追いついた過去と最初の被害者

 街が騒がしいことにサンケイが気が付いたのは騎士の詰め所から出てきたときのことだ。


 この街の警邏が『自警団』と呼ばれているあの不埒な連中とある種の協力関係であることは、この街や近隣の町の住人にとっては周知の事実だ。


 それでもこの街が変わらないのは、町の住人にとってはそれがいいことでも悪いことでもないからだろう。彼らにとって『自警団』は自分たちが被害を受けない話は遠い対岸の火事でしかない。


 サンケイもそれを気にしていなかった。


 自分の家族でそれを気にしていたのは――兄と父と母ぐらいだろう。


 兄二人は気にしないだろうし、自分も気にしていなかった、ここがアニメの中だと思っていたから。


 どれだけの悲劇も、どれだけの罪も、自分と直接的に関係があるわけではないと信じてもいた。


 彼がこの町の問題を片づけたのも、所詮はイベントの先回しでしかない。


 ここにあるアイテムが欲しかったのだ、そのために兄をつかえると思った。


 兄に協力を頼み、問題を解決した。


 だから、彼はこの町で彼が起こした騒動について語りたくない。


 あの日、事態を必死に収めようとしていたのは兄だ、自分ではない。


 自分は所詮、未来と答えを知ってあとから答え合わせをしていたにすぎない。


 そんな人間がどうして我こそは「英雄でござい」などと誇りを持って言える?


 問題に立ち向かうのだって、所詮は自分が主人公になるのだから死なないというあやふやな理由がもたらし万能感に酔っていただけだ。


 所詮は、誰かの頭の中の妄想でしかないと。自分が世界を救えば、この話で生まれた犠牲も報われるのだと。そう信じたからできたのだ。


 目の前で起きていることなのに。


 そんな風に重い足取りを引きづって、道に歩いていた時の事だったのだ、町が騒がしくなったのは。


 顔を上げてみれば、砂浜から離れた町中から煙が上がっているのが見えた。


『……こんなイベントあったっけ……?』


 つい、彼はいつものようにそう考えて、その事実に首を振る。


『……イベントもくそも、そういうこともあるだろう現実なんだから。』


 別にアニメやゲームで描かれることがこの世のすべてではないし、そもそもこの世は別にゲームでもアニメでもない。


 どんな世界にだってボヤやミスはあるだろうし、火事だって起こるだろう。


 そう考えなおして、彼は再び思い足を吹きずるように歩いて――


「――いたな。」


 耳元で聞こえたその声とともに、不可解な力で路地裏に運ばれた。


 すさまじい力だ、なんだかんだと筋トレや訓練を欠かしたことのない――この世界で得た家族の影響だ――サンケイの体を、たやすく路地裏に導く。


 まるで投げるように放り出されたサンケイがその力の源に目線を向ける、そこにいたのは――


「――よう、久しぶりだなぁ、。」


「―――――え?」


 視界に映ったのは黒ずくめで、男か女かもわからない誰か――もしくは、置き去りにしたはずの過去が幽鬼のようそこにいた。






「あ、お疲れ様です、長いお勤めでしたね。」


 警邏の詰め所の入口、決して居心地のよくない場所で自らを待っていた少女のセリフにテンプスは苦笑した。


「まるで刑期を終えたかのように言うね君。」


「半分刑期みたいな物でしょう。六時間も人様を拘束して……もう夜ですよ?」


 そういって不満げに唇を尖らせる少女――マギアにテンプスは肯定で返す。


「……まあ、否定はせんけどな。待ってなくてよかったのに。」


「あなただったら置き去りにして帰りますか?」


「いや?」


「じゃあ、そういうことでしょう。」


 そういって、横に並ぶ少女に一瞬目線をやって二人は歩き出した。


 結局、テンプスは警備隊長たちに連れられて警邏の詰め所に呼び出された。


 事情聴取とのことだったが――まあ、聞かれた内容的にあれは自分を犯人にしたかったのだろう。


 四十二回にわたる当時の行動の振り返り、同じ内容を繰り返し聞き、違いが一つでもあるたびに鬼の首でも取ったかのようにそこを突きまわす。


 結局、自分が犯人でると判別できなかったのか最後に掛けられた「貴様の相手をしているほど暇じゃない」という言葉にはテンプスとしても同意見だった。こちらとて暇ではない。


「あやふやな連中ですねぇ。」


「この町は親父が生まれたころからずっとそうだよ、変わらないし、変わる気もない。」


 そういって苦笑し、傍らを眺めてつぶやく。


「今回は君一人か?」


「ん?ああ、ノワたちの事なら、別件で動いてます。少々面倒なことになってるので。ほかの皆さんなら宿に戻ってますよ、あちらはあちらで色々考えてるようですね。」


「真面目な奴らめ……」


 休日だというのだから、休めばいいものを……と、あきれとも称賛ともつかない調子でテンプスが眉を顰めると、賛同するようにマギアが言った。


「ねぇ?この町の問題なんですから、この町の人間に解決させればいいでしょうに……あいにくと、私たちはそうもいきませんが。」


 面倒くさそうに肩をすくめるマギアに内心で同意しながらテンプスは同意する。


「転生者っぽいからなぁ、相手。」


「ん……ああいえ、どうも、そうとは限らないようですよ。」


 知れっと、マギアがそういう――聞き捨てならない一言だった。


「……そうなの?魔術は古いやつだと思うんだが。」


「ええ、魔術は古い、柄らのある代物のようです、が、使った人間が古いとも限らなくなってきました。情報、交換したほうがよさそうですね。」


「……そうっぽいな。どっちから話す?」


「そちらからどうぞ。メインディッシュは最後にするべきでしょう?」


 そういってにっこり笑う後輩に片眉を上げてテンプスが口を開いた。


「――どうも、この爆弾騒ぎ、初めの一回じゃないらしい。」


「ほう?」


「少なくとも一回、似たような事件があったらしい。キャスが見つけてきた。」


 言いながら、彼は自分の影――その上に張り付くようにして同行していたキャスに合図する。


『少なくとも一度、この街では類似の爆発事件が起きています、映像はすでにオキュラスに転送済みです。』


 そういって、キャスは猫の姿に一瞬だけ戻りマギアの腕の中に跳ねて――そこで姿を変えた。


 そこにあったのは白地に黒い文字の踊る紙だ、オキュラスに送った映像をマギアに見せることはできないがキャスの体を紙のように変えて相手に見せることは可能だった。可変型の異名は伊達ではない。


「ほうほう……読みやすいですねあなた。」


『恐縮です。』


 そんな会話を繰り広げる後輩と猫を眺めて、テンプスはさらに話を続ける。


「資料を読む限り、この一件以前、一週間前に今回のものに近い爆発事件があったらしい。」


「……同じような魔術機器の店が爆破されてるわけですか。」


「らしい、とはいえ、あの警邏ども、まともに調べてないから資料も少ないんだが。」


「小火が魔術の触媒に接触しての爆発事故……ということになってるようですね。」


 キャスの変身した資料を見つめながらマギアがつぶやく、テンプスが見たキャスの映像でもそうなっていた。


「今回の件があっても警邏達は関連してるとは思ってないらしいが……」


「絡んでそうですね、あの魔術器具は?」


「探してないらしいな、探しに行ってもいいが……一週間前だと残ってるかわからんな。」


「ふむ……」


 とはいえ、この立て続けに爆発があり、そして、同じ同じような魔術器具を扱う店ともなれば何かあると考えるほうが妥当だ。


 それに――


「なるほど、こちらの手に入れた情報と近いものがありますね。」


「ん?そうなの?」


「ええ、こちらは――」


 そういって、マギアは意味ありげにほほ笑んでこういった。


「この件の最初のを見つけました――今回の『契約者』には彼女になります。」

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