犯行の記録

『転生者だか来訪者だかって連中が何者で、何をする気かもわかんないけど、そいつが私の玉櫛笥を使ってるんならそいつかそいつらが私の事殺したってこと?』


「そう考えるほうが妥当だろうな。」


 そうでないなら、来訪者なり転生者なりが殺し屋でも雇って彼女の魔術装置を奪ったか――いずれにせよ、箱が目的なのだ。


 となれば、その箱について知っている人間ということになる。


「あんたがこの箱を作ったことを知ってるやつは何人いるんだ?」


『ん……結構多いんじゃない?魔術師協会にいたころの連中はみんな知ってるし……あと、狸爺どもはみんな知ってるでしょ、目の前で術使ったしね。あと同級生もある程度は知ってる……はず。』


「その中であなたが帰ってきたことを知ってるのは?」


『あー……いない。かっこ悪いから友達にも言ってないし、元同僚には会いたくないし。爺どもには探されないように逃げたし。』


 そういって、ばつが悪そうに顔をそらすキノトの顔を見つめながら、テンプスは顎に手を当てて考える。


「となれば、元同僚たちか友人勢が調べて来たのか。」


「もともとここにいた人間が偶然彼女の事を知ったか……」


「来訪者?がこのことを知ってたかもしれない。」


「未来の事、わかるみたいだし、ね。」


 こういう話になる。


 調べる手段として浮かぶのは占術ということになるだろう、キノトは間違いなく優秀な魔術師だが、同時にこの時代より昔の魔術は使えない。


 例外はテンプスの祖父とテンプスの影響で知ることになった時刻魔術だけだ。


 つまり、占術防御は使えない。


 転生者、もしくは特殊な魔術装置を扱う来訪者からは逃げられなかった可能性はある。


 そして、未来がわかる来訪者どもならば彼女がここにいることがわかってもおかしくはない――とはいえ、あの連中にわかる未来は限定的だ。


 果たして彼女の未来の場所をわかっていたのかはわからないが……


「逆に、知ってたなら殺してでも欲しがる理由はわかる気がせんでもないが……」


「これだと言い切れるようなものでもありませんね……そういえば、あのステラさんの時に使ってた過去を見る機能とやらは今回お休みですか?」


「今見てる――入ってきてんの一人だな。」


『え、何そんなことできんの?』


「ええ、この眼鏡の機能らしいです。」


『えー……そんな簡単に時間遡んないでよ……私の苦労……』


「僕だって十云年必死にやってんだ、これぐらいは許せよ。」


 苦笑しながらレンズに移る光景を眺める、そこにあるのはキノトの殺された当時の映像だった。


 視線に移る人影の顔はやはり見えない、チュアリーの時と同じだ、この磁性体が何を示すのかがオキュラスに登録されていない以上、人影であることしかわからない。


 入口から当然のように入り込んだ人影に何かに座っていたキノトが気が付く――相手は驚いているように見えた。


 眠っていると思ったのだろう、何やら会話のような動きを見せているが……二人の動きから察するに、おそらく友好的な関係ではないだろう。


 キノトが相手に向けて何事か口を開き、相手はそれに対して応じる様子を見せながら――攻撃を行った。


 魔術ではないらしいなにかで攻撃を行った人影に対してキノトが魔術だろう何かで反撃を行う。


 相手の動きを見るに、その一撃に被弾したのだろう。


 もんどおりを打って倒れた人影にキノトが近づく、とどめを刺す気だろう。


 明確には見えないがおそらく魔術であろう両手の電磁的異常を発しながら、キノトが襲撃者に近づいて――倒れていた人影が飛び起きた。


 その手はまるで何かを握ったかのように中途半端に開かれている、手の開きぐわいからして相応に大きい、剣の柄のようなものだろう。


 拳の面を相手に向けながら男の口が何事か動き――キノトが反対に倒れ伏した。


「なんか道具使ってんな。」


「ふむ……魔術師でも道具は使いますが……」


「魔術を使ってる様子がない。」


「と、なると、来訪者ですかね。」


「そんな感じするな。」


 続く映像を見つめながら、テンプスは返事を返す――正直、胸にいいものでもないが見続ける必要があった。


 倒れたキノトも、別に死んでいるわけではないらしい、身動きを取らずに硬直している、人形のようだ。


『精神支配か?』


 それならば可能性はずっと来訪者の方に動いたといっていいだろう。あの連中は基本的に支配呪文でことを済ませたがる傾向にある。


 人影が何事か命令しているようだが、キノトはそれにこたえて、奥に向かって歩き、何かを持っているかのような動きをしている――おそらく、あの箱だろう。


 それを人影に手渡した彼女に人かがが何事か告げ、彼女が背中を向けたのと同時に――男が、背中を刺すような動きをした。


 刺されたキノトは驚いたように目を見開き、相手を振り返ろうとしてもう一度刺された。


 地面に倒れ伏して、何度か痙攣して――死んだ。


「……っち。」


 腹持ちのならない話だ。操って、殺して――奪った。


 相手が何者であれ、許される行為ではない。


「……先輩?」


 眉を寄せるテンプスを見て、マギアもまた傍らで眉をひそめた、ろくな状況ではないのは見て明らかに思えた。


 心配そうな声にテンプスはそっと顔を耳元に近づけて一言告げた。


「殺される直前に支配系統の魔術の影響下にあったらしい。」


「!」


 マギアの片眉が上がる――なるほど、テンプスの表情の理由も知れた。


「と、言うことはあの箱を相手に渡したのは――」


「キノトだ、殺した理由はよくわからんが……」


「おそらく、持続が短かったんでしょう。道具に魔術を籠めると時たま起こる現象です。」


 こそこそと小声で会話する――キノトに聞かれたくはなかった。


 彼女の人生のすべてをかけた研究を、こんな形で奪われるのはあまりにも忍びないことだとおもえたからだ。


 眉を顰めるテンプスの前で、人影が次の行動に移った――店に何かをかけている。


 店の前に何かの容器を用意していたらしい、いったん店を出たかと思えば、人影は何かを持ち出し、その中身を店に掛けるような動きをした。


 おそらくは油の類だったのだろうそれを巻き終えて――箱を開いた。


 何事かの動きの後――人影の磁性体が明らかにおかしな動きを始めた。


 おそらく時間を加速させた影響だろう、まるで電飾でも付けたかのようにあかるく輝き始めた磁性体は、今度は何やら道具を取り出し――


「――ここで。」


 そういって、彼は眼鏡をはずした。


 目に悪い映像だった――胸にもだ。


「消えた――というのはどういうことです?」


「わからん、瞬間移動したようにも見えるが……」


「できないでしょう?」


「無理だな、魔法とスカラーの技術を飛び越えられる謎の力でもあれば別だが……」


「ありえません、どのような神秘であれ、魔法は干渉します、エネルギーが動かずに物事が変わることはあり得ませんし、そのエネルギーがあるのなら魔法は干渉します。」


「スカラーもそうだ――となると、瞬間移動じゃないな。ここで、磁力を発さない何かになってる。」


「……となると……朽ちた土の生霊スピリット・オブ・アースですかね。」


 顎に手を当てて、考え込んでいたマギアがそう口を開いた。


「大気の生霊の仲間か。」


「ん、そう、体が土とか石でできてて地面の上だとのそのそ動くけど、地面の中なら結構な速度で移動できる。時間が加速してるならもっと早いと思う。」


「空気も揺らさないから固い地面を潜ると意外と気が付かないし、ね。」


「気づかずに奇襲されて部隊がそのまま――なんて話も昔はよく聞きました。」


「ふむ……」


 テンプスの脳裏に浮かぶのはザッコの一件の際に自分を守った招来体についてだ。


 確かにあの種の存在になれるのなら、磁場を発さない可能性はある。


「犯人の事は追えそうですか?」


「試しては見るが……たぶん無理だな。」


「なんでです?入ってくる映像を追えば行けるんじゃ?」


「入ってくる以前の映像が見えない。」


「朽ちた土の生霊に化けてここまで来ましたか、ことのほか周到ですね。」


 面倒くさそうにマギアが言った。


 確かにそうだ、これは明らかに計画を練って動いている。


 ということは――


『はじめっから、キノトを殺す気だったわけだ。』


 持続の短い精神支配道具を持ち込んでいるあたりそれは明らかに思えた。


「舐めやがって……」


 忌々し気に舌打ちを漏らす――相手を殴る理由がまた一つ増えた。

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