古い友人

「――っていうか、君ら行かなくていいのか?警邏の手伝いだろ?」


 日の明かりを背に受けながらテンプスはどこか渋い顔で傍らの後輩に尋ねた。


 時刻はすでに十時を半ばまで過ぎている、後輩たちはすでに警邏の手伝いという雑用に駆り出されている――まあ、この町の警邏よりも明らかに強い集まりだ、すぐに実権を奪い取る気もするが。


「ん?もう行きましたよ?」


 どこかいぶかし気なテンプスの言葉に、マギアがあっけらかんと答えた。


「……ああ、あれか、ザッコの時に使った――」


「鏡面の写し身。そうです、ノワと私の分身を作って向かわせました。」


「……あれ、魔術使えないんじゃなかったか?」


「問題ありませんよ、『呪文写し』で使えそうな呪文はある程度使えるようにしましたから――まあ、同じ術は三回撃ったら品切れすけど。」


 しれっとそんなことを言うマギアにテンプスは苦笑しながら苦言を呈した。


「……行くって言ったんだからちゃんと行きなさいよ……」


「あなたを置いてですか?いやです。一応、先輩がサンケイのところに行った後にアネモスさんには言っておきましたよ。」


「ん、一般の犯罪者ならあれで平気って言ったら。それならいいって。」


「一般じゃないやつはどうすんだよ……?」


 今回の件の犯人は明らかに一般の犯罪者ではないのだ、かちあいでもしたら大事になる。


 そんなテンプスの疑問も、彼女達は考慮しているようだった。


「私たちが合流する程度の時間は稼げる。」


「キャスに頼んで警護に回ってもらいましたし、組むのはノワとなので何かあってもすぐに対処できます。」


「……ああ、道理であいつ朝から姿が見えんなと……」


 ずいぶんと周到にさぼったらしい、まったく心配性どもめ。


 おそらく、聞かれたキャスが加速体の相手は可能だといったのだろう――実際、制限さえ解いてしまえば十二分に対処はできる。


「個人的にはキノトさんを同行させないのが疑問です。」


「仕方ないだろ――あの人の死体探しに、あの人を連れてはいけん。」


 顔の渋みを増して、テンプスが答えた。


 つい先だって起床したキノトを、テンプスは「装置に何か不備がないか確認しておいてくれ」と頼み込み、宿に残してきておいた。


 タリスに監視を頼んで出てきたのだ――キノト自身の死体を探しに。


「自分の死体だから、自分で見つけないといけない気もしますけどねぇ。」


 と、語る死亡体験者に苦笑しながら、テンプスの足は止まらない。


「――で、これどこに向かってるんです?」


 アプリヘンドと比較しても明らかに華やかな街を横断するように歩くテンプスの姿を見ながら、マギアは疑問をこぼす。


 街の中央にある宿から抜け出した彼らは至極当然のことのように町を突き抜け、海とは真逆の方向に向けて歩いている。


「ん?友人の家。」


 しれっと言い放った一言にマギアたちが目を丸くする――友人といったか?この街で?


「……いるんですか?」


 驚いたように声を上げるマギアの顔は驚きで染まっている。


「そりゃ一人二人はいるさ、キノトだっていたろう。」


 言いながら、彼は閑散とし始めた道を歩く――まだ、あの場所にいるといいのだが。


「いや、そうですけど……どんな人なんです?っていうか、人ですか?」


「……ひどくない?」


 街を横断しきり、古い民家が立ち並ぶエリアに侵入したテンプスはこちらを見つめる視線に気が付いた――どうやら、おめあての人物はこちらに気が付いたらしい。


 あの男の家は基本的に人には見つけられないようにできている、自分なら探し出せるが……面倒は少ない方がいい。


「だって、この町の住人がまともに先輩を評価できるわけがないでしょう?天上界の存在とでも仲良くなったんですか?さもなきゃ精霊の類と……?」


「ああ、そっち……いや、君みたいなタイプは君が初めてだよ、ただまあ――」


 そういった直後テンプスは背後に突然現れた気配に目を細める。


 マギアも気が付いたらしい、魔術を使おうと魔力を練り上げるのをテンプスは手で制した。


「――動くなよ?首と体にお別れ家わせたくはないだろ。」


 脅しの一言、何もない空間から聞こえたと思われたそれは、テンプスの背から聞こえた。


 テンプスが目を細めるのとその喉にまるでにじみ出る様に刃物が現れるのは同時だった。


 背中におぶさるような形でのしかかった重さは五年前よりも軽く感じる――自分が強くなったのか、この男が年老いたのかはわからなかった。


 マギアたちの目線がテンプスの背後に向いて――驚きで目を剥いた。


 それはこの場にあるべき存在ではなかった、マギアが知る限り、この種族はこの世界から限りなく駆逐されかけているはずの種族なのだから。


「相変わらず隠れんのうまいねあんた。」


「――小坊主の旦那?」


 驚きの声とともに首から刃が外れた。


 いつも通りのしわがれた声が響く、五年前に別れた時以来のざらついた皮膚の感触は彼の種族特有のものだ――それを知っているのは、たぶんこの街でテンプスぐらいのものだが。


「なんだってこんなとこに来てんだ?学園とやらのお偉方になったって聞いてるぜ?」


「耳が早いな、盗賊家業は引退だろう?」


「あんたが死ぬまではな――久しぶりだな。」


 振り返りながら皮肉げに笑うテンプスは、久方ぶりの友人の姿を見つめる――そこにいたのは


 その男は人の子供ほどの背丈で、灰色の肌を持ち、顔に瘤のようなものを多くつけた鷲鼻の醜悪な生き物だった。


「ああ、お久しぶりだな、スティクル。」


 そういって、彼は男――ゴブリンの友人に手を差し出した。






「で、なんで来たんだ旦那?俺に用があるってことは普通の事じゃねぇだろ?」


 ひどく陰気な雰囲気の襤褸屋は、その場に似つかわしくない調度品でまとめられたちぐはぐな空間だった。


 高級そうな椅子に妙に立派な机、やたらと厳重な宝箱のような鍵のついた収納、乱雑にぶち込まれた武器のタル、見つけにくい場所にある作業机。


 何とも雑多で、それでいて不思議とこの部屋の主の志向が見え隠れする空間だった。


「まあね――死体を隠せる場所を探してる。」


 そんな部屋の光景に目を細めたテンプスは、自分の顔の高さにつるされたパンツのようなもの――洗濯されたゴブリンのズボンだ――を首の動きでかわしながら言った。


「なんだよ、とうとうこの町のコバンザメにとどめを刺す気になったのか!だったら喜んで首に縄付けてきてやるぜ?」


「まさか、今調べてる件に関係ある気がしてるだけだよ。」


「っち、まだいい子ちゃんか?」


「悪いが、こればっかりは性分でね。」


「だろうな……なんだってこんな奴に救われちまったのか……」


 どこか忌々し気に、しかし、喜びも味った複雑な声を上げながら、小鬼の友人は立派な机の反対の一番高級そうな椅子に腰かけた。


「好きなとこに座れ――そっちのメスはなんで俺を凝視してんだ?」


 不機嫌そうに口をとがらせる小鬼はまだ衝撃が抜けきっていないかのように自分を凝視しているメス――マギアについて問いかけた。


「ゴブリンが町にいるのが予想外だったんだろ?」


 椅子に座りながら答えるテンプスは、どこか面白そうにマギアを見ている。


 こんな彼女を見るのはなかなかない、いたずらは成功らしいと、テンプスはかすかな満足感を得ていた。


 マギアが驚くのも無理はない話だった――ゴブリンは、基本的に人里の近くでは見ない珍獣なのだ。


 太古の昔、人と生活圏のかぶっていた小鬼はひどい敵対関係にあった。


 それなりの技術力を有し、鍛冶の腕にたけていた小鬼たちは人間と戦えるだけの性能を有していたが――最終的には負けた。


 彼らは生活圏を追われて、逃げ出し、高等な存在の奉仕を行うことでその庇護下での生活権を得ていた。


 それ以来、人間の生活圏においてゴブリンはそれほどよく見る存在ではなくなった。一般人は一生見かけることのない生き物であってもおかしくはない。


 人を襲うゴブリンの話は時たま聞かれるが、それはオオカミに襲われる人間とそれほど変わらない頻度で起きる事故でしかない。


 ゆえに、基本的にこの種族は人の町にいないはずなのだ――目の前にいる個体を除けば。


「で、どうなんだ?」


「……死体となると面倒だな。いつやるんだ?」


「だから、僕じゃねぇって――一週間前に死んだ死体だ、たぶん、腐らないように保存してるはずなんだが。」


「ふぅむ……?」


 そういって顎を撫でるゴブリンとそれを見つめる先輩を見つめて、マギアは一言漏らす――


「……やっぱり、人じゃないじゃないですか。」と。

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