犯人はあんただ

「今回の一件はことのほか面倒な話だった。」


 鎖に縛り付けられた虜囚たちの中心で、テンプスは朗々と語り始めた


「なぜ、ステラ・レプスはさらわれたのか?なぜ、誰も彼女を見つけられないのか?一体、どんな手口だったのか?」


 それは、この場において、誰もが抱いている疑問だった。ただ一人、テンプスを除いては。


「去年の一件の報復か?財団のせいか?僕が逃げるときにマギアの使った魔術の影響か?」


 指折り数えたテンプスはしかし、首を横に振りながらそれを否定した。


「どれも違う。」


 まっすぐに、アリエノールを見つめる、添えrは彼女の考えと相反する意見だと、わかっているからこその行動だった。


「なぜさらわれたのか?彼女の血を欲しがってるやつがいるからだ、ここまでは去年と一緒。変わってるのはソムニ先輩が死んで相手がステラ先輩に代わったことだ。」


 そこだけが違う、あとは去年のそのまま、焼き直しだ。


「先生から聞いてるだろう?あの件には主犯がいた。諦めてなかったんだよ。財団が手を引いても諦めがつかなかった。」


 だから、今回もここを狙った。血に魔性を宿すものを多く包括するこの尋問科を。


「財団の仕業か?違う。あいつらは国際法院に手を出されかねないことはしない。それに、財団は去年、ステラ先輩の力を見てる。危ない橋を渡るとは思えん。」


 これもまた、去年と変わらない部分だった。


「なぜ、彼女を見つけられないのか?からだ。より厳密にいえば、探してない場所があるからだ。」


 その言葉に、アリエノールがかみついた――そうだろう、彼女はそういうしかない。


「ありえない、私たちは学園を含む町のすべてを検索し、彼女の不在を確認している。」


「そうだろうとも、去年もそうだった、君らは学園中を探し、いないとわかればその捜索範囲を町中に広げただろう。」


 それが、彼女たちの捜索手順だ。


 学園でもそう教えている操作手順は決して間違ってはいない、手が届く範囲から、それが終わってから遠方へ。


 間違ってはいない。ただ、問題があるだけだ。


「だが、探しているはずのない場所が必ず四か所、あるはずだ。」


 だが、その探知網には明確な穴がある。彼女たちも気が付いていないそれを、心理的盲点と人は呼ぶのかもしれない。


「……あー……そういう?」


 ドルミネが、気が付いたように語る――おそらく、テンプスと同じ発想に至ったのだろう。


「……どういう……!」


 アリエノールが遅れて気が付いたのか、目を見開いた。


 そう、単純な論理だ――


「わかったろう、あんたたちは学園のすべてを探した――あんたたちの執務室以外はね。」


 探している人間が探しているものを隠しているのなら、絶対に見つからない。


 だって見つける気がないのだから。


「各委員会の長には、尋問科の機密にアクセスする関係上、必ず個人の執務室がある……まあ、聞きかじりだからどんな場所かは知らんがね。」


 それは去年、彼の恩師に聞きかじった事実だ。


 彼はそれをあのギルドで思い至った。


 この町で最も隠された存在は地下闘技場亡き今、尋問科だ。


 街の誰しもが存在を知るが、同時に存在しか知らぬもの。


 その組織に属する一室が改造されたとしても、それは誰も知りえないことだ。


 だからギルドに記録がなかった。


 そして、彼女たちが探さなかった理由も明白だ。


 だって彼女たちは探す側なのだから。


 自陣営の捜査は自分がやったといえばいいし、他陣営の調査は自陣営がやるといって突っぱねればいい。各部署のトップ相手に文句は言えない。


 絶対に見つからない場所は、最も危険な場所だ。そこにいるはずがないと思う場所に隠せば見つかるリスクはない。


 例外があるのなら、友人であるアリエノールたち自身だが彼女たちは友人を疑わない――テンプスという体のいい疑念の矛先がある限りは。


「何を根拠に……!」


 ミュオが怒りに満ちた声を上げる――そりゃそうだろう、彼女はそういう人間だ。


「根拠はいくつかある、一番簡単なのはさっきから言ってるように尋問科がステラ先輩を探せてないことだ、尋問科に与えられた能力と装備で、財団でもない相手に遅れはとらないだろう。」


 それは事実だ、この町にいるごろつきでは尋問科は相手できない、例外は名声の魔女ぐらいのものだったろう。


「それに、これなら犯人がだれの目にもついてない理由もわかる。町に出てないからだ、学園内だけですべてを完遂した。」


 だから、町には手掛かりがない。だって町にはいないから。


「学園内で目にされてないのはさらう場所と監禁場所が近いからだ、さらってすぐに監禁場所にさらった。」


 監禁場所が犯人の執務室であるのなら、どれだけの時間中にいても疑われることはない。仕事をしているだけだと思われる。


「ならなんで、私らの装置にステラが映ってねぇ?ありゃ学園ぐらいなら範囲に入るぜ。」


 ドルミネが初めて憮然とした声を上げた。自分の同僚を馬鹿にされたとでも思ったのだろうか?彼女らしい。


「君らの装置の探知法は魔力の網を這わせて行う、それを遮断する技術があるんだよ――マギア曰く、占術防御だ。」


 テンプスはあっけらかんと、ドルミネが目をむくような一言を放った。


 事実なのか問いただすようなアリエノールの目にマギアがあっけらかんと答える。


「ええ、そうですね、ありますし私も使えますよ。」


 その一言に眉を顰めるアリエノールをしり目に傍らのマギアが一言「――ああ、なるほど。あれは、私たちを警戒してたわけじゃないんですね。」とぽつりとつぶやいた。


 そう、あれはマギアたちへの対策ではない。


 あれは「先進情報開発部の探知装置への対策」だった。


 あの装置は、基本的に魔力の網にかかったものの映像を映し出す装置だ。


 すなわち『マギアが扱った遠視の魔術と同様の術なのだ』あれは。


 ゆえに、ステラを探知しても映像が出てこないように占術で防御する必要があった。


 場所を指し示す魔術も同様だ、水を流せば、神聖を侵すことのできない存在はそれを探知できなくなる。


 そもそも探知の網に引っ掛からないようにするための措置だったのだ。占術防御の方はこの措置で不十分だった時の対策だったのだろう。


 そう考えれば、マギアの存在を知らなかったくせに占術防御を行った理由が説明できる。


 使える人間への対策ではなく、使える装置への対策だった。


「……それは、あなたたちの家でも同じことができるということでしょう?」


 アリエノールが、鋭い目つきで告げた――確かに、そういうことになる。


「確かにな、マギアは占術防御を使えるし、僕の家は君らの捜査も入ってない。輸送は影界でいい。ただ――そうなると、最大の問題がある。」


「何?」


「あんたたちの前に出てくる必要がない。」


「……」


 言われて、反論の声が止まった。


 実際そうなのだ。


 彼らには自分たちに探知不可能な領域への退避方法がある。そこにはたどり着くこともできない。


 であるなら、逃げることだけ考えるのならそこに籠ってしまえばいい。


 さらったその日から、彼らは一度も姿を現すことなく、事態が終わるまで待っていてもよかったのだ。


「……私たちにそうだと思われないためにそうしたのかも。」


 苦し紛れの反論は――


「失敗してるのにか?」


 ――一言でつぶされた。


 そうだ、彼は疑われていることがわかっているのだから、さっさと消えてしまえばいい。


 食料だって一瞬現れて盗んで消えるなり、やりようはある。


 テンプスが目の前に現れていること自体が、犯人の行動に矛盾しているのだ。


「……一定時間外に出る必要があるとか。」


「そんな半端な術は使いませんよ。」


「だそうだ――そうでなくとも、僕がここでのんべんだらりとあんたたちに推理を披露してる意味は?今日はまだ一度も使ってないし、マギアはさっきまで影の中にいた。僕もそれで隠れればいい。」


 いよいよ反論の材料がない。


「なら、誰がやったていうの。」


 ミュオがこちらに尋ねる。


 その顔には彼の推論への興味と疑いがないまぜになっていた。


 知りたくて仕方がないのだろう。ステラの場所と――何より、安否を。


「――さっきまでの話から分かると思うが、僕は犯人じゃない。犯人だとすると問題が多いからな。」


 だから、彼は順番にやった――先ほどマギアが傍らでつぶやいた時、彼の腕をかすかに引いた。四回、作戦成功の合図だ。


 スペシャルゲスト到着まで場をつながねば。


「じゃあ誰が、やったのか。ここで問題になるのは一つ、。」


 それが疑問だ。あのステラが何一つ抵抗しなかったことだ。


 そして、それはオキュラスで見た光景でもそう映っていた。


 そして、それができる人間はこの四人の中で三人だけだ。


「一瞬で接近し、高速で相手を制圧したってことだ。武器を使わずに――ミュオにはできない。」


 そう、不可能だ。


 彼女の戦闘能力は武器に依存している。白兵戦闘能力は乏しい。


「で、次の問題――場所だ。最後に目撃されたのは廊下だった。この位置から、風紀と先進情報開発部の執務室に向かうには生徒がまだいる可能性が高い教室前を通る必要がある。」


 だとすれば――残っているのはあと一人だ。


「で、だ。」


 テンプスの視線が、に向いた。


「僕は今、ここにいるの友人に疑いを向けてる、普段のあんたならいの一番に口をはさんでくるだろう、。」


 その少女は蜘蛛のような服を着た、まさしく姫君と呼びたくなるような少女だった。


「気になるんだろう?僕がどこまで知ってて、どこまでそれが正しいのかが。」


 だから、黙るしかない。


「――なぁ、チュアリー・クレセント。」


 その声に、彼女は何の反応もしない。さきほど とらわれた状態から、顔を伏せて、集まる視線から逃げていた。


「犯人はあんただ。」


 その言葉が、妙に重々しく空間にひびいた。

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