後輩たちの義憤と暴走
「いいですか、テンプス先輩。件の町についたら私たちから離れないでください。」
「えっ。」
「いいですね?」
そういって彼に詰め寄ったのはマギア――ではなく、アネモスだ。
「いや、あの。」
「基本的にはネブラかテッラが付きます。あの二人相手にけんかをつるほど間抜けはいないだろうし。」
「任せろ。」
「脅せばいいんだよね。わかった。」
「もしもし?」
「セレエさんは私と一緒に来てくれる?渉外は私たちでやりましょう。」
「ん、いいよ。なんか企んでたらすぐ暴くから。」
「マギアは――」
「先輩から離れるつもりはありません。」
「ん、一緒にいる。」
「今度は何も言えなくするから、ね?」
「いいわ。相手が何かして来たら止めて。止まらなければ――攻撃しないのなら好きにしていいわ。」
「了解です――思ったより話せますねあなた。」
「処世術よ、なんだって泣き寝入りは問題でしょう?」
「ええ、おっしゃる通りで――なんです先輩、何か言いたそうな顔をして。」
「いやその……別にそこまでしなくても――」
「「します。」」
「……えぇ……?」
テンプスの意向を無視して続く会話に彼は困惑したように呻く。
マギアの激昂を見た後輩たちの動きは迅速だった。
何をされたのか、大まかに理解できたのだろう――何せ彼らは、テンプスがどんな風に扱われているのか、学園で見ているのだから。
マギアたちからおおざっぱな先ほどの経緯を聞いた彼らは、馬車で三日も離れたこの町ですら、テンプスの古い知り合いがいることに驚き、そして、この町での休養をあきらめた。
それはマギアが心に傷を負わせたコリンがこの町の人間に下手な噂を流しては問題になると考えてのことだ。
マギアが悪く言われるのならばまだいいが、テンプスが何かの装置でマギアを操っているとでも言われようものなら騎士が出張ってきかねない。
事実無根だが、学園の行事として動いている以上、できるのなら下手なことは避けたかった。
わずか十分の会議――テンプスはその間、マギアとノワに正座させられていた――で、そう決定され、チームはこの箱の中で一夜を過ごすことになった。
幸いにもテンプスはこういった事態――箱の中で一晩を過ごす可能性――を考慮していたのでベットの用意はあった。
謎の被膜にマギアの魔術により水をそそぐことで作られるそれは、アネモスが寝たどの寝具よりも安定した睡眠を提供していた。
やはり、この生活になれるのは危険だ。と、ぽつりとつぶやいた姉の言葉にこれほど賛同したくなったのは初めての経験だった。
翌日、普通に一時間寝坊したアネモスはかすかな八つ当たりを込めてテンプスに詰め寄っていた。
「あの、ほら、そんなに怒んなくても……」
困り顔でいつものようにそういったテンプスは、彼に行われた非人道的――そういって差支えはない――な行いに慣れ切って見えた。
確かにそうなのだろう、彼の人生は昨日ぽつりぽつりと聞いただけでも愉快な物とは言えない。
一般的な生活を行うのにはあまりにも向かない肉体を抱えて、家族とともに暮らすこともなく、嫌がらせで死にかける毎日。
それは、アネモスには想像のつかない日々だ。
そんな日々になれた彼にとって、今の状況は決して驚くべきことでもないのだろう。
だろうが……それがマギアとアネモスには――この場のテンプス以外の全員には嫌に癪に障った。
彼が生まれてからこの方、悪人でなかったことは間違いない。サンケイの話を聞いてもそうだし、つい一、二か月ほど前自分たちの友人を助けに一人で地下闘技場に乗り込んだことからもそれは明白だ。
彼が我慢強く
そんな人間が、こんな目に合う理由が、彼らにはわからないし、許されることだとも思えなかった。
彼らはお題目ではあるが、英雄を作る学園の学生だ。そんな大層な学園ではないと知ってはいるが、同時に目の前の悲劇を見過ごして過ごせと習い覚えてきたわけでもない。
だから。
「――いいですかテンプス先輩、私たちは友人の家族を馬鹿にされてれば怒りますし、そんな真似をする人間を放置もしません。泣き寝入りをするつもりなんて毛頭ありません。」
言葉を尽くした。そうでないと、たぶん彼にはわからないから。
その言葉を聞いて、テンプスは驚いたように目を見開いて――かすかに笑った。
「……あー……その……ありがとう。」
そういった彼が、かすかに赤くなって見えたのは、後輩たちの気のせいではなかった。
「――こ、れは……」
「あら、こちらの街の方ですか?アプリヘンド特別養成校所属、特任チーム、オカルタトゥム・シソーラスの者です。お招きにあずかり参上しました。」
そう、美しい少女に言われて、あわてて飛び出してきた警備隊長は茫然と相手を見つめた。
夕暮れのウェットウィルの街は驚愕に包まれていた。
何を隠そう、彼らが呼びつけていた英雄の学園の生徒が、予定よりも四日も早く着いてしまっていたのが最初の驚きだった。
この時点で、彼らの目論見はいくらか崩れていた――ド派手な歓迎で度肝を抜いてやろうと思っていたが、準備が全く進んでいないのだ。
本来ならあと四日あるはずの納期ではろくな歓待などできない。度肝を抜いてやろうと思っていたのに、こちらが抜かれている。
そしてこの乗り物だ――一体なんだこれは。
こんな巨大な金属の建物が浮かぶなどという話は聴いたことがない。王都でだって見たことはない。
他の国でも同じだろう、この街ではよその話もよく入る。
飛行船、と呼ばれる布製の飛行装置の存在は聞いたことがあった、が――空を飛ぶ金属の、部屋?
そんな物、聞いたことがない。
そして、何より驚きなのは――あの、『出涸らし』のガラクタが、なぜだか知らないが正式にメンバーとして受け入れられていることだ。
出涸らし――テンプスの事はてっきり、サンケイの腰ぎんちゃくだとばかり思っていた。
弟のお情けでチームの末席にでも入っている雑用係の奴隷、そのような認識だった。
これを適当に貶めてやれば話も弾むとすら思っていた。
が、実際はどうだ?まるでこの出涸らしはこのチームで一番の貴賓のように乗り物から降りてきたではないか?
それも、見たこともないような美姫を伴って。
あの三人のうち一人でも共に暮らせるのなら世の男は喜んでその命を差し出すだろうような美姫。
そんな相手が、まるで家族か――恋人のようにあの出涸らしの周りに侍っている。
意味が分からなかった。
「あー……ようこそお越しくださいました、お早いおつきでしたな?」
「ああ、失礼しました。少々手違いで馬車が来られなくなったもので、こちらで用意した乗り物です。少々大きいのですが――問題はないでしょう?」
「え、ええ……あー……しかし、素晴らしい乗り物ですな!こんな巨大なものを浮かせられるとは……このようなものは見たことがない!」
「ええ、そうでしょう、これはこちらのテンプス・グベルマーレが作成、運用するこの世で唯一の乗り物ですから。」
そういって朗らかに笑うアネモスの顔を、警備隊長は再び呆然と見つめた。何を言われているのかわからない――あれを?あの出来損ないが?
「――はっ、そのでが……失礼、彼がですか?しかし、我々の記憶では『それ』は魔術を扱えぬはず……」
「ええ、ですから、これは『彼の技術』です。太古の昔の技術を再現し、私たちの先輩が作り上げた傑作ですよ。」
大したものでしょう?という少女の声は男の耳にはもう入っていなかった――もう、何が何やらわからなかった。
「……あの、警備隊長すごい目でこっち見てんだけど……」
「見えてますよ、なんですあの間抜け面。よくあれであなたを馬鹿にできるもんですね。」
そういって、あきれたように鼻を鳴らしたマギアは、見せつけるように相手に微笑んで見せた。
こうなるとわかってはいたが……やはり何とも居心地が悪い。
けん引していたルフは、この街が見えると同時に縮んだ、この箱自体の、ルフに比べればゆったりとした動きで――それでも、馬車に近い速度は出ていたが――この街に降りた。
箱の制御のため、ルフの背から箱に移っていたテンプスは、誰にも気づかれないように降りてしまおうと思っていたのだ。
あの警備隊長にはいい思い出がない。
何かにつけてはこの町の子供を優遇し、自分が死にかけていても笑いながら放置していた男だ、好きになれる要素がない。
そんな相手にまともに顔を合わせるつもりもなかったのだが……そうは問屋が卸さなかった。
当たり前のことのように腕に絡みついたマギアとノワによって闘争の試みはついえて、そのまままるで貴賓客のようにこいつから降りることになってしまった。
先日の町では気付かれない場所に置かれていた箱は今は隣町の入口にデンと鎮座している。
これはよくないのではないか?と今でもテンプスは思っているが、この一件を計画した二人、マギアとアネモスは至極当然のことのようにいいと告げた。
「気にする必要がどこに?あの連中が呼びつけたんです、せいぜい何を呼び出したのか、思い知ってもらいましょう。」
と、魔女のように口を三日月に開いたマギアはいつかの魔女のような笑顔だった。
「そうね、そもそも向こうがこちらを愚弄するのなら向こうの都合など斟酌する必要はない、むしろ見せつけてやりましょう。」
と悪い顔で言うアネモスはなるほど、社長令嬢らしい悪辣さでそういった。
そこまで言われてはテンプスには拒否などできない。
というか、背中にペタッとマギアが張り付き、両腕をタリスとノワに抑えられて別の場所に下ろすことなどできない。
下ろそうとすれば三方から口々に方向が違うと侃々諤々の声が響く現状に彼は根負けした。
こちらを射殺さんばかりに強くにらむ男に苦笑しながらテンプスは頬を掻いた。
後輩の暴走を止める方法は、今のところ思いついていない。
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