結構なお手並み

「――で、今度はなにしたの?」


 不壊の王者を破壊し、ステラの身柄を抑えた翌日。誰も知らない闘争を終えたテンプスは廊下の途上でそう問われて苦笑した。


 傍らを歩くのは、いつもの後輩ではない。同じような背丈で――ただし、自分よりも年嵩な少女だった。


「何ですステラ先輩、急に……別に大したことはしてませんよ。」


「えーソムニ先輩の事、蒸し返したした方がいい?」


「あれは……まあ、一般的ではなかったと思いますけどね。」


 こちらを見つめる三白眼に苦笑交じりに認める。どうも、答えなければ帰してくれそうもなかった。


「何って程の事はしてませんよ、ただ、八方うまくまとまられるようにしただけです。」


「ロータウンであんなに暴れたのに?」


 それは当然の疑問だった。


 ロータウンは裕福ではない人間が多い、が、だからと言ってスラムというわけではない。


 あそこは、基本的に畑や納屋が多く立ち並ぶ、この町の食料供給の起点だった場所だ。


 要するに、あそこは農夫の領域なのだ。


 昨日、あの場所に人がいなかったのは学園側――もっと言うと尋問科があの場所を開けるように指示したからだ。


 危険人物がここに来る可能性があるのでここから退去せよと、お達しがあったからにほからない。


「あの時の『危険人物』は君たちのことなわけだけどさ、実際にはまあ、その……」


「チュアリー先輩だった。」


「……まあ、そうなるわけだ。で、それなのになんで?」


 それが、彼女がテンプスと歩いている理由だ。


 一月は帰っていなかったあの部屋で、久しぶりの眠りについていた今朝、扉を破りかねない勢いで飛び込んできたチュアリーはまるであくまでも見たかのように焦ってこういったのだ。


「私、なんか無罪になってるんだけど!」と。


 ありえないことだ、彼女は誘拐に手を貸し、そのうえで暗殺未遂を知っていながら通報しなかった。


 国際法でもこの国の法でも許されるはずがない。だというのに、彼女はろくに事情聴取もされずに解放されたというのだ。


「――君が何かしたとしか思えない。」


 だから、彼女は話を聞きに来た。何なら家まで乗り込んでやろうかと思っていたぐらいだ、学園で会っているのはあくまでも彼がこの時間に学園にいたからだ。


「何をしたの?その……変な契約とか……?」


「してませんよ――すると、同居人が怒るんです。」


 心配そうにこちらを見る少女に苦笑する――あの三人怒られるのはことのほか堪えるのだ。


「じゃあどうやって……?」


「まあ、うまくやったんですよ。」


「その内容が知りたいんだけどねー。」


「別にいいですけどね――ほんとに、なんもしてないんですよ。」


「……?」


 そう、今回、テンプスは特別なことは何もしていない。


 行ったのは二つの偽証をお願いしただけだ。


「学園が僕らに何も言ってこないのは。ですよ。」


「尋問科だから?」


「まさか!単純に不祥事が起こりすぎてるんですよ。」


 それはこの年の春、オモルフォスの一件から端を発する学園の信用問題の話だ。


「オモルフォス・デュオ。ジャック・ソルダム。スワロー・ミストスィザ。地下闘技場の一件で検挙された教員。そして、ザッコ・テンポ。」


 これだけの人間が、ここ数か月で立て続けにつかまっている、もはや、この学園は疑いの目で見られているといっていい。もしくはそんなものでは済まない。


「となると、学園はこれ以上の危険な状態を回避したいはずだ。特に――同級生をさらって売り払おうとしたなんて話はとても表に出せない。」


 おまけにそれが国をまたぐとなれば大事も大事だ。


「だから、嘘を吐くと思った。学園は確実に先輩達に聴取するでしょう、だから、チュアリー先輩とあなたにほんのちょっとだけお願いをした。」


 殆どの項目は真実でいい、が、一つ、嘘をついてほしい部分があると。


「『英傑教は彼女に助力を頼んだ、が、彼女は友人を裏切れず拉致したふりをしてステラをかくまった。』このセリフが受け入れられれば勝ちだったんですよ、そうなれば彼女は――」


「友人を守った英雄になれる。」


「彼女の奉じる存在にふさわしい称号でしょう?」


 そして、学園としてもこれが最良だった。


 チュアリーが真実どういう意図で動いていても、これほどの美談にはならない。評判を回復したい学園側からすれば、これは渡りに船の話だ。


「そのうえで、チュアリー先輩にはもう一つ嘘をついてもらった。」


 『ロータウンで相手が何かをすることを知ったので、テンプスをダシにあそこに兵力を集めていた』と。


 これも簡単に信じた。


 現場には実際にテンプス達がいたし、被害を食い止めていたのも事実だ。中には怪我をしたものもいる。説を補強するには十分だった。


「これで、学園は大義名分を得たことになる。『犯罪行為を事前に知り、それを食い止めるために作戦を展開した』と。」


 なぜ騎士や友人、同じ委員会のものに話さないのかと聞かれればこう答えればいい。


 『自分の友人が人質に取られていて、秘密裏にことを進める必要があった』と。


 これで、嘘をついてテンプスを追い詰めていた理由も完璧だ、本当のことは話せないのだから。


 あの自白劇も『犯人をおびき出すためだった』と言えば、完璧だ。


 理事長は何か思うところもあったようだが――学園の状況を考えれば多少苦しくてもこのうそを飲む以外の選択肢はない。


「これで、学園はこのうそを飲むしかない。国際法院はもっと簡単ですよ。彼らが追ってるのは暗殺事件で、誘拐事件じゃないんですから。」


「あー……」


 そこには偽証などいらない。


 オラが殺されかけたこと、そして、それによってチュアリーが脅されていたこと。そして、実行に移してしまったこと。


 それがわかればいいのだ。


「そこまで話して、国際法院は被害者の調書を読む、そこにはこう書いてあるわけです。」


「英傑教は彼女に助力を頼んだ、が、彼女は友人を裏切れず……」


「――彼女をかくまった。被害者の言うことだ、疑う理由もない、もっと言えば犯罪者が事件ではないといっている以上ここに犯罪行為なんてなかった。」


 あるのはある少女の献身と友情だけだ。


「――そういう筋書きでした、英傑教の容疑は『暗殺未遂』と『誘拐の教唆』であって、誘拐事件そのものじゃない。」


 が、それで十分だ、貴族会の一員である以上、オラもチュアリーも貴族である、よその国の貴族を脅迫目的で殺そうとするのは謀殺だし、そうでなくとも、殺人を国際法院は許さない。


「国際法院に情報が流れた以上、ここで好きには動けない、監視対象ですから。特にあの二人――チュアリーとオラにはことさらの警戒が敷かれる、あそこにちょっかいをかけるとすぐ飛んでくるでしょう、彼女の所属してる教会もここまでことが大きくなったら彼女を保護せざる終えない。」


 これで英傑教の動きも封じた。この世界で彼女にけんかを売ることはできない。


「……で、万事こともなし?」


「ええ、結構なお手並みでしょう?」


 意地悪く笑う彼はどこにも気負った様子もなくそう言った。


 その様子に、どう反応すればいいのかステラはわからず――


「――ありがとう。」


 結局、最初の目的を果たすことにした。


 彼女がここに来た理由は何もチュアリーの疑問を果たすことだけではない。


 礼が言いたかったのだ、先日は気が付いたら彼が消えていてできなかったから。


「結局、去年の貸しも返せないまま、また借り作っちゃったねー」


「僕は別にいいですけどね。」


「私がよくないよー」


「……みんなそれ言うんだよな最近……」


 ばつが悪そうに顔をゆがめるテンプスに苦笑する、同じようなことを言う人間に心当たりがあった。


『魔術師ちゃんもこんな感じだったのかなー……?』


 救われて、返せない恩ばかりたまって。


 だから、彼のそばにいるのだろうか?


 ありそうな話だ。財団にけんかを売る男だ、何をしてもおかしくない。


 だとしたら、なるほど彼女にも親近感がわく。


 最初に見た時はずいぶんと頼りにならない教師が頼りにならなそうな男を連れてきたものだと思ったが――毎度毎度、彼は自分を驚かせてばかりだ。


「ありがとう。私と、私の友達を助けてくれて。」


 そういって、花も恥じらうように笑う彼女を見つめて、テンプスは一瞬だけひるんだように目を見開いて一瞬だけ、視線をさまよわせた。


 脳裏に浮かんだ彼女が起点になる振り注ぐ悲劇を意思の力で振り払う。


 たとえ、彼女が自分を裏切る未来があったとして。


 たとえ、彼女が血の暴走の果てに自分を殺してしまうとして。


 たとえ、彼女が――一年後、自分を殺す人間の一人だったとして。


 それは、今笑っている彼女を否定する理由にはならないし、彼女を救わない理由にもならない。


「――いえ、あなたの助けになれてよかった。」


 そういって、いつものように笑った。





「――で、五年前とは何です?」


 ステラとの会話を終えてたどり着いた研究個室で待っているのもまた、疑問だった。

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