行動の理由
テンプスの鼻梁の上でオキュラスが輝く――裸眼の四倍の倍率で世界を見つめるそのレンズは、設計思想を体現するかのように彼に別世界の光景を見せた。
マギアにあてがわれた部屋で差し込む日の光を浴びながら復元した箱に向かいながら、テンプスは繊細な手つきで、しかしよどみなく魔術装置を解体していた。
彼の精神界がもたらす圧倒的知性は初めて見たはずの魔術機構の詳細かつ正確な図面を描き、彼の手がそれに従って動く。
『……今まで見てきた魔術装置の中ではいっとうましだな。』
半ば傲慢とも思えるその一言は、しかし、テンプスからしてみれば当然の帰結だ。
彼の比較しているのはスカラーの技術である。
この時代きっての魔術研究者に『精細すぎてどうすればいいのかわからない』と言わしめたあの装置を作る人間からすればこのような装置、おもちゃと変わらない。
復元された箱の中身をすべて取り出して装置一つ一つを並べる。
外力を魔力に変換する機構、時刻魔術の発動条件を込めていると思われる魔術円とそれを保護する箱状の実体、変換された魔力を送る銅線、箱の内壁に張り巡らされたおそらく制御用と思しき魔術円。
上げていけばきりがない、大小で四百を超える部品がこの箱の中にあるのだ。
その一つ一つを注意深く眺めて、彼は箱の詳細な性質を明らかにしていく。
わかったのはこの箱の詳細だ。
一つ、この箱自体は『持続型の魔術の発動体』でしかない。
既定の魔力を流し込むことで外力変換機構が動き、それによって魔力が増え、ある一定の値に達すると特異な『煙』と発生させる。
それを体に浴びることで、ある特定の時間中、高速で活動できる。
実時間で一分足らず、とはいえ、加速している当人からすれば元長く感じる時間、相手は加速状態であり続ける。
この性質上、一度加速したらある程度の時間、魔術を外部から強制的に終了させる方法がないと加速状態から戻ることができず、意図的に遅く動くような方法でなければ他人との意思疎通は不可能。
そして、彼の危惧していた通り――
『実際に時間が加速している関係上、老化も早まる。』
そう、先日マギアとキノトも言ったことだがこれは『時間を加速させる』装置、その分消耗も増える。
そう、消耗だ。何かを消して、摩耗している――それが、今回の場合直接的に年齢という形で表れているのだ。
キノトはそれを当然のこととして気にしていないし、加速域も制限していたが――今回の襲撃者がそれを気にしている様子がない。
その分疲労し、加齢してる。百倍なら百倍、千倍なら千倍速く老化しているのだ。
『……死ぬ前に解決しときたいところだな。』
今回の相手に怒っていないわけではないが、それはそれとして死なれるわけにもいかない。
罪は償われるべきだがその形が死であるべきだとは思わない。それしか選択肢がないならともかく。
眉をひそめて頭を振り、精神界に渦巻くよからぬ予見を振り払う。
少なくともあと一つ、襲撃者の手にこの玉櫛笥とやらがあるのだ、手に入れるために人を殺すような男が次に何をするのかわかったものではない。
『爆発したのは外力を魔力に変換する機構だ。摩耗したんだな、熱を魔力に変換する効率が落ちて、変換されない熱だけが高速でたまった。』
結果、瞬間的に高エネルギーが放出され、周囲に爆発という形で発散された。
これが爆発の正体だ――なるほどオーラの膜でも防ぎきれなかったわけだ、これは単なる爆発で魔術ではないのだから。
仕様するたびに意図的に摩耗するように設計されたこの機構はテンプスが見る限り最大で十回の使用にしか耐えないようにできている、安全装置だろう。
残弾がいくつであるにせよ、急いだほうがいいだろう。いい加減、相手の体にも影響が出ていておかしくない。
眼鏡をはずして目をもむ、疲れる作業だった。
「――で、君は何してんの?」
「ん?兄さんが箱をばらばらにするの見てた。」
「何回見ても上手だ、ね。」
そういって左右から賞賛を向けてくる魔術師家族に照れを隠して笑う。
「別にそうでもないけど――で、なんで君はそこでこっちを捨てられた子犬みたいな目で見てんだ?」
言いながら、酔狂なものを見る目線をマギアに向ける――そう、 なぜかこの少女はこの部屋に来てからというもの、正座の姿勢で部屋の隅にいるのだ。
脚が限界らしい彼女の救助を求める視線はいつになく必死だった。
「せ、先輩、助けて、あし、足が限界です、感覚がないんです!」
発言を許可されたと判断したのか、彼女が今日一番で発声したのは救いを求める声だった。
「……?」
どういうことか――という問いかけの視線を向けるテンプスに、どこか胸を張ってノワが言った。
「ん、姉は抜け駆けにつき罰則。」
「抜け駆け?」
「ん、キノキノと二人で兄さんの昔の話で盛り上がってた。」
「……じゃあ、仕方ないか。」
そういって、再び目の前の機械に視線を戻したテンプスをマギアが裏切られたような視線で見送った。
「で、捜査の手掛かりになりそうなものは見つかったんですか。イッ……」
テンプスの肩越しにばらばらにした装置を見つめたマギアが疑問符を浮かべて言った。
結局、こちらを見つめる祈りの視線に勝てなかったテンプスはノワをとりなしてマギアを足攻めから救い出すことにした――とはいえ、足はいまだにしびれているのか空中に浮き続けていたが。
ちなみに、怒られる原因になった霊体であるはずのキノトは彼女の主寝室でふよふよと浮きながら眠っている――死んで間もない霊体にありがちな行動なのだという。
どのような心境の変化かおぶさるように首に腕を回し、肩越しに机の上を眺める――そして、股のあたりをノワに叩かれて呻いている――マギアに苦笑しながら答える。
「予想通りだ、こいつは周囲の外力を奪う――多くは熱量だ、その関係上、たぶんこいつを使うと周囲が高速で冷える。」
ルフの目ならば、高速で低下する温度を感知できるだろう――相手の行動開始はわかるということだ。
「ふむ……弱いですね、使用したということは相手は加速しているのでしょう?そこから行動しても間に合わないのでは?」
「ん、まあ、相手の加速度による、ルフは
とはいえ、追いつけない可能性はある――というよりも加速状態で攻撃されるとルフで勝てるかが不安だ。
制限をすべて取り払えば圧倒できるだろうが町に与える被害を考えると使いたくない手だ。
「この街なら更地にしたって文句は出ないと思いますが……大気の生霊でもつかせますか?多少は戦闘になるでしょう。」
「速さがなぁ……」
疑問がある。
果たして、あとから飛び出して間に合うか……
「じゃあ、待ち伏せて倒すしかない。」
「まあ、理想はそれでしょうね。」
しかし、それには問題がある。結局のところ――
「狙いがわからん。」
「そこなんですよねぇ、まだこの街で何かをするつもりなのか、すでに逃げ出したのか……」
後者の場合相当まずい、念のために町の入口をルフに監視させている。今のところ、この街から移動する高速物体は確認されていない。
「そもそも、使いきったらどうする気なのか……補充のあてがあるとか?」
「……もしくは複製できるとか?」
「そういう道具は聞いたことありませんけどね。それとも来訪者の知識に何かそういうのがあるとか?」
何かしっくりこない。
眉をひそめて考える―――ふと、思い至った疑問が口をついて出た。
「――死体はどこ行った?」
「ん?」
「僕の見た映像が正しければ、が、昨日行った現場には人の死体はなかった。」
「爆散した?」
「あの規模の爆発で人の遺体は完全にはなくならない、なんで遺体がない?」
言われて、三人も不審そうに眉を顰める。
「ん、私たちがあそこについた時にはもう影も形もなかった。」
「血は煤で見えなかっただけだと思、う。けど、死体やその一部が全くないのは確かにおかしい、ね?」
「となると――持ち去ったということですか?」
「……何のために?」
わからない――わからないが、何か引っかかる。
「……死体を持ち帰ったとしたら、普通どうする?」
「わざわざ持ち帰るわけですし……保存、ですかね。」
「と、なると……凍った場所、か?」
胸糞の悪い話だが――次の指針が見えた気がした。
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