七難八苦/やがて悲劇という名の兄
初夏のある日
「……なんで、姿が変わってるんですか?あなた。」
いつものようにケーキを食し終えたマギアがまじまじと自分の使い魔を眺めながらいぶかし気に聞いた。
その手の上には彼女の使い魔が乗り、こちらを見つめる一対の目を不思議そうに見つめていた。
その姿は彼女が――そして彼女の家族がよく見る姿ではなかった。スカラーの発明にして、地下闘技場で彼女の命をつないだ恩人でもあるアラネアはその姿を大きく変えていたのだ。
虫のように細い足がひし形の水晶に張り付いているだけだったはずの数本あるだけだったその肉体は、今やすっかり紫の結晶体でできた蜘蛛のような姿に様変わりしていた。
まるで美しい宝石――
彼女がそれに気が付いたのは今朝のことだ。
ステラたちの騒動を終え、かれこれ一週間がたった今朝、彼女は自分の使い魔がまたしても姿を隠していることに気が付いた。
普段なら呼べば来るというのに現れない彼が、またしてもテンプスの研究に連れ出されているのかと思い、テンプスの部屋に向かった彼女が見たのが――この姿のアラネアだったのだ。
先日の一件の際はまだ以前と同じ姿だったはずだが……
「なんです、先輩に魔改造でもされましたか?まあ、今の姿も美しくって大変結構ですが……」
それにしても、何か言ってもいいのではないか?
そんな意思を乗せて向けられた視線に、ノワにせがまれて歩きながらケーキを食べさせている――近頃妹はこの手の行為が好きらしかった――テンプスが反応した。
「ん……?あれ、言ってなかったか、こいつの正式名称。」
「正式……?知りませんね。キャスたちのあの……可変型流動性エクトプラズムなんたらみたいなやつですか?」
「そうそう、アラネアの正式名称は『自己改修型エクトプラズム構成式ソリシッドアグロメリット』能力は……まあ、名前の通りだ。」
そういわれて、マギアは目を細める。何やら聞き捨てのならないことを言われた気がする。
「つまり、なんです?この子、自分で自分の事を改造するっていうんですか?」
「そうだ――僕が何かしらで……離れれても、君の補佐ができるように作ったんだ。」
どこか含みを持たせる――一年後の死について、テンプスが自ら口にすることはない。ただ、それに対して対策を行わないわけではない。
テンプスが彼女が自分を殺すのを知ったのはオモルフォスの一件の後だ。
あの一連の流れの後に、彼は彼女が自分を殺すことを知った。
そして、ジャックの一件で彼女に助けられて――恩を返そうと思った。
それが、アラネアの制作理由だった。
一年後に自分が死んだ時、彼女の復讐を終えられていなかった場合、また、代行者の仕事を補助できるように備えて、彼女を補助、警護できるようにテンプスはそれを作った。
スカラーの技術を継承する男の最高傑作それがアラネアだ。
「……また、ずいぶんと……まあ、いいです、理由がわかったので。ほかに言ってないことは?」
「ない……と思うが。」
「結構――で、朝の話に戻りますよ。」
「ん……魔女の話か。」
「ええ、先輩の体調も戻りましたし、そろそろ次の魔女の始末ついても考える必要があります。」
目に不穏な光を宿して、マギアはそういった。
「今のところ、倒した魔女は二人。偏愛と名声の二人です。それ以外でこの近辺にいそうな魔女というと……」
「知性だったか。」
「ええ、灰色の肖像を作った疑惑のある魔女です。」
「名声の方じゃなかったのか?」
「わかりません、あの女の根城、調べる前に閉鎖されましたからね。」
肩をすくめる――こればかりは仕方がない。国際法院の立ち入り調査は今年いっぱいは続くだろう、国の騎士ならともかく、連中が相手では侵入は困難だ。
「幸い、あの期末試験?とやらが終われば、学園は休みでしょう?そこでいろいろと詰めましょう、時間はあるわけですし。」
「ん、いいけど……最初の二週は無理だぞ?」
「はっ?なんでです?なんか予定でも?」
「ん……姉、授業はちゃんと聞かないとダメ。」
そういって、ケーキを食べきったノワが訳知り顔で長期休暇の最も面倒な工程を説明し始めた。
「つまり、そのくだらない職場体験とやらで長期休暇の最初の二週間がつぶれると。」
「そうなる……っていっても、半分はバカンスみたいなもんだ、それぞれの町で適当に仕事をこなして、残りの時間で旅行を楽しむ――らしい。」
「らしい?」
「……去年行ってないんだよ、ステラ先輩の一件で体ががたがたで動けなくてな。ことが事だったから職場体験自体は免除されたからいいんだが。」
苦笑交じりにテンプスがいう。彼の去年の長期休暇の思い出は地下室と寝室の光景しかない。
その一言を受けて、マギアとノワの顔がかすかに曇る――別に、そんな顔をされることでもないのだが。
「ま、どっちにしてもいけてたかはわからん。職場体験は基本複数人で行くが……僕と組んでくれる奴はいなかったしな。」
「……ほんとにあの学園は……」
どこかいらだったようにつぶやいたマギアが一瞬だけ目をつぶって、苛立ちを混ぜ込んだ息を吐いた。
「……まあ、去年の話はいいでしょう。今年は私もいるんですし、ノワだっています、どこでも行けますよ。」
「ん……いや、君らとはいかんぞ?」
「――はっ?」
今日一番、驚いた声をマギアが上げた。
まるで顎の骨が外れたように大口を開けているその顔には明らかな驚愕が張り付いている――少々、嫁入り前の娘のしていい顔ではなかった。
「ん……なんで?私たちと行くの、いや?」
「ああ、いや、それは全然嫌じゃないけど。」
「じゃあ、何が理由でそんな意味の分からないことを言い出してるんです?頭でも打ちましたか?」
眦に力を入れて、マギアの疑問の声が飛んだ。先ほどの倍はいらだった様子の声は噛みつくようにテンプスに襲い掛かった。
「いや、だって……僕と言ったら、たぶん、観光どころじゃないぞ?」
対するテンプスは、不思議そうに言った――わかってるだろうそんなことはと言いたげな口調は、これまでの彼の人生から導かれた当然の帰結だ。
死刑執行人は下賤な職業である。
それは世間の共通認識だ。そんな人間の友人はまともに街を歩くのは難しい――無論、常人ならだ。マギア達のような超自然の存在であれば話は別だが……それでも、知らぬ場所では危険な可能性がある。
「だから別れた方が……」
「「いや。」です。」
にべもなかった。
「……あー……」
ここまできっぱりと言われるとどうすればいいのやらだ。
「僕とおんなじとこだとほら、無理な仕事の量にされる宇迦脳性があるし。」
「ん、三人なら平気、母もつれてけばいいし。」
「……や、ほら、変な目で見られるし。」
「いいじゃないですか周りの連中に見せつけてやりましょう、何なら腕にからんでやりますよ。嫉妬に狂った連中を笑ってやりましょう。」
「ん、左は私がもらう。右はお母さん。」
「待ちなさい、妹、私の場所がないようですが。」
「ん、姉は背中。おんぶされてていい。」
「何をふざけ……いや、ありか?」
「……姉、もうちょっと欲張った方がいいと思う。」
けらけらと魔女のように笑うマギアとノアはどうやら引く気はないらしい。
テンプスはそのことをどこかうれしく思う自分を苦々しく思う。
彼女たちの事を思うのなら、引きはがすべきだ、それが明らかなのに、受け入れてしまおうかと考えている自分が、ひどく不愉快だった。
学園の正門を超え、いつもの大図書院素通りしながら研究個室に続く廊下の真ん中で渋面で告げる。
「……やっぱりだめだ、君らとは別れて――」
そこで、気が付く。扉の前に張り紙。
『――テンプス・グベルマーレ、マギア・カレンダは理事長室に来訪するように。』
そう書かれた文言を見て、テンプスとマギアは顔をゆがめた。
嫌悪の表情だった。
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