ひとまずの幕引き

 首を切り裂いた直後のテンプスのとった行動は迅速だった。


 再びの加速、体を高速で反転させての飛び込んだ先は首と胴体が分かたれた場所のやや先だ。


 前転するように飛び込んだ先、地面の上で煌く何かを拾い上げて、彼は左手のフェーズシフターを振った。


 水晶の輝きの刃が、飛び込んできた炎の槍を切り払う。


 後方の炎の人型が放ったそれは、狙いを誤たずにテンプスに向けて飛来した。


 食らったところで鎧に阻まれて影響を与えない攻撃をわざわざ受け止めたのは理由があった。


 先ほど、地面から拾い上げたそれ――薄い水晶を守るためだ。


 テンプスの体に影響がなくとも、この水晶塊に悪影響がある可能性はあった。


 では、その水晶塊はいったい何なのか?


 その答えはすぐに分かった。


『――おい、貴様!私の依り代に何をするつもりだ!』


 幽鬼界を揺らす声が響いた。先ほどまで交戦していた相手からの声、それこそがこの物体が何であるのかを如実に示している。


 そう、これが、この霊体がこの世にとどまるための依り代だった。


 ごくごく小さく、まるで小指の爪ほどのような小ささのそれは、ごく薄いシートのようなひし形の一枚板でよくよく見ればその内部に何かを宿しているように見えた。


 目を凝らす、内部に浮かぶのは――本だ。


 不可思議なことに古びた装丁の本がその小指の爪ほどの大きさの結晶の中に浮いていた。


 それが、霊体の依り代だろうことをテンプスは能力とオキュラスの霊体検知で読み取っていた。


『物を小さくする呪文でもあるのかね……』


 その光景を眺めながら、テンプスは幽体の言葉にこたえる。


「あんたが操り損ねてるこの妙な連中からあんたを守ってんだ。わかったら黙ってろ。」


 彼はすでに、この召還術がテンプスが最初に想定していた行動をことっていないことに気が付いていた。


 この霊体を守ろうとしていないのだ。杖持ちだけは例外だが、それ以外の個体はこの霊体の依り代を宿すはずの不壊の王者を壊そうとしていた。


 それは明らかに異様な行動だ――マギアが呼び出した大気の生霊がそうであるように、通常、呼び出された生物は命令に従うはずだが、この炎の人型はそれが起きていないとすぐに分かった。


 でなければ、炎の人型は全員テンプスに攻撃を仕掛けるはずだ、少なくとも、自分の宿っている兵器を攻撃させる理由はない。


 魔術に明るくないテンプスはそれが、事故なのか故意なのかはわからない。が、少なくともこの炎の人型達がこの霊体の依り代を守ろうとしている様子はなかった。


 おそらく、あの杖持ちはこの霊体がステラの血を使わずに召還したのだろう、だから、命令を聞く。彼を守っていたのもそれが理由だ。


 それ以外の個体は――おそらく、呼ぶだけ呼んで放置したのだ。その隙に、不壊の王者の中から目的を達するつもりだったのだ。


 そして、この依り代を破壊されればこの霊体は逃げ出してしまうだろう、物質界に干渉できずとも、こいつは自由の身だ――それは許されない。


 チュアリーとステラに行ったことの責任は取らせる必要がある。逃がすつもりはない。


 何より、この幽体の雇い主――この件の黒幕について何もわかっていないのだ。


 不壊の王者の中で何をするつもりだったのか、そして、ステラの血で何をしようとしているのか。


 テンプスの中に渦巻くパターンはいまだに千を超える量ある、それを絞るために、こいつには消えてもらうわけにはいかない。


 ゆえに、テンプスはこの霊体の依り代を回収し、天津守ってさえいるのだ。


『――そうか、貴様にも私の偉大さが伝わったか。いいぞ、ここから私を逃がすことができるのならお前を――』


「僕に勝てない三下風情がほざくな、聞きたいことがあるだけだ、終わったらあんたを密閉する代行者ならいるしな。」


 相手のセリフをつぶすように告げる、こいつのだみ声は聞き飽きた。


 その一言に霊体は一瞬黙って――


『は、ははは!そうか!貴様知らんのか!傑作だな!』


「……?」


 突如として笑い始めた。


 不可思議な挙動。まるで、代行者に見つかることを恐れていないかのようだ。


 よもや、代行者が何か知らないのか?いや、こいつが代行者を知らなかったとしても、こんな余裕がある態度をとれるだろうか?テンプスは今、こいつに対する対抗策があるといったのだ。なぜこの状況でそんな自信に満ちた振る舞いができる?


『いいか、お前は私に手出しはできん!代行者など関係がない!なぜなら――』


 霊体がなにかを言いかけた瞬間だった。


「!?」


 それは唐突に起きた、水晶塊が光始めたのだ。


 一瞬、目を覆うような強い光、そして――


『――お、おい待て!この依り代は――』


 霊体の焦ったような声がひびいて――霊体が消えた。


 いや、もっと言えば、


 それはあり得ないはずの現象、この次元は空間移動ができない。マギアですら例外ではないこの法則をあの三下魔術師が敗れるはずがない。


 それにあれは――


『……次元移動?』


 彼の内部に渦巻く知性が、相手の移動パターンをそう分析した。


 あれは


 外観がではない、消える時のエネルギーの動きがだ、あれは、


『何が起きてんだ?』


 わからない、何か少年の知らない法則が働いたとしか思えない。


 だが、ひとまずは――


「こいつらをつぶして……マギアの援護か。」


 街に被害が出ることはないが、ここに乱立する農地がやられている、このままにはできない。


 方針が決まると同時にテンプスは躍りかかってくる炎の人型を切り裂きながらロータウンの入口に向けて駆け出した。






 バチン!と何かがはじけるような音とともに、魔術円が壊れた。


 中心部にあったはずの血を入れた容器ごと荷電粒子砲で粉砕したマギアは周囲の霊体の気配が消えるのを確認しながら、井戸の淵で一仕事終えて息を吐いた。


 自分の上に持ち上げていた水を井戸の中に戻しながら、思ったよりも凝った隠し方だったことに眉をひそめた。よもや、井戸の底に描くとは――


『どこまでも面倒なことを。』


 げんなりと息を吐く、テンプスが来なければここまで来てこの円を破壊はできなかったろう、時間を掛ければ、異変に気が付いたロータウンの住人が戻ってくる危険性があった。ここで終えられてよかった。


 それにしても――


『思ったより転生者が多い、この分だと準備したほうがいいな。被害度外視でもろともつぶすわけにもいかないし。なんか作るか……そういえば、先輩に花のお礼もしてないし。』


 胸の花を魔術でくるくると回しながらマギアの思考はテンプスに何を送るべきかにシフトし始めた。


アミュレットお守りとか……あの人怪我するときやばい怪我だし、回復とか……調整難しいんだよな……あ、アラネアのお返しもしてない、使い魔とか……猫はキャスいるし、犬とか?』


 つらつらと意識が流れていく、眠い時の症状だ。昨日ろくに寝ていない――ついでに言うと、計画の関係で寝てたのに起こされた――影響が出ている。


「――お疲れ様。」


 背中から声がかかったのはその時だ。


「ん……ああ、風紀委員長さんですか、何の用です?」


 敵愾心もあらわに告げる。どうにも、この女は好きにはなれない。この女のせいで家主が苦労したと聞いてからはずっとだ。


「……その……お礼を、いわなきゃとおもって。」


 そういって、ばつが悪そうにしゃべる彼女に、マギアは意外そうに眉を上げた。


 この女がそんなことを言うと思っていなかったというのが一つ、こちらに話す様子が、ことのほか弱弱しかったのが一つだ。


「お礼……と言われましても、大したことはしてませんよ。せいぜい貴重な休日を二日、あなた達とのじゃれあいに使い切っただけです。」


 とげのある言葉、ただ、当初予定していた言葉よりは幾分態度をやわらげた一言。


 そんな一言に、アリエノールは体を小さくしながらばつが悪そうに答える。


「……ごめんなさい、あなた達を疑ってしまって。それと……ありがとう。」


「……さっきも言いましたが、私は大したことはしてませんよ、ちょっと眠いぐらいです。その辺は、うちの先輩に言った方がいいんじゃないですか?ほとんどあの人の計画ですよ。」


「……ええ、わかってる、ただ、彼見当たらないのよ。さっきまで、門の前で戦っていたと思ったのに、気が付いたらいなくて。」


 どこに行ったか知らないか?と問うようなまなざしに、マギアは先立っての別れ際に告げられた一言を返す。


「ああ、本人曰く――」


 ――最後の一仕事をこなしに行くそうですよ。





「ふんふんふっふっふん」


 音程の外れた鼻歌を伴って、焦げの多く残る農地の真ん中で女生徒が何かをしていた。


 彼女の手は足元に転がる人型の遺物――不壊の王者に向いていた。


 その手に持った謎の器具を操り、彼女は首の中にある『あるもの』を取り出そうとしていた。


 これが彼女の目的だ、手を貸した子が目的を果たせなかったのは悲しいことだが、だからこそ、せめて自分の目的をこなすべきだと彼女は信じていた。


 破損し、内部構造が露出した不壊の王者の体内に女生徒の手がっ入り――


 ガオン!


 ――込む直前で、腕が落ちた。


 うねうねとうごめく何かによって構成されたそれは明らかに、人間のそれではない。


『サタルの筋』と呼ばれる不出来な人工筋肉は、戦闘を行っただけではちきれるようなもろい代物だがものをとってこさせるだけならばそれほど問題にはならない。


「――痛いなぁ……ひどくない?」


「『サタルの筋』に痛覚は通ってないだろう、そも、お前本人もここに来てないんだから関係あるまい。」


「あ、わかるんだ、それも、君のおじいさんからの教え?」


「見ればわかる、お前は去年からがらくたばかり使うからな。」


「ひどいなぁ……これでも私、かなりすごいんだよ?」


 そういって、いつものように朗らかに笑いながら女生徒――前生徒会長はそういってテンプスを振り返った。

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