思考を持たぬ野獣の類だと思っているし、実際、そういった個体が多いのは事実だ。


 だが、全員が全員そうではない、スティクルのように人の言葉を介する個体もいるし、間違いなく明確な社会規範がある。


 だとしたら、その存在を法に当てはめることもせずに殺すべきだと、テンプスは思わない。


「ほんとなら罪を償わせるべきなのはわかるが――人の世界で彼を引き渡せる機関がない。国際法院はあいつ個人を捕まえるほど暇じゃないし、普通の司法機関に彼を渡せば確実に殺される。」


 それは――行き過ぎだ。


 腕を切り落とす刑罰だというのなら従うが、国はそうはしないだろう、それは避けたかった。


「罪にはばつがあるべきだとは思う、思うが、同時に『その罰は適正であるべきだ』とも思うし、『罪人は何があっても不幸せであるべきだと』だとも思わん。」


 それは彼の――テンプスの長くない人生での結論だった。


 だから、彼はこの国の法律に従って、彼を裁くことにした。


 許されることではないかもしれないが、十歳になったころの少年にはそれができるだけの設備があったし、それ以外で彼を救ってかつ罪を償わせる方法はなさそうだったからだ。


「この国の法に則って言うんなら重窃盗は国外追放だ、もう彼は自分の国から追い出されてる。強盗は戦闘罰――兵士として、奴隷的に仕えることになる。死罪じゃない。」


 だとすれば、騎士に引き渡すわけにはいかない――まだ今ほど正確ではない能力でもありありとわかる悲惨な末路だけは避けるべきだと彼の矜持がささやいた。


「だから、この町に残って可能な限り問題が起きないようにしてくれと言った。」


 だから、あのゴブリンはまだこの街に居るのだ。罰を下したテンプスの言いつけに従っている。


 この街の広さと発展ぶりから間違いなく面倒が起こっているはずだとテンプスの能力とスティクルの経験が伝えていた。


 サンケイ達が解決した面倒事も、もとをただせば彼の情報だった。


 とはいえ、細部まで目が届いているわけでもないようだが……まあ、隠れながらやっているにしては上出来だろう、勝手の違う人間社会でこれだけできればいい方だとテンプスは思っていた。


「よく従いましたね。」


「一応、逃げた時様に罰則は仕込んである――が、一度も発動した様子がないから逃げださなかったんだろう。」


「逃げなかった理由はわからないが」と、首をかしげるテンプスの傍らで、マギアとノワにはその理由がわかる気がした。


 この魔性の領域に長くいると、この少年のような存在にはめったに巡り合わない。


 罰の正当性など大部分の人間は気にしないし、罪を犯した者に正当な扱いがあるべきだという人間はもっと少ない。


 何より、善が許しであるといった相手を、マギアとノワはこの少年しか知らないのだ。


 そんな相手とのつながりを切るのは、長く生き、いらぬものを見続けた存在にはそうそうできることではない。


「まあ、理解はしました。」


 つまり、この少年は依然変わらずこの少年だということだ。それがわかったらマギアとしては構わない。


「この後はどうするんです?」


「それなんだよな、スティクルの言うことが正しいなら――この街にあるわけだろう?死霊術の呪具とかいうのが。」


「のようですね、少なくとも、1200年前に会った魔術器具に形は似ています。」


 マギアの脳裏に映るのは祖母たちとの逃亡生活中に偶然出くわした死霊術師が持っていた呪具だ。


 それは赤い刀身を持った草刈鎌――死神の絵画が持っているようなデスサイスではなく園芸用に小さな奴だ――で、投信の部分に血を物質的要素とする魔術的儀式を行うことによって死霊術の魔力を浸潤させた代物だ。


「それで遺体を刺せばいい……んだったか。」


「ええ、私が知る限りは。それで、鎌に宿った魔力が相手を侵し、死体を操れるようになります。」


「……ふむ……」


 それが、スティクルの言う『あて』だった。


 この街の影の守護者である彼のもとにその情報が来たのは半分偶然だったという。


 危険物を持ち込んできた連中をしばき上げた際に、その呪具の事を聞いたのだという。


 曰く、この町の誰かに渡すために運んでいたそうだが、その動きをけどったスティクルに邪魔されたわけだ。


 そのまま、事前に通報しておいた騎士に捕まえさせたため、話はそこまでだというが「あれは相当大口の仕事だ。」とはスティクル曰くである。


 その一言で思い浮かんだのは、テンプスが依然争った霊体だった。


「青髪……か?」


「可能性はありますね、あれの自己申告が正しければ死霊術には相当の自信があったように感じますし。」


 マギアほどの技量はないが、現代においてはあの霊体でも十二分に脅威だ。


「一個わからないことがある。」


 そういったのはマギアと反対側にいたノワだ。


「なんです?」


「なんで魔術の店を壊してるの?意味がない。」


 それは理解できる疑問だった。


「ん……それは、なんとなくはわかってんだよな。」


 その疑問は、スティクルに聞いた話で分かっていた――それほど難しい話ではない。


「ん、教えてほしい。」


 そうして、彼が語ったのは確かに難しくはないが、褒められたものではない計画だった。


 語り終えたテンプスは侮蔑的に締めくくった。


「――大したことじゃないんだよ、単純に『被害が大きくなる場所』を狙ったんだ。」


 そして、爆発の威力を上げるには魔術溶媒を吹き飛ばすのが最も火力が出る。


 燃焼剤になる魔術溶媒が爆発に巻き込まれて発火すればさらなる被害が見込めるし、それ以外の溶媒でも人に被害をもたらすのなら十分な破壊力がある。


 酸化剤になれば肌を焼くだろうし、土の魔術溶媒なら人体に掛かれば体を石化させかねない。おもちゃのようなものを扱う店でも、その程度の溶媒はある。


 あの店を狙ったのは、おそらく――


「――どんな店でも破壊するって印象づけたかったんじゃねぇかな。」


 それが、犯人の狙いだ。そうすれば、も容易になる。


「問題は……相手は次にどうするかだ。」


「同じ手で来るんじゃ?まだ不十分でしょう。」


「かと思ったが……予見が分岐してる。」


「ふむ?詳しく。」


 その一言に対して語ったテンプスの推論は、確かに的を得ているように聞こえた。


「ありえますね。」


「だろう?となると――どっち求めないとな。」


「同時ってことは相手も複数いる?」


「だと思うぞ、たぶん……僕らが知ってるやつだ。」


「……?」


 眉をひそめて話すテンプスの様子にマギアが首をかしげる――彼女が見たことのない顔だったからだ。


 彼女はまだ、であることを知らない――それがわかるのは、この一件が終わってからだった。

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