「――ルフ」

 テンプスのささやきを聞きつけて天頂で気配が動く。


 再び不可視の領域に沈み、を行っていたルフを呼び戻す。もう相手の位置と姿はわかった。キャスもいる逃がすこともあるまい。


「――S-OA-002、対象殲滅武装使用許可、殺傷戦闘、交戦開始。飛行している杖持ちを殺せ、殺害後は命令あるまで待機。」


 それはキャスの力をあらわにする呪文に近く、しかしもっと危険な力を解き放つ文言だった。


『intellegō』


 しゃべれないはずのルフの口から声が漏れる。それは了承の証。


 迫りくる炎の人型が槍を突き出す動きを砲撃でつぶしたテンプスの視界から、彼の視野にのみ映るルフの姿が高速で消える。


 誰にも見えない暗殺者が彼が空気に触れていれば衝撃波をもたらすであろう速度で空を駆け抜ける。


 杖持ちのもとにたどり着くのに、瞬きほどの間も必要なかった。


 殆ど瞬間移動にすら見えるその動きで、ルフは距離を詰めて――くちばしを開いた。


 その瞬間、杖持ちが何かに気が付いたように動き出す、ルフの存在に気が付ける何かしらの超感覚はあったのか、あるいは単なる感か……どちらにせよ、杖を持った火の異形は先ほどと同じように魔術による力場の壁を生み出そうとしていた。


 が、それよりも早く、くちばしから何かがほとばしった。


 ――それは音だった。


 少なくとも、テンプスの設計では音を放つ肉体機構だったし、その通りに音を放った。


 しかし、余人から見ればそれは音とはとても呼べない暴威の表れだった。


 喉の奥の発声器官に刻まれたパターンの力によって生み出された指向性音波攻撃は音と呼ぶにはいささか――物騒が過ぎた。


 周辺に明確な振動をまき散らしながらこの世にあらわれたその超音波攻撃はキャスがザッコに放ったものと同型で、しかし明確に威力が高かった。


 速度と隠密性をとるために武装を可能な限り減らしたルフにこれ以外のエネルギー発生能力はない、キャスのように火や電気を口から放つことはできない。が、必要もなかった。


 テンプスに曰く『衝圧砲』となずけられたルフの喉から放たれる指向性音波はたやすく物体を砕くのだ――今まさに、炎の人型が息絶えたように。


 下半身を残して上半身を散り散りに砕け、その存在を砕いた。


 物質界へ送り込まれた活動体がすべての生命力を失ったことで、招来元の次元に生霊が送還されたのだ。


『―――はっ?』


 頭から火の異形を真っ二つに割断した不壊の王者の中から呆然とした声が上がる。


 何が起きたのかわからなかったのだろう、あの男の目ではルフを見ることはできない。


 あの霊体から見れば、突然自分を守っていた存在が破裂したようにしか見えなかったことだろう。


 襲い来る炎の槍を無視し、斬撃で首をはねながら彼は相手を見据える、彼我の距離は大股七歩。電磁加速なら一瞬だ。


 そう考えた一瞬後には、テンプスの体は不壊の王者の足元にいた。


 斜めからの切断。タメを作った斬撃は力場の壁ごと相手の首を切断するのに十分な威力と鋭さが宿っていた。


「――終わりだ。」


 一言告げる、腕が勢いよく振り抜かれて――すんでのところで不壊鋼の剣が滑り込んだ。


 そのあまりの威力に不壊の王者がたたらを踏む、もしも不壊の王者が人間と同じ思考体系を持っているならよく見れば剣がかすかにへこんでいることに驚き戸惑っていただろう。


 が、彼にそんな機能はない。彼にあるのは彼の領域に侵入するものを攻撃し、勝ち続けることだけだ。それが、彼の存在理由だった。


 今目の前にいる存在は明確に強敵だった。


 あたかも自国の騎士のような姿をしているその存在は、しかし、彼の記憶領域内に存在しない騎士だ、誰かが装備を魔法文明が鹵獲したのか、あるいは何かが姿だけまねたか。


 どちらにしても、負けていい理由はない。正式な侵入許可がない人間が彼の範囲に入るのなら、それは敵だ。そもそも、岸田というのなら彼は勝てないはずだ。


 ゆえに、彼は高速で剣を振るった。


 目への刺突――と見せかけて軌道を下げての胸部への突き、冗談からの一撃を防ぎ反撃の前蹴り、足元を払う一撃を足裏で受け止め相手の刃を踏みつけて拘束、そのうえで放つ唐竹割。


 そのどれもが相手の動きによって防がれた。


 攻守を入れ替えながら続く攻防は12手を数えた。


Comforting慰めの霜 frost, i.e.すなわち, noble misdeeds高貴なる悪行.』


「!」


 聞きなれた単語の詠唱、しかし、聞き覚えのない呪文の文言が聞こえたのはその時だ。


 明らかに彼らの――失伝したであろう呪文の旋律にテンプスは眉をせがめる、結びの言葉からするとおそらくこれは……


『――The Call死した of the魂の Dead Soul呼び声


 考えるより早く、テンプスは体を動かそうと足に力を籠める、それは脳裏に宿った予測が示す彼の未来が決して良好でないことを示していた。


 生身でも使った電磁加速で体を後ろに運――


『!なるほど。』


 べない。


 脚が縫い付けられたように動けない。足元には先ほどまで規律手ていた数百はくだらない炎の人型が足に絡みついてまるで鉄のように固まっている、そして何より――先ほど殺したはずの杖持ちが復活していた。


『死霊術とやらか……』


 ろくに知らない魔術の分野だが、単語を聞く限り、死体でも操るのだろうか?少なくともこの悪趣味な状態が魔術の結果というわけだ。


『――やれ!奴を殺せ!』


 怯えのこもった声が響き、杖持ちの異形の体がひどく不細工な動きをする。まるで下手な操り人形だ、やはり復活などというような大層なものではないらしい。


 カタカタとできの悪い動きで動く炎の人型から魔力が飛び出すのをテンプスが見たのはその時だ。


 瞬間、足元から炎柱が吹きあがった。


incendiarism pillar焼夷柱』の呪文、もしくはそれに類する変則能力によってテンプスの居た場所は一瞬で炭化した。


 杖持ちの異形が扱える力の中で最も威力のある攻撃はその力をいかんなく発揮した。


 鉄すらどろどろに溶かす高威力の炎柱は赤々と燃え上がり、空を焦がす――明らかに、あの鎧の男は死んでいるはずの威力だった。


『――は、ははは!間抜けな小僧め!私にたてつくからそうなるのだ!この死霊術の大家たる青髪の――』


「――なるほど、魔力で死体を支配して術を使わせてるわけか。ずいぶんと悪趣味な技だな。」


 ――炎の中から声がした。


 青髪が、不壊の王者の中で唖然とした。


 ありえないことだ。あっていいはずがない、そんなことができるはずがない。


 先ほどから見つめているがあの鎧は魔力がない。展開の方法は異常だったがあれはただの鎧のはずだ。それで生き残れるはずがない!


 これを放ったのは火の成分界の住人だ、この次元の生き物よりも高度な炎の術を扱えるはずだ、生き残れるはずがない!ありえない!!


 焦る青髪をしり目に、テンプスは剣を一振りする、足元の亡霊たちがぼろぼろと崩れ去った、死霊術によって生み出された死体と魔術の魔力によるつながりをオーラの刃が断ち切ったと、青髪は気が付いただろうか?


「――ルフ、衝圧砲。杖持ちを滅ぼせ、呪文を使わせるな。」


 甲高い鳴き声が一つ。ルフの声だとわかったのはこの場ではテンプスだけだ。


 再び放たれた振動の暴威は杖を持った炎の人型の全身を包み、その肉体を今度こそ完全に崩壊させた。


『ありえない!』


 霊体の声が響く。幽鬼界の霊気を揺らすこの声にも、そろそろ聞き飽きてきたところだ。


「――あんたが何をもってありえないといってるのかは知らんが――」


 腰からブースターを取り出す、先ほど断念した『斬撃テムノーのパターン』、これがあればたとえ、剣越しであっても防壁事切断しきれる自信があった。これまでの交戦で添付数は確かな手ごたえを得ていた。


「――僕の経験上、あり得そうもないことはそれなりに起こるもんだ。」


 例えば、1200年前の魔女と同居することになったり、祖父が自分の人生を救ったり――魔力に弱い体質になったり。


 言葉にしない言葉が脳裏に浮かんで消えると同時に、消えゆく炎の柱から、飛びだした。


 電磁加速によって瞬間移動のように眼前に現れた深紅の鎧は先ほどよりもさらに早く、剣を振った。


 再び不壊鋼の剣が軌道に滑り込んで――そのまま切断された。


 桜色のオーラをまとった刀身は不壊鋼を切断できる。テンプスはこの時初めて不壊の王者の作り方がわかった気がした――これと同じ方法で壊し、削りだしたのだ。


『――ぁ――』


 霊体が息を飲むのがわかった。


 それはまるで豆腐でも切るかのように空間を駆け抜け、不壊の名を有名無実のものとして見せた。


 必死にくみ上げた呪文が半透明の壁を作り出す。死霊の壁だった。周囲に浮ぶ想念を魔力でくみ上げて壁にする魔術、並の剣ならば即座に腐食する攻撃的な壁。


 不壊鋼の剣も力場の壁も――そして、苦し紛れにはなった死霊の壁も。どれも、オーラの燐光を阻めなかった。


 するすると突き進み――そのまま、首を刎ねた。


 上下に分かたれた首と体は地面に転がり――そのまま、動かなくなった。

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