乗り物の技術

「――馬車が取れない?」


 終業式を終えて大図書院に集まったエリクシーズを含む特任チームのメンバーは渋面を隠さずにテンプスに告げた。


「そうなんです、観光シーズンですし、あそこは夏に価値のある観光地ですから、向かう人数が多くて手配が出いないそうで。」


 基本的に、この次元界において長距離の移動は乗り合いの馬車かあらかじめ契約した移動手段を使うほかない。


 観光地ではあるが田舎でもあるあの町に行くには馬車が最も確実な手段ではあった――のだが。


「その馬車がないと。」


「ええ、学園が用意していた馬車があったそうなんですが……」


「ですが?」


「別の人間に三倍の値で雇われなおしたそうです。」


 深くため息をつきながら、アネモスが頭を振った。企業人の娘として信じたくないらしい。


「……まあ、馬車の運転手などそんな物でしょうね。」


 呆れたようにマギアが口を開いた。


 実際、この手の話はよくある話ではあるのだ。馬車の運転手などそれほど賃金が得られる仕事ではない、取り分を増やすために契約を反故にするものなどそれなりにいるものだ。


「ふむ……で、学園側はなんと?」


 テンプスが腕を組みながら訪ねる――これは学園の不手際であり、同時に学園からしてもかなりまずい状態だ。


 基本的に、この研修もどきは学園側が主導になって行う行事である。


 学園としては、各政府機関や著名な企業に生徒を顔合わせさせて就職を有利に進めるための大事な営業活動の一環である。


 そして、各機関と企業側にもメリットがある――人員が確保できることだ。


 夏というのはどうしても問題が起きやす季節である。


 熱波による体調の不良、動物や植物への悪影響、人員の急な欠員……そういったものを補うために、相互扶助の名のもとに学生たちは無給で仕事を行うことになる。


 ようはこの研修もどき自体、自慢と人員不足の解消のために各機関に人を貸し出す人足貸のようなものなのだ。


 テンプスが去年今年と調べた記録が正しければ、相応に金銭の授受が学園側に見受けられるこの一連の行事は、当然のことだが、学園側が音頭を取っている。


 そして、金銭の授受が起きている以上、相手側としても生徒にはたどり着いてもらう必要があるのだ。金は出したが人はいません。では、話にならない。


「それが……その……」


 テンプスの言葉にこたえるアネモスの表情は硬い。


「……なにもできないって?」


 聞きながら意外に思う、ちゃっかりしているところのあるこの少女が何の譲歩も引きださないとは。


 そう思っていることが表情に出たのか、あるいは自分でもそう思っているのか、視線を斜め下に下げてアネモスがぽつりと言った。


「……珍しく、廊下で土下座までされまして……」


「鬼気迫る勢いだったぞ、私で気圧されるほどだ。」


 聞けば、朝集まって登校したエリクシーズの面々の目の前で「どうか許してほしいと。」ほとんど泣きべそをかきながら学年主任が飛んできたらしい。


 理事長あたりに絞られたのだろう。顔面が土気色で、唇が真っ白になっていたらしい――あの権威を着て歩くような男がそんな顔をすること自体、テンプスにはにわかに信じられなかったが。


「……さすがに、断れなくて。」


 視線をそらしながら、アネモスが言う。責めるつもりはなかった。


 普通、一回り以上年の離れた男が土下座しているときに冷静に判断しろというのは無理があるだろう――


「軟弱ですねぇ、私なら頭を踏みつけて別の便を探せと蹴りだすところですが。」


 ――このような例外を除いて。


「いえ、さすがにそれは――」


「先輩に普段かけられている面倒やジャックを放置してた罪を考えるとそれぐらい言われる理由はあると思いますけどね。」


 肩をすくめてそういうマギアの頭に軽く手刀を落としながらテンプスは考える――さて、どうしたものだろうか。


「もういっそいかなくていいんじゃない?学園の不手際だし。」


「それは考えたんだけど……そうもいかないのよ。」


「どうも、相手の側が何が何でも我々を呼べと言っているそうでな。相応の金銭をすでに受け取っているそうなのだ。」


「……馬鹿だね。」


「いつもの事だろ――でもどうする?歩いて行ったら研修開始に間に合わないだろう。」


「手配はしてみるつもりだけど……たぶん、今からだと席が取れないと思うの。」


「うちの馬車が相手にか確認しては見るが――社の物を私たちの都合で使うわけにもいかんしな。」


 大企業の令嬢二人も手はないらしい。


「サンケイが教員に話をしてるけど……正直、望み薄だな。」


「あの調子だとダメそうだよね。」


 ともなれば、打つ手は――


「――マギア、何とかならないかしら。」


 ――並外れた天才に頼るほかない。


 期待に満ちた視線を受けながらマギアはひどくめんどくさそうな顔で答える。


「何をしてほしいんです?」


「私たちと荷物の運搬、一週間以内に地図の点の場所にたどり着けるかどうか。」


 そういって、彼女が取り出したのはこの国の地図だ。


 国際法院制定後、この国に波及した地図に地図が国家機密だった時代の人間であるマギアはかすかに驚きを見せながらそれを眺めた。


 距離としては――まあ、どうにでもなる。


 家族と自分だけなら一日でつけるだろう、以前鬼の住む地を探した時に比べればまったくもって問題にならない。


 荷物とやらの量次第だが――まあ、正直、一週間はいらない。四日もあればその辺を散歩するより楽に、かつ確実にたどり着ける。


 が、やる気が起きない。


 そもそも、目的地が気に入らないのだ。なんだって、自分の恩人苦いをなす可能性が高い町に自分が彼を連れて行かねばならないのか?


 そうでなくても、二週間の職場体験だか研修だかとやらのせいでこちらの計画が狂っているのだ。これでやる気を出せと言われても出るわけがない。


 何より――自分に話を振ったのが解せない。


 この手の大量輸送は乗り物、道具の領分だ、そして、物を作るのは自分の傍らの男の担当のはずだ。


『まだ信用できてないんですかねぇ』


 まあ、無理もないか。太古の技術が使えますと言われてすぐに受け入れるのは難しい。


 が、愚弄されっぱなしもイラつく。


 そこで、彼女は一計を案じてみることにした。


 ただ、なんだか、その事実が異様に腹が立った。


「――だそうですよ、先輩、何とかしてください。」


「……急に振るじゃん。」


 突然の指名に驚いたようにこちらを見る少年の顔にしてやったりと感じながら、彼女は言葉を続けた。


「どうせあなたの事です、何かしらの不思議装置やらなにやら持ってるんでしょう?」


「君は僕の事なんだと思ってんだ……いや、まあ、あるけど。」


「じゃあ、それ使ってくださいよ。」


「……五年前に、こっちに来るときに使った装置なんだよ、まだ動くのかわからんぞ。」


「もし動かないのなら私が何とかします、ここえらで、先輩の技術とやらを見せておけばいいでしょう――信用されていないようですし。」


「……自分が楽したいだけだろう?」


「そうともいますね。」


 くすくすと笑う後輩に仕方がないなと言いたげに息を吐いたテンプスは彼女の提案に同意した。


「……いいよ、わかった。乗り物は僕がどうにかする。」






「――ここ?」


 大図書院の集会の翌日、テンプスに示唆された集合場所にたどり着いたアネモスが不思議そうに声を上げた。


 そこは、何もない場所だった。


 町の外の森、ドリンがいつかの日にマギアの僕になったあの森の中の一角。


 木漏れ日の差し込む広場のような場所で、テンプスは何かをいじりながら待っていた。


「おや、お疲れ様。早かったね。」


 そういいながら、地面の上の何かをいじっていたテンプスが声を上げる。


 それは、一見すると巨大な箱のように見えた。


 まるで蜘蛛の巣のように円網を各面にあしらったそれは、金属でできているようだった。


 黒々としたそれは、一見すると不壊鋼のような光沢をしているが、同時に黒曜石のように透き通っている。


「……なんですか、これ。」


 不思議そうにのぞき込む彼女に、テンプスは苦笑交じりに「今回の不思議道具さ。」と笑った。


「さて、昨日確認した範囲からするととこれでどうにかなってるはずだが……」


 そういいながら、彼はそれをゆっくりと小突く。


 バチン、と何かがはじけるような音がした。


「!?」


 アネモスが目を見開く。


 それは突然の事だった。


 のだ。


 まるで巨人にひょいと持ち上げられるようにあっさりと、それが当然の摂理のようにだ。


 風の魔術師であるアネモスにはこれが風の魔術でないことはすぐにわかった――そもそも、テンプスに魔術など使えない。


「……どうやって……」


「ん?あー……星が持つ地磁気とこいつ自体の磁気を反発させて……って、まあ、わからんか、まあ、特定の条件を満たすと浮くんだ。」


 こちらを見てぽかんとしているアネモスに苦笑して、説明を放棄した彼は自分の発明が正常に機能したのに満足したようにながめていた。


「……これで、行くんですか?」


 絞り出すように聞いた――まだ、目の前で起きたことの衝撃から抜けられていなかった。


「ん?いや、五年前はこいつに全部積めたが……今回は数が多いからな、今回は――」


 言いながら、彼は上を見つめる――そろそろ帰ってくる時間だった。


 言葉を切り、突然上を見上げたテンプスにつられて、アネモスが顔を上げる――そしてまた、唖然とした。


 そこにあったのは半透明の鳥だった。


 太陽を遮るほど巨大な鳥が空中に浮いている。


「ルフ!」


 その天井に向けてテンプスの声が飛んだ。


 驚くべきことに、鳥はそれに反応し、その身を地面に下ろし、背に乗せた少女を。


「マギア、アネモス来たぞ。」


「……ん?ああ、どうも、気持ちいですよこの子、一緒にどうです?」


 そういって、背の少女――マギアは寝そべったままあくびをして見せた。


 正直、意味が分からなかった。

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