奇妙な共同戦線
――けない。
フェーズシフターの刃が、何かにとらわれたように動きを止めていた。
「――っち!」
舌打ちが一つ。間に合わなかった事実に臍を噛んだ。
これは――壁だ、ごく薄い力場の壁。
首筋をぐるりと覆うように力場の壁が継ぎ目を覆っている。
まずい、テンプスの顔がかすかにゆがむ。
不壊の王者を恒常的に行動不能にする方法は一つしかない――そう、首を落とすのだ。
そしてそれは、アダマンタイトもしくは竜のうろこかそれに類する高強度の物体以外ではなしえない。
だから、五年前テンプスは不壊の王者の武器を奪う必要があったのだ。
それ以外の方法ではあの不壊の王者を破壊することはできない――あれは自然再生するのだ!
舌打ち交じりに、テンプスは剣を引き、腰からブースターを引き抜く。
『
腰から抜き出されたブースターがフェーズシフターの二股のレンズに差し込まれ――
――警鐘。
ブースターを差し込む寸前で膝から力を抜く、ガクリ、と体が崩れて頭部を狙って放たれた炎の槍を躱した。
次いで連射される攻撃を鎧に包まれた裏拳で打ち払い背後に向けて体を向ける。
自動的に切り替わった弩のフェーズシフターが砲声を響かせる――背後の屋根からこちらを狙っていた炎の人型に向けて飛び出した礫は相手の頭部をザクロのように砕いた。
『……なるほど?』
突如として表れた異形の存在を前にしてもテンプスの顔に驚きの色はない。こういったことになると事前に予測していたがゆえの反応だった。
彼の脳裏によみがえるのは、今朝がたマギアから聞いた事実だった。
「――で、ステラ先輩に宿ってるっていう魔力っていうのは何に使えるんだ?」
「なんです藪から棒に。」
夜通しもろもろの準備に追われていたせいか不機嫌な声が耳元で響いた。
疲れたのでおぶれというので彼女を背負っての会話の試みはそれほど上々な滑り出しとは言えなかった。
「いや、たぶんこのままステラ先輩さらったやつと戦うだろう?人質撮ってる方と。」
「まあ、そうでしょうね……ファ……ステラ先輩を奪い返されたとわかったら私たちを消して取り返そうとするでしょうし。」
「あとあれだ、証拠隠滅。」
「あー……ありえますねぇ……で、それがステラさんの魔力とどう関係が?」
「エクスプレーネの予測が決まり切らんのだ、たぶんステラ先輩の事を利用してくると思うんだが……どう使う気ないのか読み切れない。」
「ああ、で、魔力を利用するパターンの対策がしたいと。」
「うん、104通りあってどれか絞りたい。」
すべてに対処する方法はある、が、時間がないのだ。優先度の低いものは多少雑にする必要がある。
「んー……一度しかあったことのない相手ですから、明確にこうとは言えませんが……まあ、たぶん召還系統でしょう。」
首元に回した腕に力を込めながら、気が抜けたようにマギアが告げる。その口調は緩いものだが言葉には確固たる確信が見えた。
「なんでそう思う?」
「大体の血の魔術はそういう物だからですよ、というか、召還以外のものを血に込める必要性がありません――魔術を使うとき、魔力がどのようなへんかをするのかはごぞんじですか?」
「……一応、使いたい魔術の、形に合わせるんだろう?」
「先輩にはそう見えるんですか?まあ、そこは別に構いませんが――そうです、基本的に、魔術を扱う瞬間、魔力はその魔術にふさわしい性質に代わります。」
言いながら、彼女は手の上に土塊を生み出して見せた。
「ふむ……?」
「力術なら攻撃的に、防衛術なら守りに入った毛色に、魔力は移り変わる。先輩が影響を受けるのはこの『毛色の変わった魔力』です、私たち魔術師は魔術円を介して魔力を変質させ、これを詠唱や動作の儀式により望む現象を起こすために条件を整えます。こんな具合にね。」
言いながら、彼女は手のひらの土塊を水を含ませて泥に変え、次の瞬間には乾かして土に戻し、さらに焼いて固めて見せた。
「今回、ステラさんが狙われた原因である血の魔力は『何か知らの要因によって血に魔力の性質が浸潤し、それ自体が魔力を発するようになる』現象です。」
それは時たま発見される魔力を持つ器物と同じ発生原因だとマギアは語る。
「そして、大体の魔術は体に浸潤するほど長くかけられていることはありません。」
言いながら、彼女はテンプスの肩に顔をうずめて眠そうに言った。
「力術は体を傷つける技術です、現代の魔術だと妙な進化をしていますが基本は変わりません、変性術はあり得ますがそれならもう少し体に妙な要素があってしかるべきはず、心術は血には浸潤しません、占術も同じく、死霊術は基本生きてるものとは相反します、可能性があるのは防衛術か召還術、防衛術ならば外敵から身を守るでしょう、したがって――」
言葉を切る、その先は予測できる気がした。
「何かしら強大な存在の力を扱うために作られた召還の魔力、それが彼女の血に宿る正体です。そこから考えられる相手の手は――」
「その存在の召還か?」
「もしくはその眷属でも呼び出すか……まあ、大方そんなところでしょう。あなたのパターンにありますか?」
「ある、あと八パターンだ、これなら――まあ、どうにかなるだろう。」
「ん、結構、ではわたしは少し寝ます、逃げる段階になったら起こしなさい……背中あったかいですねあなた……」
『は、はは!やっと動いたか!』
霊体の叫び声が幽鬼界の霊気を揺らした。
どうやら、この男の切り札はこれらしい。
彼の想定する可能性から想起するに、おそらく先ほどの『グレイマルキン』とやらはこの術の発動手順だったのだ。
あの砲弾と同じような手順で起動するように仕込まれた魔術的なトラップは、二度目のグレイマルキンの呼び声に反応した。
全方位視界で確認する限り、自分はあの炎の射手に囲まれていた、一瞬の出来事――なるほど、マギアが今どきの魔術師を手品師と揶揄する気持ちがわかった、これぞ魔術だ。
揺らめく陽炎のような姿のそれらは、しかし、明確に人の形をして、その手に炎の投げ槍を持っている。先ほど投射したものと同じだとすれば鉄ぐらいはたやすく溶かし貫くだろう。
先ほどの攻防を見るに招請体――魔力で作られたかりそめの体――らしきその肉体は炎のように見えるが実態を有するらしい。
そして、不壊の王者の後ろに浮いているひときわ大きい個体、テンプスとともに鎧に格納されたオキュラスで魔力を見る限り、どうやらあの個体が首の周りに力場の壁を張ったらしい。
手には槍ではなく杖だ、この連中の魔術師らしい。
男とも女ともつかぬそれらは表情の分からぬ顔を一様にテンプスに向けている。
「ずいぶんと熱烈な歓迎だな……」
苦笑交じりにつぶやく考慮はしていたがやはり数が多い。何が呼び出されるのかも不明だったために有効な攻撃手段という物も考慮しなかった。
とはいえ――
『最悪ってわけじゃないか。』
内心で安堵する。彼の内部に渦巻く予測の力はこの状況よりも悪い状況を知っていた。
最も悪いパターンは『ステラの体に何らかの魔術を仕込まれ、それによって血の魔力を強制的に励起させられる』ことだ。
その場合、体の内部に宿っている魔力によって彼女の体は決して少なくないダメージを追う可能性が十二分にあった。下手すれば彼女の体からこの意味不明な生物が現れていた可能性もある。
彼女の体に魔術円を仕込めればそれも可能だろうとテンプスの能力はささやいていた。
それを防ぐために、マギアとノワたちをステラにつけたのだ。
そのために今日、作戦を実行した。昨日調べ物の影響で休めていない体はひどく疲れていたがそれでもステラの身の安全をとった。
「たぶん、なんか準備してるはずだ。」といったあのセリフは四つまで減ったパターンのうちのどれかを示していた、どれかまでは絞れなかったが対策はある。
この状況への対策は――単純な論理だった。
マギアたちはステラとアリエノール達を守る位置においてある。マギアと協力できるのならこの程度ならどうにでもなるだろう、こちらに来る攻撃はすべてこちらでつぶせばいい。
『そう、全部つぶせばいい。』
相手が挑みかかってくるのなら、すべて倒しきればいい。
右手でつまんだブースターをしまいなおし、別の一枚を抜く。
『
炎の槍の一斉投射、彼の後ろにある農地に与える被害を考えると頭が痛くなるような攻撃を勢いよく放つ。
ガオン!
殆ど一発に聞こえる砲声が鳴り響き、襲い掛かる炎の槍をすべて銃撃で破壊しながら礫が爆進して――炎の人型の頭を砕いた。
その一撃を皮切りに不壊の王者がテンプスに躍りかかった。
奇妙な共同戦線が始まった。
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