心配するでしょう?
「――馬鹿ですかあなた、子供が出てきてかばう必要があったのはわかりますが、なんでキャスに店なんて守らせるんです、あなた本人をキャスにかばわせればいいでしょう?」
「いや、ほら、店員の生活とか困るかと……」
「保険なりなんなりでもっといい店にしますよ、そこまで一般人が気にすることではないでしょう。」
「いや、オーラでなおせるし、時計の簡易起動で多少はましに……」
「炎相手に役に立ってないじゃないですか、オーラでクッションを作るだけなんでしょう?」
「や、爆発の殺傷力は大体衝撃で……」
「背中でろでろになってる人間が何言ってんですか、見なさい、お母さんなんてあなたから離れなくなってるじゃないですか。」
「……ごめんねマギア、もうちょっとしたらどくから、ね。」
「え、いや、別に私は夜になd……ええい!私の事はいいんですよ!」
そういって怒るマギアを不思議そうに眺めながら、テンプスは背中の痛みに顔をしかめた。
後輩たちがテンプスと合流したのは店が爆発した直後の事だ。
騎士にウキたちを引き渡しに行ったサンケイを除いた、後輩たちはテンプスが飛び込んだ店舗の爆発を見て、すぐに店の中に飛び込んだ。
そこにあったのは爆発によって、乱れた店内と店の棚を覆うように広がる謎の紫の金属壁、そして――焼けただれた背中をこちらに向けて座り込んでいるテンプスの姿だった。
一番に駆け寄ったのはマギアだ、駆け寄って彼の名を呼んで――割と元気に反応したテンプスに渋い顔をした後に彼を店の外に引きずりだした。
そこからは目まぐるしかったが……まあ、見ての通りだ。
頭をタリスに抱きかかえられ、背中をノワに治癒され――マギアに叱られている。
「一応、ルフに音波の圧力で爆発と爆圧は封じる様にしてあったんだけど……」
「で、その背ですか?まったく……そんなあなたに助けられてる私たちが言うのもどうかとは思いますが、もう少し自分という物を大事にしてくださいよ。」
そういって、彼女はテンプスの頬に手を当てた。
「心配するでしょう?気をつけてください。」
「……ぅ、ごめん。」
そういって、ばつが悪そうに謝るテンプスとマギアの間に一瞬沈黙が流れる――それを壊したのも、マギアだった。
「……んんっ、結構。にしても……あなたにしては珍しいミスですね、子供の事、予知できなかったんですか?」
そういってテンプスを見つめるマギアの目は、かすかに好奇心の色がにじんでいる――また呪いの発露だろう、難儀なものだ。
そんなことを考えながら、テンプスは彼の『欠点』について話し始めた。
「僕の予見は対象によって正確性が変わるんだよ、僕自身についてはかなり正確に行ける、サンケイもかなりの精度だ、君や、君の家族は予知じみた精度になる。が……」
「見ず知らずの他人だと精度が落ちる?」
「大人ならそうでもない、自我がはっきりした子供でもだ、ただ……六歳未満の子供はガクッと精度が落ちる、一般的な犯罪者やら人を攻撃する人間の動きやらはわかるが……まさか、トイレに歌いながら入ってたせいでキャスの声が聞こえてないのは想定してなかった。」
それが、テンプスの予測の最大の欠点だ。
偏りがあるのだ、今突然ここに別次元の侵略者が現れて人々を洗脳し、破壊活動を始めても相手の現れる位置を予測して相手を一撃で倒せるだろう。
たとえ魔王が復活しても時計で戦い、被害を削ることができる。
が、これが悪意も社会的な行動規範も持たない子供となる話は別だ、トイレで歌うなんて、テンプスはしたことがない。
犯罪者や人に悪意をなす人間の行動パターンは吐き捨てるほど精神界に保存しているテンプスは『大人に命令された子供』の動きはわかるが『無垢な子供』が行うひどく突拍子もない行動がわからない――無垢の子供でいたことのないテンプスはこの手の動きが予測しきれないのだ。
子供が襲ってくる想定は常にしているが、子供が突然踊りだす想定はしていない――というとわかりやすいだろうか?
「さすがに、トイレの中漁れともいえんしな。」
「まあ……そうですね、先輩がそれ言ってたら私が張り倒してますよ。」
三白眼で空中を見ながらマギアが同意した。
「で、相手は何者です?」
「わからん、顔までなんかの布で覆ってたせいで男か女かもさっぱりだ……が、一つ分かってることがある。」
「ほう。」
「――あれは、たぶん今の時代の魔術じゃない。」
その一言に、テンプスの周囲の気配が変わる。それは間違いなく――
「……また転生者ですか?」
「わからん、が、少なくともあれは現代の魔術じゃなさそうだ。」
「なぜそう思うんです?あなた、魔術はそれほど詳しくないでしょう。」
「肌感が違う。」
そういって、彼は蹴りを打ち込んだ足を見せる。
そこにあったのは干からびたように萎れた足の甲があった。
「あなたこれ……!」
「ん、蹴った足をさっき見たらこうなってた、たぶん、じかに触れたせいでオーラの膜の内側に魔力が触れたらしい。」
それでこれだ。改めて、彼の体質の不便さがわかる。オーラがあってもこうなのだ。
「よっぽど強い魔術らしい、膜越しにこうなったのは四回目だ、どれもこの時代の魔術じゃない。」
残りの三度はいずれも遺跡に残った『魔法文明時代の魔術』に触れた時だ、それクラスの魔術ということになる。
そして、自分の足がこのように変わる魔術をテンプスは知らない。
火なら焼けるだろう、冷気なら霜が降りる、土なら足が石で覆われるかするし、風なら足が切れている。
「こんな風に肉体が変化するのは初めてだ、たぶん、この時代の魔術体系外の魔術の影響だろう。」
「そう、でしょうね。」
まじまじと足を見つめながらマギアがつぶやく、特異な術だ。
「可能性としては変性術……か、さもなければ召還、ですかね。」
「ふむ……この時代には?」
「ありませんね……また、この手の相手ですか。」
呆れたようにマギアがつぶやく、正直、割とうんざりだった。
犯罪は休まないという戯言を聞いたことはあるが、何も休みにまで絡んでくることもないだろうに。
渋い顔をしたマギアの耳に、男の叫び声が響いたのはその時だった。
「――ですから、あの人はこの圏域が付いて店の内部の人間を助けようとしただけです。」
呆れたようにアネモスが目の前の男に語り掛ける――そんな役だが、ほかのメンバーに任せては何をするかわからない。
「では、なぜ爆発直前の店にあの男がいた!?あの男が爆発させたからではないのか!」
そう叫んでいるのは先日、この一党をむかえいれた警備隊長だ。
どうやら、テンプスがこの店にいたことで、彼の何かしらの琴線に触れたらしい。
彼を犯人だと声高に叫ぶその顔には何か勝利の余韻のようなものが浮かんでいる。
「ですから、彼の僕が、この事態を把握し、この店に何かが起きると判断したからにほかなりません。大体、爆発を起こした本人だというのなら、なぜ子供をかばったんです?」
「それは……途中で怖気ずいたんだろう!それか、あれだ、何かに失敗して――」
アネモスの反撃に、一瞬鼻白んだ男は、それでもなお、彼が犯人であると語る――いい加減、うんざりだ。
「なら、なぜ、客を逃がしたんです?」
「それは……店だ!店自体を破壊するために――」
「なら、なぜ、店を守らせたんです?自分が怪我をしているんですよ?」
「ぐっ……そもそもその僕とやらはいったい何なんだ!」
「テンプス先輩が作成した……生きる像のようなものです。生きる像についてはご存じでしょう?テンプス先輩の技術はすでにお見せした通りです、魔術によらぬそういったものを作る技術が彼にはあります。」
「っ……だ、大体、あの男しか現場にいなかったのだからあの男以外に誰が起爆できるというんだ!あの男が爆弾を起爆したに決まって――」
「ありえませんよ。」
脇から、涼やかな声が響いた。
マギアだ、あきれたように警備隊長を眺めて、侮蔑的な声で語りだす。
「これほどの火力を出せるのは魔術による力の招請か炎の魔術だけです。そして、ご存じと思いますがこの馬鹿な先輩に『魔術は使えません』。」
テンプス・グベルマーレは魔力不適合者である。
それは、この町の住人が全員知っていることだ。その事実は彼がこの町にいなかった五年であっても変わっていない。
「っく……ま、魔術師が魔力を感じないと報告を上げて――」
「おや、でしたら、神殿か騎士に報告をして嘘を暴く魔術具でも借りましょうか?」
「……そ、レは……!?」
口ごもる――それはまずい、偽証がばれる。
顔をしかめる警備隊長にマギアが追撃を掛ける――弱っているのならそこを狙うまでだ。
「何を焦ってらっしゃるんです?これは重大なテロ行為――十分、騎士や神殿、もしくは国際法院に助力を仰ぐ一件ですよ。」
「……!」
「さぁ、どうされますか?そちらの行動いかんということになるかと思いますが……?」
そういって、まるで悪魔のように微笑むマギアは、実際、ひどく怒っていた――なんだって人を救った人間がこの男のくだらない論舌でいらぬ罪をかぶせられる必要があるのか?
「――ええい!子供のたわごとに付き合っていられるか!この現状はこちらで捜査する!聴取をとるのでそれまでここにいろ!」
そう荒々しく言って、警備隊長は歩き去った。
「……なんだったんです、あれ。」
「大方、町長当たりから言われたんだろ、早く終わらせろって、爆発騒ぎは、町の収益にかかわるからな。」
マギアの後ろからのそのそと歩いてきたのはテンプスだった。
傍らのノワが心配そうに背中を撫でるのを手で制してマギアの横に立つ――昔からあの男は権威に弱い。
呆れたようにマギアに苦笑を返して、テンプスは背後の店を見る、この町の警邏で相手を突き止めるのは不可能だろう。
『今の隙に調べるか……』
先ほど使いに走らせたキャスの帰りを確認しながらテンプスはゆっくりと息を吸った。
またしても面倒事が向こうから来たらしい。
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