決着と爆発
「おるぁぁぁ!」
叫んで駆け込んで来る影の手に握られている銀灰色の輝きを見て、テンプスは嘆息した――この舞台は武装禁止だ。この舞台における唯一のルールすら守らない相手へのあきれのため息だった。
叫びながら相手が肩をつかんでテンプスに、銀灰色のナイフを突き刺そうとしていた。
その動きに対応してテンプスがやったことは簡単だった――相手のナイフの軌道に手のひらを置いただけ。
まるで吸い込まれるように走ったナイフは、予定されていたかのように中指と薬指の隙間を抜け、手首を包むように相手の腕をつかんだ。
同時にみぞおちに振り子のように振られた下からの打撃が埋まる。
呼吸が停止、一瞬動きを止めた相手の首にみぞおちから浮き上がってきた右手が絡む。
首とあごのラインに沿うように握りこまれた右手が万力のようナイフの男の首をつかみ、その体を左右に振った――その背中に彼の背後から襲い掛かってきた礫が着弾する。
魔術ではない、もっと単純な攻撃――投石だ。
背後の残り二人――ウキ以外に一人、突っ込んできたやつの顔面に膝を埋めて退場させた――が投げてきた石が頭にぶつかり、ナイフの男が失神する。
残り二人――体のパターンから見て、重篤な問題は残らないだろう。
盾にした相手を捨てながら、彼は躍るように距離を詰める――大詰めだった。
「うまいね。」
テンプスの戦闘を見つめるテッラの隣でネブラが無表情につぶやいた。
「あれ、俺たちが素手で戦っても勝てないんじゃない?」
「……どうだろうな、筋力で負けてるつもりはない、と、思ってたけど、あの調子じゃそれもどうだか。」
渋い顔で、テッラが言った――もしかして自分は、あの闘技場で戦う時すら相当手加減されていたのではないかという疑問が鎌首をもたげていた。
「あー……目使っても勝てなそうな人は初めて見たかな。」
苦笑交じりにセレエが言う、テッラが来る前まであの闘技場の王者だった少女が言うのだ、相当の技量なのは疑いようがない。
「マギア、義兄上は白兵戦が苦手だとか言っていなかったか?」
「ん?あの人の苦手ってあれですよ、剣術に比べて倒すのが遅いから苦手とかそのレベルの話ですよ。」
電磁投射砲を切り裂くような剣術と比べて、だ。
素手で戦おうが学園の一般生徒ぐらいなら造作もあるまい。いわんや、どこかの街の力自慢ごとき、物の数ではない。
「でも……あの人、身体を魔力で強化できないんでしょう?それでよくあの力が出せるわね、スカラーの技術なのかしら?」
「ん、兄さん、よく足の親指だけで立って訓練してる。」
「……はっ?」
「スカラーの戦士の鍛錬法……らしいですよ、攻撃部位を固く強くする訓練だそうです。あのちょっと腹が出てるように見えるのもそれみたいですね、筋力が可能な限り多い部位を鍛えて全身の力で相手を強打する……とか言ってましたかね。」
「そのまま、姉の事抱えて屈伸とかしてる。」
「私たちもびっくりしたけど、あの子、一日そのまま過ごしたりするから、ね。」
そういって、なぜか誇らしそうなマギア親子を驚愕のまなざしで見た後、一同は戦闘に視線を戻す。
視線の先ではテンプスが最後の一人の顔面に不可思議な軌道の蹴りをぶち込んでいた。
誰が見てもテンプスの勝利だった。
「――これで、諦めてくれるね。」
そういったサンケイにウキは抵抗しなかった――というか、腹部の傷の痛みでそれどころではなかった。
膝を屈して青ざめた顔で頷く彼は、かつて、テンプスの兄を前にした時と同じ顔をしていた。
「騎士に君たちを引き渡す。あとは――前と同じだ、わかってるだろう?」
そういって、なぜかかすかに渋みの走った顔をしたサンケイは、それでも、ウキたち五人と被害者の女性を伴って町の方に歩き出した。
「お疲れ様です。」
その光景を見ながら、過去を思い返していたテンプスの脇にそういって現れたのはマギアだ。
「お疲れ……になるほど、戦ってもないんだけども。」
「でしょうねぇ、馬車にひかれた後に魔族騎士二人を一方的に叩き潰した人からすればこんなもの児戯でしょう。」
そういってあきれたように相手を見つめる――正直、相手の力量ぐらい判断してからけんかを売ってほしいものだ。
「ま、いい準備運動になったでしょう。これから泳ぐ、んでs――」
「―――!?」
同時に振り返る。
脳裏に散りつくような頭痛。予測の現れ――それも、悲劇の予測だった。
それが何によってもたらされた予測なのか、彼はとっさには判断できなかった。
人が不安を感じるときに感じる脳の微弱な電磁波からなのか、あるいは、彼の体が過敏に反応する魔力の不穏な脈動を感じ取ったのか、あるいは、単なる感だったのか。
わからないが、この後、起こることはわかった。
――腹にわだかまるような振動音――
――人の悲鳴――
――爆炎と衝撃――
『――爆発!?』
瞬間的に表れた予見は、人に話しても信用されるような内容ではない。が、彼が動くには十分な内容だった。
「――先輩?」
「先に行く――ルフ、上からの絵を!キャス、オキュラス!」
言いながら一切の遅滞なく動くからだが砂浜を蹴りつけ、体を市街地の方向に向けて運ぶ。
周囲からの驚きの声に返事を返す間もなく駆け出した肉体を覆うオーラの膜を、想念の戦士の力で放つ波で弾き前に押し出した。
『屈曲のパターン』を起動、全力疾走を咎められないように隠れ、傍らに現れた黒猫の体からにじみだすように現れた眼鏡を受け取りながら前に押し出される。
瞬間的な加速、景色が線のように流れ彼を海岸の入口に運んだ。
自分の走るべき道を彼は必死に考えていた。
起動されたオキュラスがルフの目と超自然的つながりを通じて接続し、レンズの上に映像を投影する。
遥か天頂から映された映像に、ルフの眼球に仕込まれた解析機構が示す実像が重なる。
エクトプラズムによって刻まれた回路図によって刻まれたパターンは、状況と場合によって複数種の機能を自在に移り変わらせる。
キャスの物に比べれば低性能だが、それでも今の状況を解決するには十分だった。
彼の感じ取ったごくかすかな魔力が引き起こす特徴的なパターンと、それによって生まれえるごくかすかな磁場の乱れが、テンプスにおおざっぱな位置を伝えている。
その方向に飛ばしたルフから示された磁界の映像を重ねて、テンプスは爆発の位置を割り出した。
目指すべき建物は映像からして間違いなくそこは何かの店だ。客もいる。逃がす必要があった。
「キャス。」
『音声を再定義、避難誘導を行います。』
キャスの口から漏れた言葉の意味は、すぐに分かった。
爆発地点の店にたどり着いたキャスが店の中に入り込み、こう叫んだのだ。
「――火事だ!店の奥で火事になってる、逃げないと!」
そう叫んだ時、次に起きたのは混乱とパニック、そして、店の入り口に殺到する人間だった。
かなり危ない橋だと、テンプスも思うが、これしか選択肢がなかった。
彼がルフから得た映像を見る限り、店にいるのは店員を除けば4名、店員を入れても8人だった。
それら全員に状況を理解してもらうまで話す時間はない、テンプスの能力は爆発が差し迫っていると叫んでいた。
店の正門は大きく、一度に三人は通れる。こけて踏み潰されないようにキャスが補助するなら、全員が無事に逃げられる可能性は十分にある。
それに――ここでこれから起こることに関しては彼らはあまりにも邪魔だ。
人の消えた店内にキャスと姿を消したルフ、そして、屈曲のパターンを解いたテンプスだけが残った。
テンプスの予測が正しければ――
「!」
瞬間的に揺らめいた風の動きに、テンプスの足が動いた。
突き刺すような前蹴り。
風の揺らぎが驚愕したように止まり、即座に進行方向を変えた。
そこに待つのはルフだ。
高速で打ち出される衝撃音波砲が『あいて』の体を打ち据えた。
空気の揺らぎが大きく吹き飛び、真後ろに跳んだ。
その揺らぎが止まった時、そこにいたのは人影だった。
全身が黒ずくめで覆われたそれは体格から男か女かも判別できない。腕に抱えた箱を大事そうに抱えるその姿はどこか気弱に見える。
「――どうも、テロリスト。あんたが誰かも目的もわからんがあんたをとらえるぞ、許可は……必要ないよな。」
そういって、テンプスは構えをとった。
ルフがこの店を発見した時点で、テンプスはこの店の内部に爆発物たりえるものが置かれていないことに気が付いていた。
しいて問題があるのは非励起状態にあるこの店の触媒類のみだ。
それらを起爆するためには爆発に匹敵する威力が必要であり、そして、ここに爆発物はない。
となれば――持ち込んでくるだろうと考えていたのだ。
その方法が、高速移動からの一撃離脱というのは確率的に低いものではあったが、想定はしていた。
ゆえに対処して――今こうなっている。
ゆっくりと腰を落とす、フェーズシフターはない。服と一緒に置いてきてしまった。
こんなことになるのなら腰から離すのではなかったなと思いながら彼は相手の動きを予見する。
この人影は腕に持っているものを投げる、それが爆発物だ。それが触媒と反応し、この店を巻き込む大爆発を起こす。
ゆえに爆発物自体を投げられる前に相手を――
「!?」
ここにきて、テンプスは初めて驚いた顔をした――初めて予則が漏れたからだ。
彼の後ろの扉が開いたからだ。
その扉の位置と入口から隠れたその位置は――
『トイレ!』
「――ルフ、音響障壁!キャス、触媒を守れ!」
その声と人影が物を投げるのは同時だった。
テンプスがとっさに駆け出す、誰かは知らないがこの位置はまずい、巻き込まれる。
テンプスが歩いてきた少女をかばって抱えるのと人影が投げつけた箱が爆発するのは同時だった。
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