夏の風物詩。
軽く憎らしくなるほど快晴な空の下、照り付ける太陽のまぶしさを憎らしく思いながらテンプスは人を待っていた。
夏の砂浜は白く美しい、が、昼の日の光を反射しひどく暑い。
あれこれ三十分、彼らの準備を待っているが――やはり女性は準備に時間がかかるらしい。
入口の傍らに砂の城を築くのに飽き、天上の太陽の陽気さにかすかに苛立ちを抱いていたテンプスの耳に、待ち人の声が響いたのはその時だった。
「――お待たせしました!」
そういって声が響いた方向にいたのは、まるで芸術品のように均整の取れた肉体を惜しげもなく披露する金髪の美男――テッラを筆頭に、多種多様な美男美女の集団だった。
声をかけてきたアネモスは彼女の髪色を示すように青いビキニタイプの水着であり、腰にパレオを巻いたそれを纏った彼女は普段の様子からは少しばかり印象の違う快活さがあった。
「お待たせしたか義兄上、ほら、サンケイ、行くぞ!」
そういって声を張る双子の姉フラルはスポーティな深紅のビキニを纏ったその姿は、可愛さとセクシーさを両立して見えた――とはいえ、テンプスに人の容貌を判定する審美眼などないのだが。
「あ、フラル、僕は……」
と言いながら、どこかばつが悪そうにしているサンケイもまた、均整が取れた肉体をしている――が、テンプスにはかすかにその体がしぼんで見えた。
「……やっぱり薄着過ぎない?ほんとにこれでいいの?襲われたら危なくない?」
と言いながらテッラに確認を取り続けるセレエは水着になれていないのかいぶかし気に眉をひそめて首をひねっている。
「いいって、みんなこの衣装だろう?」
と、返すテッラはいつもの黄金比の肉体を披露し、周囲の視線を奪っている。
「まあ、なんか来たら俺がつぶすから。逃げてくればいいよ。」
というネブラは、そのはかなげな容貌のどこにあの怪力を宿しているのか疑問になる体つきでそこに立っている。
各々が用意したらしい水着に身を包んだ彼らは、学園ならぬこの土地にあっても、偶像として機能しうる美しさでそこにいた。
『場違いだなぁ……』
と、テンプスは苦笑する、確かに、よそから見ても、テンプスは場違いな男だった。
彼の体には明確な筋肉がついているようには見えない。
どこから見ても中肉中背、太ってはいないが引き締まっているとも言えない、腹に至っては横から見るとかすかに出ているようにすら見えるありさまだ。
何とも情けのない体格の彼はこの中に混じるにはいささか――華がなかった。
とはいえ、後輩たちがここにきてしまった以上、放置もできない。仕方がないと声を返そうとして、気が付く。
「マギアたちは?」
そう、いつもならこちらに一番に来るだろう後輩の姿がなかった。
あの銀灰色の妖精がいれば、テンプスはさらに場違いになることだろう、そんな彼女が見当たらない。
「ああ、あの子なら……」
「……ここにいますよ。」
そういって、ひっそりと隠れていた集団の背後から来たのは三人の妖精だった。
一緒に来て、後輩たち塊に隠れていたらしい。
トップスとボトムスが一体となったワンピース型の水着――要するに別次元におけるスクール水着――に三人して身を包んだマギア一行は、どこか憮然とした顔だった。
どことなく幼児を思わせるその様相に、マギアは不満そうに視線をそらして唇を尖らせた。
「……なんですか、言いたいことがあるのなら、言えばいいでしょう。これしかなかったんですよ。」
「ん?いつも通り、きれいだと思うよ。」
そういってほほ笑む――いささか言葉尻に問題がある気もしたが、本心から出た言葉だった。
彼らが明らかに遊びの衣装でここに集まっているのには相応の理由がある――平たく言って、することがなかったのだ。
歓待の宴が終わり、一夜明けた今朝。テンプス達はこの町の町長――すなわち、彼らを呼び出した本人に会っていた。
「――いささか、到着が早すぎまして……」
そういって困り顔をする気弱そうな男が、この町の長だった。
細身で、どう見ても押しに弱いこの男は、見た目の通り押しに弱いことをテンプスは知っていた。
だから、複数回町長の任を押し付けられているのだ――もう、四期目の当選だったはずである。
テンプスが子供のころからずっと町長であるこの男の語るところによると、彼らを呼んだのは例年行われる祭りの警護のためだったのだという。
テンプスも覚えがある――まあ、参加できたことはないが――その祭りは例年よその国から人が来るほど大規模なものだ。その警備にかれらのちからを貸してほしいと、町長は言った。
要するに、拍がつけたかったということだろう。
この祭りに際し、自分たちはあの有名校の力を借りられると、そう言いたかったわけだ。
が、悲しいかな、彼らは学園の――テンプスの能力を低く見積もっていた。
一週間後に来る予定しか組んでいない彼らには、テンプス達にさせる仕事がないのだ。
「ええ、ですのでその……仕事の方がですね。」
「まだやることがないと?」
「……ええ、そうなります。」
「そうですか……では、その期間中は我々は?」
「そうですな……海などにご興味は?」
そうして、彼らは期せずして休暇を得たわけだ――まあ、長期休暇中に休暇というのもおかしな話だが。
そんなこんなで海に繰り出したテンプスは――
「ええい、女性に手加減という物がないんですかねあの男は!」
そういってぷりぷりと怒るマギアをなだめながら、歩いていた。
「まあ、ネブラだしな。」
そういって苦笑する――彼女はネブラと買い出しを掛けたビーチフラッグに負けたのだ。当然のこととして。
「っく……魔術も使うべきでしたか……まあ、いいんですけどね。ノワに行かせるわけにもいきませんし。」
「なんでまた。」
君よりは向いてるんじゃ?という言外の疑問に答えるように、マギアは彼女たちの種族について語り始めた。
「私達はニンフ――厳密に言えばその混ざりものであるフェイミングと呼ばれる種族になっている話はしましたね。」
「ん、一応聞いた。」
「結構――ここで問題になるのは、ニンフを含む『善の領域の生物』についてです。」
そういって、彼女が空中に浮かべるのは美しい女性の石像だ――どうやら、土の魔術で作ったらしい。
「この『善の領域の生物』は根本的に、物質界の生き物とは違う物の生態を持ちます、性別を持たず、違う物の感じ方をします――ありていを行って、性欲に属するような欲望がないんです。」
「ほう。」
「というか……感じ方が全く違うといえばいいんですかね、人にとって性欲や快楽に相当するものを与える魔術や能力を受けても、あの領域の生物はそれを『物質界の生き物の感じる欲求や快楽と感じない』んですよ、そういう風に生まれてきていません。」
「ふむ……どう感るんだ?」
「……必ず不愉快に感じるもの……っていうとわかりますかね。感覚を入れ替えても変わりません、「嫌いなもの」なんです、入れ変えたら「入れ替えた嫌いなもの」に感じるんですよ。」
げんなりとつぶやくその様子は味わったことあるのだろう。となれば――
「君らもそう感じるわけか。」
「ええ、まあ、そうです。私たちも善の生物とおなじ生態的特徴を持ちます、性別を飛び越えていて、そのせいか男女問わず――」
「何かと、そういう目で見られるからな。」
そこまで聞いて、なぜ彼女たちがテンプスを伴わなければ外に出ないのかわかった気がした。
要するに、彼女たちを見る目線の邪気が、彼女達には不愉快なのだろう。
「まあ、私たち半分人間なのでかなりましな方ですから、数が多くなければまったく問題ないですけどね、ケーキ屋の彼とか。」
そのセリフを聞いて思い出すのは、彼女によくケーキをただで渡すケーキ屋の店員だ――なるほど、確かに彼は彼女の言う視線を放つ相手だろう。
そう考えると――
「……学園に入れたのは悪いことしたか。」
内心、苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。これからの生活に必要だと考えてやったが、余計な行動だったか。と内心で猛省する。
「んー?そうでもないみたいですよ、純粋な敬意で見る人が多いですから、あの子的にも人とかかわるのは好きなようですし。」
そういって、彼の腕を撫でるマギアがテンプスの内心を知っていたかは定かではない。
ただ、少なくともその行動で確かに何かが救われたのは事実だった。
「ん……ならいいけど。」
そういって、ほほ笑む彼にマギアもほほ笑んだ。
「さあ、行きましょう、待たせるとフラルさんが怒りかねませんし――」
「――離れて!」
マギアとテンプスの耳に、拒絶の声が届いたのはその時だった。
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