海岸の風物詩

「――なぁ、お嬢さん、何勘違いしてるのか知らねぇが俺らはここの」


「でも、この人はあなた達を怖がってる、」


 砂浜を背景にした言い合いは白熱していた。


 白髪を後ろにまとめた妖精のような少女――ノワが、おびえたように彼女の後ろに隠れる少女をかばって五人組の男と相対していた。


 先ほどの声の主は彼女だった。


 兄と姉だけに九人分の買い出しは酷だろうと考えて、母と二人、あとを追いかけて――この男達にからまれているこの少女を発見した。


 見逃す選択肢はなかった。彼女は善の領域から力を受ける神聖呪文の使い手で、彼女自身も善良だったからだ。


 瞬間的に祈祷を行い、双方の『傾向』を見た彼女は母に頼みをして即座にその少女の前に立ちふさがった。


 母はサンケイ達を呼びに行った――ここからなら、離れていく姉と兄よりもサンケイ達の方が近いと踏んだからだ。


 そうして、テンプス達が聞いた声を張り上げたのだ。


「犯罪者は自分を捕まえる存在におびえるもんさ。」


「――じゃあ、この人が何をしたのか教えてほしい。それ次第ではあなた達を信じる。」


「あー……あれだよあれ、ちあんびんらん?」


「それをしてるのはあなたたちに見える。」


「あぁ?」


 いらだったような男からは、彼女の感覚にひどく突き刺さる悪意が感じられた、汚水と吐しゃ物を混ぜるような不快感を感じる。


 彼女が前もって使っていた祈祷である『虚言暴き』の反応からしてもこの男がこの女性につけている嫌疑は嘘だ。この男は嘘をついている、彼女は罪など犯していない。


「あなたたちが本当に自警団だとしても、この人が何かをした証拠がないのならあなた達には渡せない。」


 毅然と言い放つ。


 その様子が、男たちの何かに傷をつけたのか、彼らはいらだちを隠そうともせずにこそこそと話し始めた。


「……おい、誰だよこの餓鬼……黙らせろよ。」


「一発二発小突いてやれば黙るだろ。やれよウキ。」


「いや、ちょっと待て、この餓鬼も相当……一緒に連れてっちまおうぜ……!」


「ああ……そりゃいい。」


 その会話を聞きながら、ノワは戦闘の準備を始めた。祈祷を行い、相応の魔術を行使する準備を整えたのだ。


「あー……じゃあいいさ、証明するから俺らときてくれよ。詰め所で――」


「いや、ここで証明して。」


「ぁあ?てめえ、餓鬼風情が俺らに逆らってんじゃ――」


 男の体が苛立ち交じりにこぶしを握ってノワに手を――


「――よぉ、ウキ。相変わらず猿みたいに顔してるじゃないか。」


 ――ひどく腹の立つ一言に動きを止めた。


 そこにいたのは中肉中背の男だった、背に何かを抱えているその男は――


「……兄さん?」


 ノワの考えは大筋で正しかったが、一つだけ考慮していない部分があった。


 彼女は、テンプスが人の悲鳴を聞いた際に出す全速をみたことがなかったことだ。


 電磁加速と今まで見せたことのない健脚により、近くにいたはずのサンケイ達よりも早くもめごとの場にたどり着いたテンプスは、背に負っていたマギアを下ろしながら古い知り合いに話しかけた。


「また、ここの『慣例』か?サンケイと僕でつぶしてやったのに、ずいぶんと早い立ち直りだな。」


「あぁ?出涸らしが、六年も前の事誇ってんじゃねえよ、時代は変わってんだ。」


「お里が知れるぞ猿、僕とサンケイのおかげでなし崩し的に転がり込んできたお山の大将の座は気分いいか?ほれ、お礼はどうした?」


「……てめぇ、馬鹿にしてんのか?」


「そうだ――この嫌味がわかる程度には知能が発達したか、猿から類人猿ぐらいにはなってそうだな?」


 次の瞬間、ウキと呼ばれた男が駆け出した。


 砂浜の砂に足を取られたにしては速い速度でテンプスに駆け寄り、首をつかんで腕を振り上げて――


「――おい、下郎。」


 ――首元に現れた砂の刃に動きを止めた。


「私の家主と妹から離れなさい。警告は一度、次はありませんよ。」


 言いながら、マギアが腕を動かす――砂の刃が動き、首に食い込んだ。


 見れば、自分とともに来ていた男たちの首元にも魔術の刃が浮いている。この少女がやったのだと理解して、ウキは茫然とした。


「マギア、やりすぎ――」


「何言ってるんです、人の新奥に手を出しておいて殺されてないんだからずいぶんと温情でしょう?」


 そういって鼻を鳴らす後輩にテンプスは苦笑しか返せなかった――彼女の人生を考えると何とも言えない。


「――マギア!何があったの?」


 かなたからの声に振り返る――アネモスだった。


 タリスに呼ばれてきたらしい、サンケイを筆頭したメンバーは状況が理解できないのかいささか困り顔だ。


「私も今来たところなのでわかりませんが、妹にこぶしを振り上げていた男を拘束しました。母が行ったならそちらの方が詳しいでしょう。」


 そういって、意味ありげにテンプスを見る――何か知っているのなら話せというのだろう。


 その視線に、なんといったものかと首をひねるテンプスをしり目に、サンケイが驚きの声を上げた。


「――ウキ?兄さん……」


「ああ、うん、「あれ」だ。」


 そういったときのサンケイの顔に走った衝撃と嫌悪は友人たちがいまだに見ていないものだった。


「……何か聞いても?」


「あー……認めたくない夏の風物詩だ。若い娘、狙う男、酒……」


 その内容は……知らなくてもいいだろう、決して褒められないタイプの事だ。


 その一言に、嫌悪に歪んだ顔を向けられたウキが精一杯の虚勢とともに叫んだ。


「てめぇ!女に守られて恥ずかしくねぇのか!」


「女にいい様にされてるやつに言われてもな……」


「その魔術、乗り越えてから言ってほしいですけどね。」


 そういて、冷めた目を見せる二人に、ウキの怒りはさらに煮えたぎった――こんな、女一人と出涸らしに馬鹿にされるような自分ではないのだから。


「――いいのか!ここの警邏にいうぞ!俺たちに不正に魔術を使ったってな!」


「お好きにどうぞ。」


「だそうだ、それにそうはならん、虚言暴きの術具は騎士にも与えられてる。話したところでそれを使われて終わりだ。お前はテンガとは違うしな。」


「……!」


 起死回生の一打をあっさりとかわされた猿顔の男の顔が深紅に染まる。


「テンプス、てめぇこれで勝ったと思ってんのか!この出涸らし!俺にここで殺されかけた雑魚が!」


 それは、古い過去の事だ。


 ずいぶんと昔、彼が一度だけこの海に来た時、彼は自宅から持ち出した魔道具でテンプスの動きを止めて、海に突き落とした――まあ、どうにか生きて帰ってきたのだが。


 その時のことを誇るように叫ぶ男は、傍らで怒気を発する少女マギアの手が動き、今にも首を刎ねようとしていることに気づいていないようだった。


「いいか、てめぇなんて生まれなくても――」


「――ウキ、君が納得する方法ならいいんだね?」


 遮るように、声が響いた。


 テンプスはその声を驚きでもって迎えた――弟の声だった。


「じゃあ、こうしよう。」







 数分後、テンプスはある店の前に設置された舞台の上にいた。


 この店では、時たま、腕自慢がもめることがあった海と酒を出す店があればよくある、悪しき海岸の風物詩というやつだ。


 それに苦慮した、店主が設置したのがこの舞台だ。


 火事と喧嘩は何とかの花――ではないが、どうせ被害が出るのなら見世物にしてやろうという商魂たくましい店主の苦肉の策だった。


「はっ、サンケイの奴もボケちまったか!てめぇなんかを舞台に上げるとはな!」


 そう叫ぶ猿顔の男を無視して、テンプスは自分の手のひらを眺める、いつも通りの手のひら。細長くも太くもない、魔術に弱くて、皮膚もそれほど固くない、自分の手だ。


 自分の体は一事が万事そんな感じだった。全身が目に見えるほどの筋肉に包まれているわけではない。筋骨隆々というにはほど遠い――そんな体だ。


 相手を見る。


 何やら声を上げているらしいが――内容がよくわからない。ただ、相手の体が自分よりも見た目筋肉が張っているのはわかった。


 次いで後ろを見る、こちらに向けて視線を向けている後輩たちは、それでも彼を心配した様子はない。


 勝てると思われているのだろう。


 だから――格好の悪いところは見せたくなかった。


 ひっそりと気合を入れる。


 素手は得意とは言えない、が、負けていい理由もない。


 腰を落とす。


 開始の掛け声もなく、男が駆け出した。


 直線の一撃。攻撃を無視しての突進、なるほど、いい手だろう、なれているというのも嘘ではあるまい、結構なことだ。


「ゴュ」


 ――だからと言って、別に勝てるわけでもないのだが。


 テンプスが行ったのは単純な前蹴りだった。


 普通と違うのはただ単純に足の先を伸ばして打っただけ。


 つま先立ちのような状態から放たれた一撃は相手の腕が届くよりも先に、相手の胴体にめり込んだ。


 その一撃によって、相手の動きは止まる――これ以上前に進めなかった。


 やむを得ずに後退、テンプスは――追ってこない。


「……!」


 その様子に、彼の兄が重なった。あのゴミでも見るような目でこちらを見る、彼らの世代の悪夢。


『図に乗りやがって、出涸らしが……兄貴の真似かぁ?下らねぇ!高々一撃加えた程度で調子にのりゃるれ――?』


 考えがめぐり切る前にガクン、と体から力が抜けた。膝から崩れ落ち、なぜか思考もあらぬ方向に飛び出してしまった。


 ゆっくりと下がった体を彼が見る――自分の体に、ちょうど親指ほどの陥没ができていることに、彼はその時初めて気が付いたのだ。


 困惑した。自分の体に、そんなものあるはずがないのに……?


 そんな困惑を抱えたまま、正座の姿勢を取って彼は――ガクンと顔を落とし……完全に意識を失った。


 終始、彼はそれが『腹部に突き刺さったテンプスの足の指の跡』だと気が付くことはなかった。


 「――で?次は?」


 そういって崩れる男の前で首をひねるテンプスは、残りの四人からは化け物のように見えた。

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