影の主のスティクル

「要するに、そのよくわからん魔術器具の使い手が人を殺したと。」


「そうだ。少なくとも、そいつには死体を持ち去った理由があるわけだ。」


「で、そいつを隠している場所が知りたいと……」


 顎を撫でながら、スティクルは考えた。ことのほか大ごとだ。


 時間を操る魔術に死んでしまった彼の姉弟子、それを行ったらしい謎の人物に、それを何らかの理由で取り締まっている現在の相棒……相も変わらず、妙なことに巻き込まれているらしい。


 だから善人ぶった生き方など辞めればいいのだ――と、内心であきれ顔をしたスティクルだったが、それでも彼の精神界は高速で回転し、小鬼らしからぬ速度で回転し、次々と候補を上げていた。


 テンプスの言うことだ、かなえてやりたいたいところだと、彼は思っていた。


 表立って口にすることはないが、スティクルからしてみれば、テンプス・グベルマーレは恩人であり、数少ない友人だ。気が許せる存在でもある。


 このイカレタ世界の中で、彼のような人間は希少だ、つながりを切るつもりはない――そもそも、彼に受けた借りはまだ返しきれていないのだ。







 この醜い小鬼とテンプスの付き合いは七年前――テンプスがまだ二桁の年齢に上がったころにさかのぼる。


 当時、とある『案件』をいけ好かない『長耳』と行っていたスティクルはその一件を成功裏に収めた。


 そこまではよかったのだ――そのいけ好かない長耳が自分んことを裏切って崩れ去る洞窟の中で置き去りにするまでは。


 財貨を守る巨大な生きる像を機能不全に追いやったスティクルは、崩れ去る洞窟からの脱出に際して、共犯関係にあった忌々しき共犯者に裏切られたのだ。


 彼は差し出された手を振り払い、たった一人、スティクルをおいて洞窟を出た。


 その時の彼の失望たるや想像に難くない。


 固く閉ざされた洞窟から、彼が決死の覚悟で逃げ出した。


 彼の持っていたいくつかの道具をなくし、彼にしか扱えぬ魔術まで使って、彼は逃げ延びた。


 長耳の乗ってきた『船』にひっそりと便乗し、あの男に報復の刃を突き付け――彼は行いを完遂した。


 とはいえ、代償は大きかった。


 彼が乗っていた船は座礁し、堕ちて、藻屑になって消えた。


 スティクルは自分が短い小鬼生があっけなく幕を閉じることを呪った。


 あんないけ好かない男の頼みを聞かなければ、あるいは、それ以前にこんな相手を盗みの標的にしなければ、あるいは――こんな呪われた生を始めなければ。


 彼にはある一定以前の記憶がない。耳長との確執とは何の関係もなくだ。


 それが生まれついての不遇からなのか、あるいは何かしら、別の理由からなのかはわからないが、彼は気が付けば、短剣とズボンだけをまとって『ヒスイ』の海から出てきた。


 みどりの流動する魔術溶媒の海は決して居心地のいい場所ではない。彼はできの悪い同類たちに唾を吐きかけて逃げ出した。


 それ以来一人で生きてきた彼からすると、この先に待っているのは間違いのない死であるはずだったのだ。


 だが――結局、彼は目を覚ました。


 この街の隣に位置するさびれた海沿いの街、その中でもさらにさびれた一件の小屋で目を覚ました彼は自由に身動きの取れないこと、そして、何者かが自分を救いだしたことを知った。


 混乱の極みにあるスティクルに声をかけたのは、この小屋の主であろう愛想のない少年だった。


 それが、テンプス・グベルマーレとスティクル……『影の主のスティクル』と呼ばれた小鬼の初対面だった。


 それ以来、彼はこの奇妙な人間との間に友好関係を結び、毛嫌いする人間の唯一の例外として彼に客人用の椅子を用意することに決めた。


 その影響で、特技の盗みを禁じられたが――まあ、生き残る方法はほかにもある、別に構うこともないだろう。


 少なくとも彼と物別れになるよりはいい。


 スティクルはほんとうにめずらしく、上機嫌にそう思っていた。






「海の中って線はないのか?」


「ない。多分、五体満足かつ元の形を保存してるはずなんだよ。氷の保管とかしてないのか?」


「この時期にか?氷を出せる魔術師を呼ぶ方が経済的だぜ。」


「金持ちどもめ……」


 煩わしそうなテンプスの言葉に対面のゴブリンの友人も同じように顔をしかめた。


 かれこれ三十分近くこの中で続けられた会議は、いまだに終着点の即席すら見ることができずにいた。


 隠せる場所がないのだ。


 いや、より厳密にいえば『死体を』隠せる場所がない。


 ものあらば百も二百もあるのだ。


 港から降ろされる荷物の中に紛れさせる、あるいは、荷物をそっくりそのまま中身事取り換えてしまうでもいい。


 だが、人の死体ともなると話は別だ。


 どれだけ気をつけたところで人の腐臭はひどく臭い、犬ならどうしたところで嗅ぎつけられる。


 それに、夏の熱気を完全に払いのける方法がないのが問題だ。どうやって腐ってしまう。


「一日二日ならともかく、一週間やそれ以上となるとどうやっても見つかりかねねぇ。」


 それこそ、町を巡視している警邏につかまってしまう。死体など出しているのが見つかればどんな人間でも御用になる。スティクルならば間違いなく即処刑だろう。


 となれば、何かしら別の方法で保存していると考えるべきだが……


「方法がわからん。」


「そもそも、死体が隠されてるってのは間違いねえのか?なんだってそんな面倒なことをする?」


 それが、スティクルには解せない。


 犯人とされている謎の襲撃者は時間を操る強力な装備を有し、いまだその存在をテンプス達以外に見つけられていない相手だ。


 先日の事情聴取で警邏に報告こそしたが、連中がそれを真面目に受け取ったとはとてもではないが思えない。


 となれば、死体など無視してしまえばいいはずだ。海に捨ててもいい。


 意味が分からない。と言いたげな小鬼に向けて、テンプスは言いたくなさそうに顔をしかめた。


「……あなたが言いたくないなら、私が言いましょう。」


 そういって、声を上げたのはテンプスに連れられてきた小さな雌だった。


 先ほども自分の存在に気が付いていたあたり、この女もまともな生き物ではあるまい。彼の生存本能が警鐘を鳴らしている。明らかに過去一番の危険だ。


 なぜこんな雌がテンプスの傍らにいるのか疑問ではあったが――まあ、どうせ、またこの珍妙な人間がその辺で死にかけているところでも拾ってきたのだろう。さもなければかたき討ちでもしてやったか。


「おそらく、その死体は現在、死霊術の影響下にある可能性があります。」


「死霊術?」


 知らぬ魔術だ――まあ、スティクルはけっして魔術に明るい方でもないので知っている魔術の方が少なかったが。


「呪縛生物についてはご存じですか?」


「動くくそったれの石像だの動くヘドロどもか。」


「ええ、それです。ウーズや動く像、そういったものは魔術の塊で起動しています。ありていを言えば、死霊術はそれを人の体で行うんです。」


 なるほど。


 スティクルは合点がいった。要するに、胸糞の悪いくそ虫がいらぬことをしようというのだ。


「そいつが、その姉弟子とやらにも使われてると?」


「私たちはそう考えています。」


「何のために?」


「死霊術で扱う魔力塊は……もともとの死体の能力を再現します。相手の標的はおそらく――」


「姉弟子とやらが作った魔術装置か。」


 欠点があるという話だったが、同時に利益も大きい装置だ。次の代物を作りたがる理由もわかる。自分が持っていればこの国の王城の国庫をすべて抜き出すこともできるだろう。


 頷く雌を見ながらスティクルは再び顎に手を当てる、テンプスの予測だ、間違っているということはあるまい。


 見える範囲の変動の大きい能力だが間違っているところは見たことがない。


「おそらく、相手は自分の持っている支配魔術では彼女を長時間操れないことを知っていたんだと思います。それで――」


「その死なんたらでその姉弟子とやらを操って、自分の装置を増やすつもりなわけか。」


「もしくは、装置を使わせるつもりかもしれません――死人は老いさらばえても気にしませんから。」


 なるほど、ことのほか業の深い話だ。


「その襲撃者は死霊なんたらをつかえるのか?」


「いえ、私がわかっている範囲ならおそらく使えません――が、使えるようにする何かしらの道具を扱っていると思われます。」


「……ふむ……?もう使われてるのか?」


「おそらくそれはないでしょう、私と妹で占術探知を張っていますが、死霊術の反応はありません。」


「……ふぅむ……?」


 再び顎に手を当てる――光明が見えてきた気がした。


「悪いが死体がある場所はわかんねぇな。」


「……そうか。」


 平坦な様子を取り繕っているがあからさまに落胆した様子のテンプスににやりと笑って、スティクルは言った。


「――が、死体を動かす道具には当てがある。」

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