三つ巴
放たれた炎の槍が武器を再装填する女生徒の顔に突き刺さる寸前で上空から魔力の波動が放たれ、焦熱の生霊は自らの出身次元に強引に送り返された。
「そこの娘、戦えないのならあの円陣の内側にいなさい、あそこにはあれは入れません。」
そういって、マギアは再び戦線に戻った。
こちらに向けて放たれる火炎を眉を一つ動かすだけで引き起こした魔術の風でもって押し返した彼女は返す刀で緑の閃光を放ち、相手の頭部を砕き、相手のこの世での生命力のすべてを欠損させて相手をこの世から立ち去らせる。
そのままひどく煩わし気に腕を横にひらりと動かす、その動きに対応するように無数の閃光を放って視界内に存在した相手をことごとく滅ぼす――一瞬だけ静まった空間に新たな生霊がわいてくるまで五秒もかからなかった。
『ずいぶんわいてくるな……』
煩わしそうに顔をしかめる――人の多い街に呼び出させないために町に招来禁止の防壁を張ったとはいえずいぶんと数がいるものだ。
これが、マギアが逃亡中のテンプスとともにいなかった理由だ。
彼女はこの防壁を完成させるために、影の中を泳いでいたのだ――寝心地のいい背中から降りて。
おかげで、人の多い街にこの招来体どもが入り込むような事態は避けられている。
が、そのせいか何なのかこのロータウンとやらにやたらとぼこぼこ湧くのは正直面倒だが……まあ、仕方がない。
後は妹が発生源になっている魔術装置を見つけるまでこの連中をひたすら追い返せばいいだけだ。
連中を一掃もできるが、それをやってもまた呼び出されるだけなのは先ほども見せたとおりだ。
このことからわかるのは、触媒の優秀さだ。術はそれほど大層なものではないが、触媒が良すぎる。
『よっぽどやばいもの呼び出そうとしてたんだな、
幸い、数を除けば決して手ごわい相手ではない。呼び出される生霊も下から二番か三番程度の奴がほとんどだ、自分が呼び出した大気の生霊からすると二段か三段は落ちる、どうにでもなる戦力だ、こちらには妹も――
「――お前、もうちょっと広いとこで追い詰めろよ!」
「仕方ないでしょう!?こんなことになるなんて思ってなかったの!」
「まあ、仕方ないと思う、こんなことになる想定じゃなかったし。」
「わかってっけど……戦いにくいんだよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ほらードルミネちゃんが怒るからチュアリーちゃんまたおちこんじゃったよー」
「え、あ、や……いや、チュアリーは怒られとけよ!っていうかなんでお前がこっちあおる側なんだよ!お前が怒る方だろ!」
「えー私もう許しちゃったしねー」
「納得いかねぇ!」
――あの、うるさい五人組もいる。
空に浮かぶマギアの下、ロータウンの入口のあたりで呼び出される生霊を狩る彼女たちは何とも姦しいことだが、その殲滅速度は揺るぎがない。
焦熱の生霊が呼び出された段階で言葉もなくそれらを迎撃し始めるその動きには明確な意思が感じられた。
ロータウンの入口前に陣取って相手を人口密集地に入れないその動きは明らかに人を守る動きだ。
マギアはテンプスを除いて、初めてあの学園の生徒が善意で人を救っているところを見た。
その動きに触発されるように動き出した委員会の人間は役に立ったり立たなかったりだが――まあ、それはいいだろう。
別段、連携らしい連携などない。
背の低いステラとドルミネが相手のど真ん中をかいくぐるように入り込みながらその手に持った弩――銃とか言うらしい――で相手を蹴散らしながら数を減らす。
ミュオはひたすら相手を近づけないように弾の防壁を張り、チュアリーはあほなんじゃないかと聞きたくなるような膂力と防御力で相手を砕く。
そして、アリエノールは先ほど生きる像にぶち込んだあの砲撃の嵐で相手を粉砕する。
各々が各々のやりたいように戦っているだけだが、その速度はなるほど大したものだ。
自分に比べれば遅いが――それでも、人がいるエリアに連中が入り込む隙間は与えていない。
この分なら防壁なしでもどうにかなったな……と思いながら、ステラたちに降り注ぐ炎の雨を緑の閃光で打ち払いながら思考を巡らせる。
根っこは突き止められるだろう、ノワが探している、こちらは問題ない。
問題があるとすればそれは――
『向こうの霊体か……』
別段、テンプスの事は心配していない。する必要がない――鎧を着ていないのなら危険もあろうが鎧があるのならこの程度の敵物の数ではない。
問題はあの霊体だ、自分も見たことはないが噂には聞いている、あの霊体がそれだとするとあの霊体は密閉できないことになる。
『どうしたものか……』
最悪、妹か自分の魔術で相手の「共犯者」にでも送り返すしかない、そうなれば、また襲ってくる可能性は十二分にあるが……やむを得ないだろう。
『しかし……』
なんだってあの人の周りには同類が集まりやすいのか……
眉をひそめてそう考えるマギアは、飛び出してきた焦熱の生霊を脳内の魔術円で起動させた鋼の刃で串刺しにしながら嘆息した。
それは共同戦線というにはいささか違和感のある戦場だった。
炎の槍が、鎧の眉庇と面頬の隙間に入り込むような軌跡で滑り込んだ。
オーラの鎧でなければ、目が燃え尽きてしまうだろう一撃は、しかし、ガイストの防御力は炎の人型の想定をはるかに超えていた。
炎が火花を散らして消え去り、彼の目の前に現れたのは不壊の王者だった。
不意打ち気味に袈裟切りに振り切られた不壊の王者の斬撃をテンプスの上腕当が受け止める。
そのまま押し込もうとこちらに力を籠める不壊の王者の力に農地に可能な限り踏み込まないようにこらえるテンプスの足がかすかに下がった。これ以上後ろには下がれない。
腕を振りぬいて相手の攻撃を払いのけ、かわさせるための斬撃が首元を襲う。
その一撃に秘められた力と自身の肉体すら損傷させうるその異常性を嫌ったのか不壊の王者が真後ろに跳んだ、地面を削りながらの着地――その直後、真上から召還されたてらしき炎の人型が三体、槍を不壊の王者に突き刺した。
大気の焼け付くにおいと不壊鋼の融点を超えられない炎の槍が表面の埃を焼く音がかすかに響いた。
その光景は、一見すると騎士の死を映した一枚絵のように、人の目には映るだろう。
襲い来る炎の化け物に力及ばす敗れた騎士、そんな風情の光景だが実際には違う。
追い詰められているのは騎士ではない、炎の人型の方だ。
現に、生きる像は当然のように動き出し、背中にいる相手を勢いよく体をふるうことで振り落として見せた。
炎の人型が体を起こすのと、不壊鋼の剣が相手の首を切り裂くのは同時だ。
抵抗の余地などなかった。一瞬の決着。
そう、テンプスと戦う二勢力はお互いがお互いの味方ではないのだ。
ゆえに、お互い同士で戦闘が始まっている、ごくまれに連携のように行動することもあるが、お互いがお互いを隙あらば殺そうとしている面倒な状況だった。
しかし、それはテンプスにとってそれほど問題ではない、この《槍持ち》はどうにでもなるのだ。問題は――
切り裂かれた人型の炎が消えるよりも早く、不壊の王者がテンプスに向けて猛進する。眼球に向けた刺突。
鋭い槍のように放たれる一撃にテンプスはガイストの強度に任せた反撃を企てた。
黒い刃が深紅の鎧にはじかれる瞬間、テンプスはオーラの水晶のような刃を走らせて首に斬撃を放――
『
――てない。
どこのものとも知れない声に誘引された魔力が、力場の檻のように形を変えてテンプスを動きを拘束している。
速度が乗り切る前に檻の柱の一本に邪魔されて剣の動きが止まる。
剣を振るのもギリギリの狭さのそれに拘束されたテンプスを周囲にいた炎の人型が集中攻撃する。
あるものは直に刺そうとその手に槍を持ち、あるものはその手の槍を投げつけた。
その攻撃はまるで炎の雨だ、マギアが打ち払ったそれを超える密度で放たれた。
さらに、不壊の王者も動き出す。突き立てた剣を引き戻し不可視の檻の隙間から切り上げを放つ。
その攻撃はしかし、テンプスには届かない。
体に突き立とうとする炎になんの注意も払わずにテンプスは即座に剣にもう一度強く力を込めて振り切る。
上下二段、拳一つで城塞すら破壊できる威力を発揮する膂力が力場の檻を強引に切り裂いた。
切り上げを軽く上げた膝当で防ぎきり、柄頭で相手の頭部をたたく。そのままの流れで相手を押し込むようにできた力場の檻の穴に飛び込んだ。
抜け出すとともに即座に周囲にいた人型を切り裂く。
そう、今見たように、不壊の王者を――もっと言えば、首に埋め込まれているであろうこいつらを召還しているあの霊体を守ろうとして魔術を行使している個体が混じっているのだ。
あの力場の壁もそうだ。首全体を覆うあの力場はどうやら簡単には切れない。
この力場の檻と壁が相互に作用しテンプスに首を切らせない。
すべてはあの不壊の王者の後ろに漂う杖を持った炎の人型が元凶だった。
それはわかっているのだ――問題はあれを倒せないことだ。
眉間に打ち込まれた一撃から立ち直った不壊の王者の回転しながらの一撃を脇で受けて止めて前蹴りで相手を押しのける。
自動的に姿を変えたフェーズシフターの弩が魔術師に向けて放たれ――その間に生み出された力場の壁と壁になるべく飛び出し槍持ちの炎の人型四体の犠牲者によって逸らされた。
さっきからあの調子だ。礫にはあの力場を打ち破ってあまりある威力があったが同時に四体も人型生物をぶち抜けば減速と軌道の変更は免れない。それに回避が重なると当たらないのだ。
あの杖持ちが邪魔だった。倒さねば不壊の王者を倒せない。
『……仕方ない、家が壊れるかもしれんが……やるしかないか。』
意を決したテンプスがおもむろに口を開く、呼び出すのは大空の僕――
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