ただの兄弟の会話

「――というわけで、この町の町長からの依頼で町の巡回を手伝うことになりました。」


警邏からの解放から遅れること一時間、宿に戻ったテンプスにアネモスはそういった。


サンケイに赤の制約での契約を行うために宿に戻ってきた彼らを出迎えたのはアネモスだった。


遅かったことをねぎらいながら、使者が来たと語る彼女は眉をひそめながらこの街からの『要請』をテンプス達に語った。


「……何がというわけなのかさっぱり理解できないのですが。」


眉をひそめて嫌悪もあらわにマギアが言った。この街には基本的にいい思い出がない――この短い期間でだ。


「「町の安全保安上、重大な危機に対して援助を求める。」だそうよ。実際、爆発自体は起きてるわけだし。」


「そこは理解しています、問題はそこではないでしょう?」


「……言いたいことはわかるけど、仕方ないでしょう?一応、私たちはここに警邏の手伝いで来てるのよ。町のトップからの依頼なら拒否できないわ。」


「だからと言って、先輩をその調査から外せというのはどういうことです?」


マギアが嫌悪を示しているのはそこだった。


町長はこの要請に際して、一つ条件を付けたのだ。


「テンプス・グベルマーレをこの事件の調査から外してほしい。」と。


「私だって、思うところがないではないけど……向こうの言い分は確かよ?」


「先輩が事件現場にいたから疑わしいとかいう妄言ですか?それならもう説明しているでしょう。」


「向こうはそれで納得してないのよ――確かに、魔術によらない機構に基づいた検知で爆発が事前に分かったといわれても、納得できないというのは理解できる話だわ。」


「だとしても、先輩に爆発が起こせないというのは向こうも理解しているはずでしょう?」


「協力者だと思われている可能性はあるのよ。そして、捜査上、そういった人間を捜査に加えられないのはわかるでしょう?」


「どうやって共謀するっていうんです?私たちは昨日にこの街に入ったんですよ?」


嘲るようにマギアが言った――どうにもよくない流れだ。


「あー……僕は別に気にしないけど。」


「私はします。あなたをこの敵だらけの街に放り出せと?冗談じゃありません。」


「そこに関しては、私も思うところはあるけど……向こうからの要請は断れないのよ。」


「だとしても、先輩を一人で放置はできません。」


再び始まった侃々諤々の口論をどう止めたものか、テンプスは思案していた――なまじ、自分の安全お話だといわれるとグインに入っていきにくい。


「……これ、何か裏がある気がする。」


「ん、なんか気に入らない、ね。」


そんなテンプスの傍ら、不信感をあらわに語る親子の一言にこの街についてそれなりの知識のある二人は苦笑する、二人はその一言には懐疑的だった。


「いや、どうかな……」


『あの町長の事だしねぇ……たぶん、上からごり推されただけじゃないかしら。』


テンプスの後ろでふわふわと浮いているキノトが同意した。実際、町長はこの街で一の権力者ではあるが、この街で一番立場の弱い人間でもあった。


町長の座はこの町にとってそれほど価値のあるものではない、基本的にこの町の実権はこの街に誘致している企業の側が持っているからだ。


この街は言ってしまえば『企業のおひざ元』なのだ。彼らが撤退してしまえば、即座に機能不全になってしまう。


その関係上、この街の人間は企業の意向に逆らえないのだ――そして、この町の観光地化を担ったのは『偏愛の魔女』……すなわち、オモルフォス・デュオの実家であったデュオ家だった。


そして、実のところ、以前語ったジャックの家の一件の際と同じようにデュオ家の一件の際に大打撃を受けた事業の大半は財団が買い取ったのだ。


そのどちらとも、テンプスは敵対したことがあった。


おそらく、昼のテンプスへの嫌疑も財団側かデュオ家の残党の嫌がらせの類だったのだろう――あるいは、自分にこの件から手を引かせたかったのかもしれない。


「敵が多いと何かと面倒だな……」


『そりゃそうでしょ……あんた、アプリヘンドで何してんのよ。』


「いつも通りに生活してるだけだが……?」


「姉とか助けてるあたりで察したほうがいい。」


「ん、いろんな人を助けてる、いい子だ、ね。」


『……なんとなくやらかしが目に浮かぶようだわ。』


三白眼でこちらを見る霊体に苦笑しながら、テンプスはマギアに視線を戻す――自分が止めて止まるだろうか?


頬を掻きながらテンプスは口を開いた。




「――いいでしょう、警邏とやらはやりましょう。ただし、こちらにもやることがあります。いくつか措置は取りますよ。」


そういって、マギアが一応の同意を見せたのはさらに三十分ほど後の事だ。


「……意外と頑固ねあなた。」


「譲れない点を譲る気がないだけです。」


そういってしれっと胸を張る後輩に苦笑しながら、テンプスはアネモスに謝罪する。


「ごめんな。僕のせいで」


「いいえ、正直、テンプス先輩をここに一人で放置するのは私としても気に入らないので……悪いのは基本的にここの住人ですし。」


そういって息を吐きながら気を張る後輩に今度何かしら返礼をするべきだな……と、内心で思う。少々今回の旅で気苦労を掛け過ぎだ。


「悪い。」


「いいですって――ああ、そういえば、サンケイが呼んでましたよ。」


「僕を?わかった。」


はて、なんだろうか?


少なくとも、今回、弟に何か言われることをしているつもりもないのだが……


『まあ、ちょうどいいしキノトの事も話しとくか。』




「――ああ、お疲れ様にいさん。」


「……ん、お疲れ。」


部屋に入った瞬間、テンプスは違和感を感じた。


別段、攻撃をされているわけではない。そういった違和感ではなく――


『……なんかあったなこいつ。』


明らかに、弟の挙動がおかしい。


何か――ひどく打ちひしがれている。


ここに来る前からそうだったが、それがひどくなっている。


まるで、死にかけた人間のように力が入っていない。


『……』


何かがあった。が、何があったかはわからない。


とはいえ――


「――で、どうした?」


無理に聞き出すつもりはない。


離せないこと、話したくないこと、話すべきではないこと……いろいろな事情という物がある。


話せることなら自分から話すだろう。


「あー……いや、別に、何ってこともないんだけど……」


そういいながらどこか困ったように顔をしかめる弟にテンプスは扉側に向かっている椅子を指さす。


座っていいという趣旨の手の動きを見ながら、テンプスは弟の発言を待った。


「……ほら、こっちに来てから、ろくに話してないからさ。大丈夫かなと思って。」


たっぷり一分近く待って、弟の口から飛び出したのはそんな一言だった。


「なんだそれ……大丈夫だよ、いつも通りだ。」


「そっか……なんか、すごい大事になったね。」


「なったなぁ……」


苦笑交じりに認める。ただの職場体験のはずがずいぶんな大ごとだ。


「この街に来ると毎回問題起きてない?最初の一回は兄さんが発症して大騒ぎだし。」


「次の時は兄貴がけんか売ってきたやつら半殺しにして海に沈めそうになるしな。」


「そのあとは――兄さんがあいつら捕まえたんだっけ。」


「それは君だろ、僕のせいにするなよ。」


「アハハ、まあ、つかまえたのは僕だよね。」


そういって、苦笑する――含むもののある物言いだった。


「……家、帰る?」


「どうするかなぁ……行くところはあるんだが、家は別にって感じだし……」


「だし?」


「……あの人たち、結構やるときやるじゃん?変に親の常時とか見たくないだろう。」


「あー……いや、さすがにもう子供は……」


「……そうかぁ?」


「……どう、かなぁ?」


自信なさげに首をひねる――彼らの親の夫婦仲は大変良かった。


「……僕は、どうしようかな。」


「どっちでもよかろう、帰ってこいともいわれてないんだろう?」


「うん。まあ、帰ってくると思って言ってないのかもしれないけど。」


「じゃあ、どっちでもいいだろう――顔を出したければ出せばいいさ。うちはそういう家だろ。」


「……そっか、そうだね。」


思い返すのは長男と次男の顔だ――確かに、あまり家を大事にするタイプではない。


話すことのなくなった二人の間に、沈黙が帳を下ろす。


話が終わったとは思えなかった。弟の様子からして、おそらく本題はこの後だろうとテンプスは確信していた。


「もし、さ。」


絞り出すようなその声は恐怖に震えて聞こえた。


「もし、ぼくが……俺が――」


何が聞きたいのかは予測が付いた、そして、彼が次の句が言えないことも。


だから。


「――何かあったら助けるよ。」


言葉を掬い取るように、テンプスは言った。


弟に言えないというのなら自分が言ってやろうと思った。


「いつだか言ったろう?「もし君が『何か』を恐れてるなら僕が何とかするよ」って、あれが反故になることはない。」


そういって、隣に座る弟に視線を合わせる――いつも、無根拠に自信にあふれた弟が、今日はひどく小さく見えた。


「何が来るにせよ――任せろ、これでもお前の兄貴だ。何とかするさ。」


そういって笑う兄に、弟は視線が合わせられなかった。











『……盗み聞きはちょっと倫理に反するんじゃない?』


「先輩の身の安全のためです。多少の問題には目をつぶりますよ。」


『……ただの兄弟の会話でしょ?』


「……そうだと、いいんですけどね。」

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