煤にまみれて

 表を後輩たちに任せて、テンプスは先ほどまで自分の居た場所の惨状を改めて見直していた。


 キャスが爆発を防いだ形跡から考えるともともとはマゼンタ色に統一されていたらしい店内は、今やほとんどを煤の黒に埋め尽くされ、爆発の影響でガラスと扉の破片が内側にへこんで飛び散っていた。


 通常、爆弾は爆発した後に中心に向かって周囲のものを引き寄せる。そのせいで、店内のガラスが内側に引っ張られたらしい、散乱した床のガラスは破壊と爆発の規模を示している。


『あの大きさの爆弾にしちゃ結構な爆発だな、ルフで可能な限り守ったつもりだったが。』


 テンプスが子供を抱えたのもそれが原因だ、爆発で内側に引き寄せられるときに骨やら血管に負荷に掛からないように抱える必要があった。


 時計の簡易起動で張り巡らされたオーラの膜なしなら、主所も自分も助かっていないだろう――まあ、怪我はしたわけだが。


 ちなみに、少女は親に連れられて帰った。何か言おうとしていたような気もするが親がこちらを嫌って何も話させなかった、まあ、いつもの事だった。


「華が汚れるからあんまりこういう現場入りたくないんですけどねぇ。」


 共に中に入ってきたマギアが煩わしそうに手で髪に刺していた水晶の花を隠しながら愚痴った。


「おいてくればいいのに。」


「いやですよ、なんで私が自分の大事なものをどっかのあほのために置いてくるんですか。」


 そういって不快そうな顔をするマギアに苦笑しながら、機嫌よさそうにテンプスが聞いた。


「そんなに大事かそれ。」


「ええ、他人に触られたくない程度には。」


 しれっと放たれた言葉にかすかに口元に笑みを浮かべて、テンプスは「そっか!」と嬉しそうに声を上げた――自分の贈り物が喜ばれていいるのだから、彼としても大層うれしかった。


「ま、それはいいとしてどうするんです?あの警備隊長、すぐ戻ってくるでしょう?」


「そうでもない、ここの警邏は基本もめごとが起きても動かん。」


「……ああ、あの連中ですか。」


 思い返すのは先ほどテンプスに手ひどくしばき倒された五人組だ、自警団だのなんだのと言っていたが……あれがいるのに、警邏が何もしていないということは――


「グルってわけでもないんだが……まあ、熱心な方じゃない。」


 ある種の慣例だ。


 あの連中がよほどやばいことに手を出さない限り、この町の警邏は動かない。


 その性質上、この町の警邏は基本的に遊んでいることが多く、つまり――


「この時間なら、連中の何割かは飲んだくれてる、騎士が本格的に動くにも三十分はかかるしな。」


「……あきれた街ですねぇ。」


「これでもましになったんだ、サンケイと二人で六年前にもめた時にある程度やばいものは排除したし。」


 三白眼でつぶやくマギアに苦笑する、確かにこの町はろくでもない場所だ、が――


「――だからと言って何をされてもいいということにはならん。」


 爆弾で店舗を吹き飛ばすなどということは許されるはずもない。


「ま、それは確かに――で、何調べるんです?爆弾自体はもう吹き飛んでるでしょう。」


「ん、ただ、破片は残ってるはず……そこから、何が爆発したのかわかればなと思って。」


「ふむ……この中からですか?」


 そういってあたりを見回す。


 煤に焦げた床、散乱したガラス片、魔術機器から飛び出した金属片……正直、ここから何かを探し出すのは困難だ。


「……探知しろというのならやりますが、探し出すのにかなりかかりますよ。」


「そうでもない。」


 言いながらテンプスはつかつかと歩き、最も焦げのひどい位置に動く――ここが爆心地だ。


「普通、爆発の後、物体は爆心地に向けて高速で集まる、となればおそらく――」


「ここにある程度破片があると?」


「多分ね。キャス。」


『了解、破片探査を実行します。』


 次の瞬間、猫の体が溶け、まるでウーズのように体を駄馬突かせる紫の放流になって地面をなめた――どうやら、破片の疑いの高いものをより分けているらしい。


「……なんか、先輩またインチキになってませんか。」


「本来のスカラーに近づいているといってほしいもんだが。」


「世界の八割を支配したってのも納得の性能ですねぇ……で、私たちは何します?」


「破壊されてないものに違法なもんとか希少な物がないか確認しよう、それ狙いで来てて爆発が陽動って可能性もあるし。」


「それでこの規模の爆発っていうのも派手にやりすぎな気もしますが……そうですねぇ、調べてみますか。」





『――探知完了、爆発物の破片と思われるものの拐取に成功しました。』


 その声にテンプスとマギアは手を止めた。


 少なくとも、ここまでの捜査でこの店に違法性のある物質は確認できていない。


 というか、まともな魔術機器がない。


 あるのはどれもこれもおもちゃのような代物だ――子供がいたことを考えるに、この店自体が子供向けの店だったのだろう。


 しかし、だとすればわからない――何がしたくて、この店を破壊しようとしたのだ?


 ここにはテロを行うような人間が欲しがるものなどない。壊すことに利点もない。だというのになぜ……?


「ふむ……これですか?」


 その声で、意識が現世に立ち返る。


 そこには、猫の姿に戻ったキャスとその足元に広げられた破片を見つめるマギアがいる。


「何かわかるか?」


「破片だけだと何とも……魔術で復元するにしても、こっから離れてからの方がいいでしょう、あの警備隊長に見つかると騒がれますし。」


「……そうね。」


 思い返すのはあの警備隊長の勝ち誇った顔だ――アネモスがかばってくれたのだから無駄に疑われることをするのも何だろう。


 犯人を捜すのは自分たちにしかできないが、疑うだけならだれでもできる。あの男に弱みを見せるのは避けたい。


「ただ、破片の量からして、単純な爆弾って感じではありませんね。たぶん、何かの装置が壊れた――その結果が爆発だったんでしょう。」


「ってことは、爆発は本来の目的じゃないってか?」


「いえ、それはたぶん普通に爆発だったんだと思いますよ、この破片の異様な魔力の浸潤を見るに、前から限界だったんだと思いますね。」


「そして、それを爆弾として利用したわけだ。」


「と、私は考えてますね。」


 そういうマギアは確信があるように見える――そうでなくとも、魔術に関して彼女よりも腕の立つ人間はいない。彼女がそういうのならそうなのだろう。


「中身は?」


「魔術装置ですね。細かい想定はわかりませんが。」


「魔術装置……効果は?」


「魔術の発動体ですね、鈴なりの声を伝える腕輪とかあるでしょう、あれみたいなものです。」


 言いながら彼女は空中に閃光魔術でもって図形を描いた――器用なものだ。


「私が考えられる限り、この装置はこんな感じでできてたんだと思います。」というセリフとともに空中に浮いた図形を眺める。


 それは確かにあの箱のない分仕込まれていたと考えられる構造体だった。


 魔術装置にしては複雑なその装置は、一見すると奇妙な民芸品のように見えた。


「何の魔術を発動するのかは知りませんがかなりの力作ですね。普通は、魔力を回収する機構と魔術円を仕込めばいいだけですが、これはかなりがちがちに制御しようとしてるようです。複数の魔術を同時に起動させる代物らしいですね。」


「複数の魔術が同時に?」


「ええ、動線でつながれていない部分があるでしょう、それが、独自に魔術を複数起動するようですね。」


「囲ってた箱に意味は?」


「煤で汚れてるせいでわかりません。多分、魔術が強制的に発動しないようにする遮断機だとは思いますが。」


「爆発部位は――これか?」


「ええ、たぶん。こいつが魔力を貯蔵するんでしょう、これが劣化したせいで魔術が不完全に発動したんでしょう、結果として、それが爆発という形で発現した。」


「ってことは、爆発自体は製作者の意図しない挙動なのか?」


「逆です、安全装置とおそらく技術の流出を防止するために『爆発するように作られてる』んですよ、だから、劣化すると爆発する。」


「……ふむ……」


 と、なると、ますますわからない――そんな技術を持つ人間が、なぜこんな店を襲う?


 誰か殺したい人間がいたのだろうか?いや、だとしたら、なぜ店の人間を逃がした後に爆発自体はさせたのだ?


 あの子が狙いだった?だとしたら、なぜ爆発で殺せなかった時にあの子を狙わない?ルフもキャスもいたとはいえ、テンプスは背を向けていた攻撃できると考えてもおかしくはない。


『……意味が分からんな。』


 またしても意図不明な行為だ――この手の連中はこういう行為をとらないと気が済まないのだろうか?


 渋い顔で眉をゆがませるテンプスに表を監視していたセレエから声がかかったのはその時だ。


 「――テンプス君、マギアちゃん、来たよ。」の声にテンプスとマギアはするりと店の外に出た。


 テンプスの目にはいまだに小さな点にしか見えないが、セレエにはだれか判別ができるらしい、口をへの字に曲げて見る間にいやそうな顔をしている。


 どこかに行っていたのか、どこからか歩いてきたノワとタリスに囲まれて、背中の治療を行っているふりをしながら、テンプスは思案を巡らせていた――今回もまた、厄介な事件になりそうだった。

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