爺さんの孫だ
「――ここは……」
マギアに先導されてテンプスが訪れたのは彼らの宿泊している宿――ではなく、町の外れにある一つの廃墟だった。
海を一望できる岬の先端にある行き来には不便だが景観としては悪くない立地の建物だった。
テンプスはこの場所に覚えがあった。数時間前、キャスに見せられた資料に掛かれていた場所と念写の内容から考えてここは……
「わかりますか、最初の爆発事故――とされているものが起きた場所です。」
言いながら、マギアはずかずかと焼け落ち、はじけ飛んだ扉を通り抜けて店だったらしき場所に入り込んだ。
「ん、お帰りなさい、大変だった、ね?」
「お疲れ様、背中、大丈夫?」
マギアとテンプスを出迎えたのはほかでもないタリスとノワだった。
煤と破壊痕の残る部屋の中心に見慣れない箱を置いてそれを見つめて何やら書き付けていた二人はテンプスに振り返って顔を緩めた。
「平気だ、いい腕してるよ。」
「ん、傷を治すのとものを探すのは私の領分。いつでもいって?」
そういってほほ笑むノワに微笑み返しながら、彼はマギアに振り返った。
「――で、ここに何の用だ?たぶん、もう証拠は残ってないぞ。」
「ん、そっちじゃありません。あなたが今回の一件を転生者がらみだというので今回の事件現場の捜査中、お母さんたちに調べておいてもらったんですよ、周囲に霊体がいないかどうか、そういうのは神聖術の方が得意ですからね。」
「で、私が見つけた。」
「で、私が連れ出した、の。」
「そして、私があなたを連れてきました。」
そういって三者三様に胸を張る親子に軽く微笑んでテンプスはおもむろに眼鏡をかける――この話からして、その噂の霊体とやらはここにいるということになる。
霊体探知のためにレンズの配色を変えて、彼は目の前を見た。
そこにいたのは――
「――キノトさん?」
――透けた体をした古い知り合いの姿だった。
以前も見たことのある肩で切りそろえられた髪、その色は霊体になってわからないがおそらく黒だ。
気が強そうに見える切れ長の目は、大昔に『まともな奴には好かれない』と言われた時と同じ色をしている。
なんというか……変わらない姿だった。
テンプスの驚きを聞き取ったのか、霊体がこちらを見た。
次に起きたことをマギアは驚きをもって迎えた。
霊体が突然跳ねるように飛び上がり彼に向かって突進したのだ。
その顔は驚き隠せない喜びが見える――なぜかそれに若干のいらだちを感じながら即座に張った、『霊体の壁』の魔術がその動きを遮断した。
突撃の勢いのまま壁に激突した彼女は――
「あー……マギア、大丈夫だよ。」
苦笑交じりに告げる。昔から変わらない人だ。
このような再開とは思わなかったが……仕方があるまい、こういうことはあるものだ。
「――一応、知り合いだ。」
キノト・プリギザ。
この街で最も出世した人間であろう彼女は、五年前にアプリヘンド特殊養成校を首席で卒業した才女だ。
マギアとサンケイが入るまで抜かれることのない魔術と体術の実技点を有していた彼女を、テンプスは学園に入る以前から知っていた。
なぜなら――
「――あなたのおじいさんの弟子?」
『そんな大層なもんじゃないわ、しいて言うなら――あこがれの人?』
「まあ、爺さんが人生を狂わせた人ではある。」
苦笑交じりにまとめる――そう、彼女はテンプスの祖父にかかわる人物なのだ。
彼女が学園に入る前に、彼の祖父は一時的にこの町に住んでいた時期がある。
その時期、祖父と知り合った彼女は祖父の研究テーマであるスカラーの資料を読んだ、その中にあった『ある魔術』に魅せられて、それについての研究を始めたのだ。
「で、僕と爺さんが様子を見て、手伝って――で、学園に行って、そのまま魔術師協会に引き抜かれた。」
「ほう……なるほど、ことのほか優秀な人間だったわけですか。」
「そ、この町で一番頭のいい人――兄貴を除いてな。」
『後あんたね、あんま謙遜するとただの嫌味よ。』
「いや、僕は……そこまでじゃないと思うんだけど。」
『私と先生が全く解けなかったリドル五分で解いて「これでいい?」って聞いてきた餓鬼がほざきよるわ。生まれて初めて他人に嫉妬したわよ私。』
「……あなた、いい加減自分の能力について正確に自覚した方がいいですよ。」
「ん、兄さんはもうちょっと自慢していい。」
「あんまり自分の事下げたらだめ、だよ。」
「……じいちゃんたちの方が頭いいと思うけど……」
どこか憮然とつぶやくテンプスはハタと気が付いたように顔を上げる、まさか――
「――まて、ってことはもしかして、今回の一件の犯人って……」
『……そ、研究成果……『時刻魔術』を盗まれたのよ。』
そういって、霊体はひどくやるせない顔で同意した。
『時刻魔術』。
時を刻むと書くその魔術は対象に『時間』の恩寵を与える魔術だ。
時間を加速させる、あるいは緩やかにする。
それらによって速度を増す術――その総称だ。
要するに、テンプスの鎧の魔法版とでも呼ぶべきその魔術は魔法文明が魔法の延長に作り上げた廉価版の技術。
今にして思えば、それは変性術の一種だったのだろうそれを、祖父はキノトに見せた。
彼女は、スカラーの遺跡から発掘された時刻魔術の復元を試みたのだ。
「で、先輩と知り合いになったと。」
「そう、まあ、ある意味では姉弟子になるんだろうかね。」
『そんな大層なもんじゃないけどね、スカラーの技術は全く理解できてないし……なんであんな四角と線の羅列であんなことできんの?』
「僕からすると口でもごもご言ったら火がともる方がそうとう意味不明だ。」
苦笑しながら、テンプスはキノトに問いかける。
「完成、したの?」
『……一応ね、何とか実用化までこぎつけたんだけどね、魔術協会の爺ども、私の魔術には「再現性がない」とかほざいて論文自体を却下しやがったのよ!』
「あー……で、切れたわけだ。」
『目の前で加速して全員の顔に落書きして逃げてやったわ!』
胸を張るキノトに苦笑する、目に浮かぶようだ。
彼女は昔からそういうタイプの人物だった。気に入らないことには面と向かって立ち向かいタイプの人間だ――その結果が、これだというのならかなり悲しいことだが。
「で、帰ってきたわけか。」
『そ、職もなくなったし、魔術具でも売って金稼ぎながら、研究続けるか―と思って。』
半分は道楽に近いのだと、彼女は言う。
『景色のきれいなとこでさー捨てレスなく研究してさーあの爺どもの事見返してさー』
そして。
『先生に、ちゃんとできたって言おうかと思ってたんだけど。』
その前に殺された。
『たぶん、私は魔術欲しさの人間に殺されて――この店ごと吹き飛ばされたんだと思うわ。』
聞けば、彼女は自分が殺された時のことをよく覚えていないのだという。
「時たまいるんですよ、死んだ時に何かしらの魔術か、あるいは精神界に強く影響を受けると死亡した付近の記憶が飛ぶことがあるんです。おそらく、時刻魔術の影響でしょう。殺されるときに犯人か彼女かが時刻魔術を使用して――結果的に精神界にダメージが起きた。」
その結果が、記憶の混乱だ。
そして、その影響で、彼女は今回の犯人について覚えていないという。
それはまあ、仕方があるまい。
『まあ、そういうわけだから、私は犯人の事とかわかんないけど……もし、よければ――』
「――いいよ、任せろ。」
言葉を奪うように、テンプスは告げる。
結局、自分はこういうことをして生きていく人間なのだ。休みなどない。
「魔術に関しては門外漢だが――信じてくれ。これでも、爺さんの孫だ。何とかする。」
そういって、彼はいつものように笑う。
彼の祖父にそっくりの笑顔だった。
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