『出涸らし』

「――この分だと、明日の昼にはつきそうなのだけど。」


 テンプスが気に止まれたくはないからと始まった会議の第一声はこれだった。


 テンプスのしつらえた箱の中にて、アネモスはひどく困り顔である、正直に言って、かなり想定外の事態だった。


 調、問題があるほどに。


「ん?早く着く分にはよくない?ダメなの?」


 集まった机の端でいまいち状況を呑み込めていないセレエがそう言った。


「まあ、一般的にはそうなのだけど――学園側が相手側に提出している予定とずれが出てるのよ。」


 そういって彼女が取り出したのは土下座してきた学年主任が差し出してきたこの研修もどきの予定表だった。


 そこに踊る文字には移動時間に一週間と記載されている。


「本来なら私たちは馬車に乗って一週間かけて今回の研修先の街に行く予定だったの。そのあと一週間かけて研修を行う。そういう予定だから、一週間後からしか私たちの仕事がないのよ。」


「あー……なるほど、わかった。」


 そういわれれば、彼女にも覚えがある。自分やらテッラが相手を倒し過ぎて闘技場の運営に支障が出るとなじられたあまり気持ちのよくない記憶が思い起こされる。


「となると、つくのが二日目の夜だとして、研修先に挨拶に行くのが三日目の朝でしょう?四日分、仕事がない期間ができるのよね。」


 その分、相手にも迷惑が掛かるだろう。予定を前倒しにできるかどうかは問題ではない。


「あの人がそれに気が付いてないとも思えないけど。」


「……そのためにあの箱の中をあんなに拡充させたんじゃないか?」


 そう告げるフラルの言葉にアネモスは納得してしまった――要するに、彼はあの中で何日か過ごせばいいといっているのだ。


 実際、それは難しいことではないように思える。あそこはこのメンバーが全員寝ても問題ない大きさだし、遊具はある――隣にいる姉がなぜか持ち込んでいた――のだ。


「私としてはこの箱で遊覧飛行しながらこのメンバーで遊んでいるだけでかなり満足感があるが。」


「俺もそれでいいけど。」


「私もいいよ!」


「何回か町で降りてくれるんなら俺はみんなに合わせるけどな。」


「……やめなさい、私もそれが一番楽な気がしてるんだから。」


 かなり魅力的な提案だった。長期休暇の何たるかを思い出させるような体験である。


 正直、あの部屋の中にいて気心の知れた人間と遊べるというだけで相当な魅力がある。


 単純にあの部屋を売りに出したとしも買い手がつくだろう、あの椅子だけでも相当な利益になる。


 間違いなく事業にできるレベルだと思う。うちの会社に欲しい。とアネモスは内心思っていた。


 今、テンプスがこの場にいないのだって近隣の町で宿をとるためだが、その宿に泊るのだって半分以上、この箱から逃げ出すためだ――正直言って、この暮らしに慣れたら二度と元の生活に戻れない気がしてならない。


「サンケイはどう思う?あなたが賛成だとそのままこの話に流れるのだけど。」


「え、あ……」


 そういわれて、どこかぼんやりとした様子のエリクシーズのリーダーは驚いたように顔を上げた。


 ここ最近、ずっとこの調子の彼は目を合わせないようにしながら、どこか言いにくそうに口を開いた。


「その……正直、兄さんをあそこに連れて行くのは、遅い方がいい気がするんだ。」


「そうなの?なぜ?」


「……あの町とうちはあんまり仲が良くないから。」


 吐き捨てるように告げるその声は明らかに嫌悪がにじんでいる。


「……あなたがやったっていう事件のせい?」


「あ、いや、そうじゃなくて……隣町の連中はうちの事目の敵にしてたから。」


「ほう……どういうことだ?別段、ご実家が何かしたわけでもないのだろう?」


「うん、隣町――ウェットウィルは基本的に僕らの住んでた町を見下してたんだ。」


 しかし、そんなの隣町の思う通りにならない家が一軒だけあった。何を隠そうテンプスの家だ。


 末端も末端とはいえ、彼の父は明確に位を持った国際法院の職員である、隣町がどれほど大きくとも彼に何かを言える人間はあの片田舎の町にはいなかった。


「だからまあ、あの町の中だと僕らは浮いてたけどそれなりに暮らせてたんだ、その……兄さん以外は。」


「……狙われたの?」


 パターンなど読めなくてもわかった。やっていることはジャックと同じだ。


 親には手が出せない、兄と弟は勝てない。だから――弱いところを狙ったわけだ。


「……しょっちゅう、魔術道具で襲われてたみたい。僕も、二、三回しか見てないけど。」


「それって……」


 セレエの声に険が宿る、彼の体質を考えればそれは襲撃というよりは――暗殺に近い。


 そもそも、彼が最初に体質について知ったのは『魔術道具に宿った魔術の魔力に体が反応して焼死しかけたから』だ。今は何かしらの技術で抑え込んでいるが本来なら町に住めるような体質ではない。


 そんな人間を魔術道具を持って追い掛け回せばどうなるかなど、考えるまでもない。


「親は何してたの?無視?」


 ネブラがいつもの平坦――に、聞こえる声で言った。


 付き合いの長い友人には彼が明確に機嫌を悪くしているのが伝わる声だった。


「そうでもないんだけど……しょうがないんだよ、母さんは別に戦えるわけでもなし、父さんは一回仕事が入るといない時間が長いから。」


 その間に起きたことをテンプスは親に話そうとしなかったし、兄たちは彼を助けようとしなかった。


 だから、誰も彼に何が起きているのかわからないままだ。


「大体、追い掛け回すのは向こうの街の子供だった。僕も見かけたら止めてたけど――まだ小さかったから。」


 嘘だ。


 あの時点で、彼はそれを止められる能力があった。


 ただ――気にしていなかっただけだ。


 テンプスには死ぬべき時があるから、この攻撃では死なないからと無視していた。


 本当は彼が攻撃を受けているのを確認したのは二度三度ではない。彼が知る限り、その回数は優に二桁を超えている、三桁に届くかもしれない。


 それでも、彼は何もしなかった――だって、ただのデータの羅列だと思っていたから。


 テンプスも、弟に頼ることはしなかった。


 彼の英知は祖父が定期的に置いて行く発掘品を使ってそれに対処する方法を立案できるだけの力があったし、何より――一のだから。


 ただ、だからと言って無視していた事実は変わらないし、彼がひどい目に合っていないことにはならない。


 だから、サンケイは兄の顔が見られない。


 ただの夢物語だった、あるいはそうだと思っていたころの残響、そんな過去が今になって彼を苛んでいた。


 苦虫でもかみつぶしたように渋い顔をするサンケイの様子に、彼の友人たちも沈痛な感情を示し、沈黙の重い帳が下りた。


「――いいですか!あの不埒なクソガキが跋扈しているような場所にあなたを連れて行けというのなら私はあの理事長とやらの部屋を爆破してやりますよ!」


 それを切り裂いたのは、怒気がこもった可憐な少女の声だ。


 友人たちにはすぐにわかる――マギアだ、箱の外で誰かに向けて叫んででいるらしい。


 そう考えるのもつかの間、箱の出入り口にあたる扉が開いた。


 そこにいたのは明らかに怒り狂っているマギアと珍しく眉間に皺を寄せ口を結んだノワ、そして――ひどく憮然とした様子のタリスに肩を撫でられながらマギアをなだめているテンプスの姿だった。


「……どうしたの?」


「あー……」


 テンプスの目が泳ぐ、何と答えたもの変わらない時の反応――いや、これは答えはわかっているが伝え方に窮しているときの動きだ。


 いずれにせよ彼にしては珍しい様子だった。


「サンケイ!なんですあのコリンとかいうでくの坊は!」


 代わりに口を開いたマギアは口から火を噴かんばかりの様子だ。よほど腹に据えかねているのだとありありとわかる。


「コリン?……ああ、隣町の?」


「……そう、そいつだ。あいつがここに奉公に出てたらしくてな。」


「――会ったの?」


「……うん、まあ……」


 どこかばつが悪そうにテンプスが同意する――その動きで、大体理解できた気がした。


「……なんか言われたんだ。」


「あの餓鬼、優に事欠いてこの人に『出涸らし』とのたまったんですよ!?自分はダシも出せない白湯の分際で!」


 彼女の口から飛び出した発言もまた珍しいことだ。彼女は基本他人の事を貶める発言はしない――相手がくずでないかぎりは。


「あー……マギア?言い過ぎ……」


「ではあの男が言ったことは許されるとでも!?開口一番「まだ世を儚んで死んでなかったのか」といったあの男が許されるのならこの程度が何になるっていうんです!」


 その一言に、場の空気が凍った。


 想像以上に一言だった――端的に言って、暴言の域を超えている。


 立派な罵倒だ、法に触れるレベルの。


 あまりにも直接的な一言に絶句する後輩を見ていたテンプスは渋い顔で頬を掻く――さて、どう場を収めればいいのか、皆目見当がつかなかった。

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