最後の一仕事

「すごいやつのやることが後輩をさらって血を抜いて人にくれてやることなら、僕の知ってる「すごい」とは意味が違うらしい。」


 砲口をそらさずに相手に向けてテンプスが告げた。その声に怒気はない――怒る理由がない。


 


 そう、『サタルの筋』によって構成されたこの女は実態としてここにいるわけではない。これは遠隔操作の肉の人形だ。


 スカラーの技術によりどこかにある装置と神経的にリンクしている、その有効距離を測ることに成功した人間はいない。


「ひどいなぁ……私は私の目的を果たしに来ただけだよ?」


 そういって、肩をすくめる。そうだろう、でなければ自分の居る場所には来るまい。


「やっぱり、目的はそいつの中にあるアグロメリットか。」


「あ、やっぱりわかる?私には作れないからさ、できればほしいなぁって。あ、別に、これを渡した彼の計画が失敗すればいいと思ってたわけじゃないよ!?」


 心外だと言いたげに顔をしかめる女に、テンプスはどうでもよさそうに告げる。


「だが、僕をこの一件に巻き込むために対策委員会と来訪者をお動かしたのはあんただ。」


 考えてみれば、おかしな点はあった。


 対策委員会の二人はどうも自分が彼女を確保していると信じ込んでいる様子だった。


 それがなぜか――と聞いた時、彼女は確かに、『ほかの委員会の皆さんがこぞってそういうので』と言った。


 が、依然話した通り、現在の対策委員会は基本的に他の委員会から敵視されている。去年のステラの暴走はそれだけ大事だったからだ。


 そんな委員会にわざわざ、ほかの委員会の人間が声をかけるだろうか?


 トップの五人は――やるだろう。だがその下の生徒は?


 あの学園の生徒であることを加味すると、それは決してありえそうな話ではない。少なくとも、去年ステラの一件でかかわったテンプスにはどうしても納得できなかった。


 その疑問の答えは現生徒会長がくれた。


「お前が、複数の肉人形であの二人をたきつけたんだろう。二回生に気づかれずにやったのは僕を疑わないと思ったからだ。」


「……ばれちゃった?」


 そういって、小さく舌を出した女学生はあきらめたように語りだした。


「やー……実は去年君がつぶした計画がもう一回動き出したって聞いてさー調べだしたらもう始まってるっていうから、あわてて君に知らせようと思ったんだよ、でもほら……きみ、あんまり私の事信じてくれないでしょ?だから――」


「あの二人を使って間接的に知らせたわけだ……よかったのか?相手、あんたの雇い主なんだろう?」


 試すように、テンプスは一言告げる。その一言に、彼女はあっけらかんと答えた。


「え、うん。もう契約切れてるし……彼、私の後輩じゃないしね!普通にしてるならいいけど、後輩にひどいことするんなら邪魔位するよ!」


「自分の目標も達成できるしな。」


「あ、いや、別に、アグロメリット欲しさにけしかけたわけじゃないよ?ただ、これが運び込まれたって聞いたからもしかして手に入るかなぁと思って……」


 そういって恥ずかしがるようにもじもじと指を合わせて見せるその姿はとてもではないが凶皇と呼ばれた女には見えない。


「一応聞くがこの件の主犯については――」


「それはダメだよ、私、守秘義務があるんだから!」


ぷりぷりと怒った女を胡乱に見つめるその目の冷やかさにも、片腕の少女はたじろがない。


「でさ、君と私の仲でしょう?これ、私に――」


「断る。」


 それは明確な断絶だ。


 彼女の語る内容など考慮に値しないという明確な意思表示、彼女とテンプスの関係性の縮図だった。


「つれないなぁ……先輩に対して優しさとかないの?」


「あんたが先輩だったことはない、ついでに言うなら、優しさを見せる相手ぐらいは僕にだって選べる。」


 将来が選べなかったとしてもだ。


 という言葉を言外に隠したその一言に、片腕をなくした少女は薬と笑って。


「――あの新入生の子の事?」


 そういって笑った。


「かわいいよね、私の後輩はみんなそうだけど。」


「かわいいって当たりだけは同感だ。」


「……わかってるんでしょう?予測は数か月前変わった、あの子は君を――」


「殺す、知ってるよ――それがなんだ?」


 なぜ知っているのか、とは聞かない。


 この女がから不壊の王者を回収してきた人間だとすれば、あそこにあった装置の一部を回収しいてもおかしくはない――その中に、『因果検出器』があってもおかしくはない。


「わかっててなんでそばに置くの?嗜虐趣味とか?あ、自殺なら自分でやった方がいいよ?あれはやらされる人にはショックだって聞くから。」


 そういって、彼女は心底心配そうにテンプスを見た――腹の立つ顔だった。


「どっちでもない、ただ……」


「恋でもしちゃった?」


「まさか!僕なんかがあの子に釣り合うわけがない!ただ――」


「らしくないねぇ。」


口を震わせ、離せない彼を見て、少女がくすくすと笑った。


「まるで僕について知ってるかのような物言いだな。」


「知ってるよ、君は後輩だもん!」


 突然、片腕の少女の体が跳ね、目が輝いた。


「10年、君はスカラーの技を学んで、誰からも認められなくても腕を磨き続けた、今まさに君が手に持ってるそれが、君の努力の証明だよ!君は救われるだけのことをしてる!」


 熱弁だった。いまだかつて、テンプスをここまで評価した弁舌をテンプスは聞いたことがない。


 まるで、憧れの英雄でも前にするかのように、片腕の少女はテンプスに熱弁をふるい続けた。


「私がたどり着けないほどの高みに、君はもう何年も前に達成してる!それはすごいことなんだよ!あと一年でそれがなくなるなんて考えるだけどぞっとする!」


 そういって、不安げに揺れる視線で、彼女はテンプスに向けて言った。


「――だから、私と一緒においでよ。」


 それは去年も聞いたセリフだ。


 まったく同じ動きで、彼女は以前と同じ勧誘をした。


「わかってるでしょ?去年も言った通り。確かに、その未来は超えられない。だが――?」


 そう告げる女の顔はどこまでも朗らかだ。


「スカラーの技術をもつ私たちなら、君を救える。知ってるくせに。」


 そういって、彼女は心配そうにテンプスをのぞきこんでくる。


 その顔は、後輩を心配する先輩のようであり――実際、その通りの顔なのだ。


 テンプスはここで、彼の考えている中で最も面倒な目的で小女がここにいることを確認した。


 この女はアグロメリットを取りに来たのではない。自分に会いに来たのだ。


 もう一度、彼女の元に勧誘するために。


 彼女は心の底からテンプスの事を心配している。救ってやりたいと思っている。


「そうかもしれん、そうなのかもしれない――」


 だが、それは――


「――それは、お前を逃がす理由にはならん。」


 断言する、この女が何をしたのかわかるから、その願いにはこたえられない。


「……君は本当に頑固だねぇ。去年も言ったじゃない。私はあの子たちを助けてるんだよ?」


 そういって笑う少女に、テンプスは一言告げる。


「だから、あんたを止めてるんだよ。」


 彼女は本当に、善意で彼女たちを助けているのだ。


 強くなりたいと願った人間には明確な強さを与えた。


 頭がよくしたいという人間には、まるで電子工学のごとき知性を与えた。


 勘が鋭くしたいという人間には第六感を与えた――


「あんたは確かに願いをかなえるんだろう。だが、『かなえた後に何が残るのか考慮しない。』だから、止めるんだよ。」


 それが、彼女の問題だった。


 強くなりたいと願った人間は確かに強くなった――体の皮膚という皮膚を現代では解析不能な物質に変えられ、筋肉を薬で作り変えられて。


 頭がよくなりたいと願った人間は確かに利口になった――その代償に、複数の自我を有し、自分がどれかわからなくなった後で。


 勘が鋭くなりたいと願った人間は確かに鋭くなった――代償に精神に刺激のない時間が二日続くと肉体を動かすことすらできなくなるほど精神界を破綻させて。


 それが彼女の願いのかなえ方だ、願いはかなうが代償が大きい。そのうえ、そのことを相手に一切伝えることなくそれを行う。


 なぜ伝えないのか?と聞けば、彼女はこう答えるだろう。


「聞いてこないから……わかってるのかと思って。」と。


 それが彼女だ、悪意でもなんでもなく、この女は『後』を考えない。去年の接触と現生徒会長との接触で彼はそれを確信していた。


「むう……一応考えてるんだけど。」


「不十分だ、僕らの技術を使うのに、あんたの『予測』じゃ問題を制御しきれない。」


「……まあ、確かに君とかあの新入生さんほど頭は良くないけどさー……あ、でも、一応言っておくけど、私は君の敵じゃないよ?君が生き残りたいと思うなら、喜んで手を貸すよ!」


 朗らかに笑っていった。


 真実、そのつもりなのだろう。


 彼女は手を貸してくれと望めばすぐにでも彼女にできる手を尽くすはずだ――あとの事など考えずに。


 確かに彼女は敵ではない。敵は別にいる。誰かもわかっている。それは断じで彼女ではない。


 ただ、テンプスは彼女のやっていることが許せない。許されるべきだとも思わない。


「だからあんたは止める、どこで何をしてたとしてもだ。」


「むぅ……また物別れかぁ……」


 残念そうに、彼女は肩を落とした。


「まあ、でも、いつか君にも理解してもらえるよね。『今』より大事な物なんてないって!」


「そのために、未来をつぶすのを許容しろと?寝言は寝て言え。」


「えー……ま、いいや。」


 またどこかで会うだろうからね。


 そういって、彼女の体が


 神経接続を切ったのだとわかったのはテンプスだけだったろう。


 『サタルの筋』の結合を解き、ハタと消え去った女の居た場所を一瞬だけ苦々しく見つめて、テンプスは不壊の王者の頭部を抱え上げた。


 この中に入っているアグロメリットをもう一度持ち逃げされるわけにはいかない。


 テンプスはもう一度、片腕の少女の居た場所を見つめて――そのあとは振り返らずに、歩き去った。


 後に残ったのは、壊れた古代の兵器と煤だけだった。

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