過去の足音
「――先日の一件、ご苦労様でした。」
いつものようにデスクに向かっていた理事長は、テンプスとマギアに視線を向けて、そういった。
以前、ザッコの一件で荒れていたはずの理事長室は、今では何事のなかったかのように元通りになっていた。
先日の一件が何をさすのかはわからない。ザッコの一件か……あるいは、ステラの救出についてか。
あれほどの大事だ、生徒会も風紀も学園に報告を上げただろう。学園に苦情も行っているとステラが語っていたことからも、この女はあの一件について知っている。
その一件を明言しないあたり、あの一件は終わったものとして扱うつもりなのだろう。
「これはどうも、理事長様、おほめにあずかり光栄です。」
初めて会った時以来の猫かぶり形態のマギアが典雅な礼を行う。
対外的にはこの少女はこうなのか……と内心の驚きを顔に出さずにテンプスも口を開いた。。
「……気にしないでください、生徒として当然のことをしただけですので。」
「そうですか……結構、では、本題に入りましょう。あなた達特任チームの最初の案件があります。」
そういって、こちらを見る視線は鋭く、重苦しいものだった。
「案件?」
何のことやら――と言いたげな顔のテンプスに理事長もまた。
「ええ――説明はしたと思いますが。」
「……いつです?」
「あなたと私の『契約』の際です。あとで聞いていないといわれても困りますので。」
「あー……」
思い出した。
あの日、確かにそんな話をされた記憶があった。あったが――頭痛のせいで意識から抜け落ちていたのだ。あの時の自分にはマギアやセレエが巻き込まれていないのなら何でもよかった。
「……失礼、理事長、その日先輩はひどく体調が悪く、話の内容をきちんと理解できていない可能性があります。もう一度説明していただいても?」
「ん……ああ、そういえばあの逮捕生徒の一件の際にそのようなことを言っていましたね。なるほど、構わないでしょう。お話しします。」
理事長曰く、特任チームとはここまでの数か月中に表ざたになった様々な外に出せない問題によって落ちた評判を回復させるべく組織された理事長肝入りの組織である。
その活動内容は多岐にわたり、学園内外の広告塔や広報・宣伝活動――もっとも、この辺はテンプスには関係がない――から始まり、学園同士における代表として各種の大会への出場、何かしらの訪問があれば表立っての歓迎もあるらしい。
「理解できましたか。」
「ええ、まあ。」
要するに、学園の不始末の尻ぬぐいをする役割を与えられたわけだ。
気軽に契約などするものじゃないなと、テンプスは頭を掻いた。面倒事がまた一つだ。
「……ずいぶんと、勝手な契約ですね。」
頭を掻く傍らでぽつりと、マギアが声を上げた。
こうなるよなぁ……と、テンプスは顔をしかめた――彼女がどう動くかなど考えるまでもなくわかっていた。
「ふむ……そう思いますか?」
「ええ、体調不良の人間を追い込んで強引に契約させる手法も気に入りませんが、それはいいでしょう。」
いつのまにやら、猫の皮は地面に投げ捨てられていた。いつもの苛烈な彼女が顔をのぞかせている。こうなれば進む先は一つ。パターンなど読めなくてもわかる。
「私が気にかかるのは、この一件に我々の利益がほとんど含まれていない件です。学園がよくなったからと言って、私たちにいったい何のメリットが?」
「就職で有利になる――程度の事では納得してくれそうもありませんね。」
「ええ、必要ありません。何より、その問題の大部分はあなた方が対処しなかった問題を先輩が発見し、対処した結果起きたことです。あなた方不手際の責任を、なぜ先輩や私がとる必要があると?」
目を細め、挑発的にマギアが告げる。もはや、猫の皮などどこへやらだ。
とはいえ、この内容を彼女が知れば遅かれ早かれこうなるのは目に見えていた。
承服できないことに納得できるのなら、彼女はここにはいない。理不尽なことを嫌うから復活してまでここにいるのだ。それが、家族と家族にほど近き家主と自分の事になるというのだからなおのことである。
何を言い返されても納得する気がない。と態度で物語るマギアに理事長がとった行動は――
「――ええ、おっしゃる通りです。」
謝罪だった。意外なことに、理事長は自分の非を認めたのだ。
「……」
マギアの目が細まる。警戒の色が視線に籠った。
ここで激昂するタイプならずいぶんやりやすいが――どうも、そううまくもいかないらしい。
「ですから、相応の見返りも用意しました。」
「なんです?あのくだらない脅しにもならないような妹たちの進退についての提言ですか?」
「いいえ、あれはあくまでも話を聞いてもらうためのフックです。本命はこちら――あなた達、ステラ・レプスの一件でなんの咎めもありませんでしたね。」
「!」
言わんとすることを理解し、マギアは目を見開く。すでに予想のついていたテンプスは苦笑交じりに、自分の推論が当たっていたことを理解した。
「あれだけの大事です、なぜ騎士たちが何も言ってこないと思いますか?」
「……」
「ええ、お察しの通り、学園側で止めたからです。テンプスさんにはもうすでに言いましたが――『邪魔にならないのであれば、チームの名声で好きにしていただいて結構。』と、伝えてあります。」
それはあの契約の一件の際に彼女の語ったことだ。
「今回の一件は大変結構な捕り物でした。この学園の力を見せるに足る素晴らしい成果です。暗殺を防ぎ、誘拐事案を解決した。ああ、あのアダマンタイト製の像も悪くない。あの消えた棺の代わりにでもしましょう。剣が折れているのが気にかかりますが。」
そういって、彼女はかすかにほほ笑む。その顔はまるでしてやったりと語るように見えた。
「今回のステラ・レプスの一件のように、相応の「結果」と「言い訳」があるのなら、あとの始末は我々が受け持ちましょう、相応に利用もさせてもらいますが。」
そういって、理事長は「悪くない契約だったでしょう?」と微笑んで見せた。
「……なんで止めたんです?」
「あのまま揉めてても仕方あるまい。」
理事長室から出たマギアは渋い顔で告げた。
あの一言の後、なおも食い下がろうとするマギアをテンプスは引き留めた。
彼女の言うことは一理あった、学園がこちらのケツを持ってくれるというのなら、それはそれでいいと思ったのだ。
何より、これ以上無駄に時間を使いたくなかった。不壊の王者の頭部の解体はいよいよ大詰めだ、何とか今日中に片を付けたい。あれをばらせる設備は家か学園にしかないのだから。
あれがばらせて、頭部にあたる部分にあるアグロメリットを取り出せれば『最後の僕』を作り出せるようになる。
キャスとルフと最後の一体。それがあればアラネアは今のままでも十二分に魔女と戦い勝利できるようになる。改修を繰り返せばマギア抜きでも十分に戦えるはずだ。そうなれば――自分がいつ消えても問題ないわけだ。
だから早く進めたかった。ここ最近、面倒が加速度的に増えている、人を救うことに抵抗も嫌気もないが時間がとられるのも事実だ。
彼の見た未来で、明確なパターンの収束を見せているのは来年に命を落とすこと。今年、もしくは来年時計を完成させられることぐらいだ。それ以外はどの道が未来に続くのか見極める必要がある。
それがわからないのなら――すべてに同時に対処するしかない。
そのためにも僕の完成は急ぎたかった。あれがいれば初期想定の数がそろう、そうなれば半分以上の問題には対処できるのだ。
「……いいんですか?あの女はあなたを――」
「使うだけ使って捨てる気か?いつもの事さ。」
不満げな後輩に苦笑交じりに告げる。
彼に価値を見出した人間はいつでもそうだ。自分を出涸らしにして捨てる、いつもの事だった。うまく行ったことは――幸い、一度もない。
もしその最初に一人になる人間がいるのなら、この少女だろうなと、不満げな三白眼を見つめ返しながらテンプスはぼんやりと考えていた。
「それより僕はこっちが気になる。」
「ん……ああ、初めてのおつかいですか。」
数秒のにらみ合いからの露骨な話題変更は幸い功を奏した。
「何か不思議な点でも?単に地方に巡業に行けと言われているだけのような気もしますが。」
「ん、いや……場所がな。」
「なんです?」
不思議そうに問うマギアに頬を掻いた。
この名前が告げられた時、テンプスは確かに過去が追いすがってくる足音を聞いた。
「……ここ、僕の実家がある町の隣なんだよ。買い物に行くのもここで――僕が初めて黒焦げになりかけたのもここだ。」
その声は、彼にしては珍しくひどく不機嫌に響いた。
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