こいつを壊す
テンプスの視界に映るのは先ほどまでいた金属像よりも一回り小さい金属の像だ。
先ほどまでの金属質な鈍色の肉体の様子からは想像できないほどの黒いその肢体は先ほどまでとは比べ物にならないほどしなやかだった。
先ほどまでアリエノールにしこたま食らった攻撃の痕跡はどこにもない。そうだろうなと、テンプスは思う。これに攻撃を通すのは一苦労だ。
その体に残るのは肩と胸部についたかすかな焦げ目――マギアの魔術の一撃によるものだった。
それとて決して致命的とは言えない、軽打と見るの妥当だ。
「先輩!」
マギアの叫び声、オキュラスにはこちらに向けて再び緑の閃光を放とうとしてるマギアが映る。
「――
確認して叫ぶ、主語も何もない一言だったがその言葉の意味は彼女に伝わったらしい。
「――!わかりました!」
叫ぶや否やマギアがアリエノールを抱えてロータウン唯一の出入り口に向かって飛び出した。
これでいい、彼女の火力ではこいつの防備は抜けない。やりあえるのは自分とマギアだけだ。
しかし――
『またこいつとやりあうとは……!』
つくづく、過去の亡霊によく会う日だ――ここ二日、こんなことだらけだった。
内心の動揺を隠して、テンプスは高速で剣を振るった。
一呼吸四連撃、切り下げからのV字の切り上げ、左足での肝臓への蹴り、それを前提として右肩越しに放たれる溜めの効いた大振りの横薙ぎ。
そのすべてを、テンプスのオーラの白刃が切り落とす――五年前よりも遅い。どうにでもなる速度だ。
『遅くなってるな……浮いてもない。』
おそらく、自分が破壊したこれを回収して、ずさんな修理をしたのだろう。
この霊体が治したとするのならマギアほど腕のある魔術師ではない証拠だった。彼女なら遅滞なく治せるだろう。
突きを受け流し、柄を握る手を握りこんだテンプスが体をぐるりと回し、腰に相手の体を乗せる。
軽い浮揚、地面に向かって黒光りする金属の体が落ちる。
地面から立ち上る噴煙を切り裂くようにテンプスの体が後ろに向けて跳ねた。
一瞬遅れて、黒光りする剣が空気と煙を切り裂きながらテンプスが一瞬前にいた座標を貫く。
とりあえず、戦えている。過去の自分では手も足も出なかった相手との接戦はテンプスの胸にかすかな達成感と多大な違和感を残した。
『……なんで魔術を使わない?』
先ほどの壁抜けはこの金属像の機能ではない。であるならば、霊体が魔術を使ったのは間違いあるまい。
マギアは連発はできないとは言ったが逆に一発で打ち止めともいっていなかったはず、ここまでの戦闘でも何度かパターン的に魔術の攻撃を放つタイミングはあった。テンプスはそれに対処できるように動いたが――そもそも、魔術は使われなかった。
使っていればここまで接戦ではなかっただろう、この分なら生身ですら勝ち目があるほどだ……
『……いや、そういう腹か……?』
相手の考えはわかった。ずいぶんと子狡いことを考えるものだ。この男が歴史に名が残せなかったのもむべなるかなといったものだ。
とはいえ、生身のままでは火力が足りない。『
さてどうしたものか――と思案を始めたテンプスの眼前で、黒い金属像が突如として消えた。
想定していなかったパターン、とはいえ、何が起きたのかはわかっている。
「お疲れ、アリエノール先輩は?」
消えたはずの像のさらに後ろから歩いてくる人影――マギアに何事もなかったように声をかけた。
視線を下に向ければそこにはマギアが土の魔術で掘り上げた穴が、鋼の魔術でふたをされていた。
落とし穴だ、古典的でひどく子供じみているが突然現れたそれを躱すのは困難を極める。
「ステラさんに渡してきました。それよりなんです、あれ。」
マギアの疑問はもっともだった。
加工すらまともにできなこの鉱物はその硬度故、同じ鉱物――つまり
それで、生きる像を作ることなど――現代の魔術師が総出になったところで到底できない。
マギアにだっておなじ形にはできても、生きる像として動かすことはできない。それだけの一品だ。
断じて、青髪を名乗った三下魔術師に作れるような代物ではない。
「……昔々『不壊の王者』と呼ばれてた防衛機構だ、僕が五年前に壊したのを鹵獲したやつがいたらしい。」
「……また新しい武勇伝のネタが出てきてませんか?」
「武勇伝って程じゃない、爺さんのやり残した仕事を僕が片付けただけだ。」
「それでも十分……待ちなさい、おじいさま?」
驚いたように、マギアがテンプスを見つめた。その名が出てくるということは――
「――そうだ、あれはスカラーの遺物だ。」
それは、誰にとってもまずい事実だった。
太古に存在し、現在もテンプスの力として猛威を振るう力がこちらに向くというのだから。
なるほど、テンプスがアリエノールを逃がすようにいあった理由がわかる、あれを相手にアリエノール達が役に立つ光景が思い浮かばない。
「中心核に騎士の動きを模倣させたアグロメリットを収めて、動きを制御し、侵入者や敵対者を滅ぼす。そういう自立兵器だ。」
「……前生徒会長とやらのさしがねですか?」
「いや、だったらあんな不完全な状態じゃ使わん。」
「……あれで不完全なんですか?」
先ほどの戦闘もマギアの目には追えていなかったのだが。
彼女にとって目に見えるかどうかは重要ではないとはいえ、あれほど剣を早く振る生き物など1200年前でもそうそう見なかった。あれで不完全とは……
「五年前に見た時は一呼吸で八回は動いてたよ。」
「……どうやって勝ったんです?」
「罠と気合。」
それしかなかった、あの時のテンプスは今よりもはるかにひ弱で、エクスプレーネの力も十全に扱えていなかったのだ。
「じゃあ、なぜあんなものが?」
「……わからんが……首の傷からして僕が壊したやつなのは間違いない。複雑なんだよ、これが終わったら話そう。」
本当に複雑な話なのだ。祖父の死にもかかわる、さらりと流せることではない。
「……いいでしょう、ですが、あれがスカラーの遺物だとしたら、なんで魔術師に使えてるんです?」
「使ってるんじゃない、あれはたぶん『隠れてる』んだ。」
「……ああ、なるほど。」
言われて理解した、あれは、乗りこなしているのではない、中で膝を抱えて隠れているのだ。
戦うのはあの像――『不壊の王者』だ、青髪とやらは手を出す必要はない。つまるところ、これは暴れ馬を管理せずに暴れさせているというだけなのだ。
「あいつは防衛機構だ、脅威を感知して相手を攻撃する、さっきまで動いてなかったのはあいつにとって僕らが脅威じゃなかったからだ、だから――」
「自分の魔術で起動した。狡い真似を……」
あきれたようにマギアが告げる。
「じゃあ全員で逃げますか?」
「止めるだけならそれでもいい、あいつは脅威が消えるなら何でもいいからな。ただ――」
それでは、あの青髪とやらに逃げられる。
今回の件はかなり特殊な事例だ、今までのパターンに符合していない。どこかで何かが違う。
テンプスはてっきり、転生者が絡んでいるとばかり思っていたが……ふたを開けてみれば、いたのは転生者ではなく、霊体だけだ。
転生者であれば、何かしらの交換条件で手を貸しているのも考えられるが――なぜ霊体が今回の黒幕に従う?今回の黒幕が霊体に何をしてやれる?
『霊体を操ってるのか……霊体が協力しているのか……』
どちらにせよ、ここで
そうでなくとも、こんな作戦に賛同する霊体を逃がす理由はない――チュアリーにしたことの責任を取らせる必要があった。
それに――
「たぶん、なんか準備してるはずだ。」
「でしょうねえ、あの小狡い三下の事ですし。」
それが、魔術を使ってこない理由だとテンプスは判断した。
おそらく、拉致している間かあるいはチュアリーとの接触時に何かしらの魔術による罠を仕掛けているはずだと彼は判断していた。
彼女たちを殺そうとしたのはそれを手早く起動させるためだ。そのうえでそれが失敗したがゆえに、現在別の方法で罠を起動させようとしているのだろう。
「手っ取り早く止めるなら、破壊するのが一番楽だ。」
「まあ、そうなりますよね、わかりました。私はどうします?手伝った方がいいなら手伝いますけど。」
「……ステラ先輩の方についててくれ、ノワたちもいるんだろう?」
「ええ、影界で待機させました。何かあれば飛び出せるようにしてあります。」
「わかった。僕は――」
そういったのと、鋼属性の魔術でできたふたが破壊されるのは同時だった。
穴から飛び出すように現れる人影――不壊の王者だ。
穴の淵に着地し、そのままの域王でテンプスに向かって猛進する、まるで戦車の突撃のような気迫とともに駆け抜けるその影にしかし、テンプスは慌てない。
「――コンスタクティオン コンストルティ コンストラクション、我が求め訴えに答えよ――」
その手には、いつの間にか取りだされた時計がある――すでに、竜頭は回し終えている。
マギアが即座に真上に飛び上がり、テンプスが相手の殺傷範囲に入るのと胸に時計を押し付けるのは同時だった。
『――
告げながら、彼は横薙ぎの一撃を受け止めるように腕を構える。
縦のように剣と体の間に滑り込んだ腕は、誰が見ても切り捨てられるのが落ちになるように見えた。
ガキン!
しかし、実際はどうだろう?
不壊鋼によって形作られた剣は腕一本落とすことなく空中で止まり、ギリギリと音を立てて火花を散らした。
「――こいつを壊す。」
マギアに伝え損ねた一言が、空気に乗って立ち消えた。鎧姿のテンプスの裏拳が不壊の王者の頬をとらえた。
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