スペシャルゲスト
「――ありえない!」
ミュオが叫んだ。彼女ならそう反応する。
「チュアリーがステラをさらうわけがない!去年の一件の時だって危険だったのがわかってるのになんでそんなことしなきゃいけないの!」
まるで噛みつくように叫ぶ彼女の言葉を一見無視したようにテンプスは話をつづけた。
「最初に違和感があったのは彼女が僕を襲ってきた時だ。僕の容疑が確定してたわけでもないのに突然の襲撃、彼女の性格からすれば当然のことだ。」
「そうでしょう!彼女ならステラの事を考えてそう――」
「――なんでミュオを呼ばない?」
「――えっ?」
間の抜けた声が響いた。ミュオの声であり、同時に、この場にいる尋問科の人間の総意だった。
「あんたたちは同じ組織だ。立場も近い、なのになぜ呼ばない?」
「それは……」
わからない。
確かに、チュアリーは猪突猛進の娘で、考えなしのところのある娘だ――が、同時に、彼女は貴族会の最高権力者でもある。
しめるところはしめるし、同時に、できないことを他人に振る程度の度量だってある。
「去年もそうだったが、彼女はしくじれないところで暴走するわけじゃない。猪突猛進だが、馬鹿ってわけでもない。」
そうは見えないけどな。と余計な一言を付け加えながらテンプスはチュアリーを見た。
その顔はいまだに伏せられている――が、雰囲気だけでうしろめたさを感じているのがわかる。
「あの時もし増援を呼ばれてたら、僕もやばかったかもしれない。逃げきれても手傷ぐらいおっただろう。」
もしくは、どちらかを負傷させて事態をより泥沼にしたか。
どちらにしても、今のように話を聞く体制にならなかったことは間違いあるまい。
「なぜだ?なぜ呼ばない?利点がないだろう?」
実際、彼女はテンプスを取り逃がしたのだ。あれだけの損害を振りまいておきながら。
「言えないのなら僕が答えよう、呼べなかったんだろう?あんたは僕をあそこで、殺す気だったから」
それは、ステラの居場所を聞き出したい人間からすると致命的なミスで、同時に、彼女を隠したい人間からはとても利益のある行動だった。
「あんたはたぶん、僕がステラ先輩を探し出す危険性を考慮して、僕をあそこで排除したかった。去年、ソムニ先輩を見つけたのは僕だからな。」
あるいは、それは彼女にこの行動を強制している人間の思惑だったのかもしれない。それは不明だ――ただ、そう考えていただろうという事実があるだけでしかない。
「だから、僕が本格的に動き出す前に僕の口を封じに来た。マギアが影に潜れるのはあんたも計画外だったんだろう?人体の瞬間移動は現状可能になってないからな。あそこから逃げられるとは思ってなかった。あんたの感覚器なら、夜の闇で目が使えなくても僕を追えた。けど、影に潜られるのは計画外だった。」
だから、彼を逃がした。
彼女は焦ったはずだ。
追いたかったのかもしれないが――アリエノールが来てしまった。
追いかければ、確実にアリエノールもついてくる。殺すことはできない。
「で、あんたの行動がアリエノールにばれた時点で、アリエノールはあんたを作戦に加えた――勝手な行動をさせないためにだ。そして、その動きはうまく行った。」
だから、彼女は昨日、襲ってこなかった。ミュオとの接触時にも彼女が動いている様子がなかったのはそれが理由だ。
「たぶん、昨日一日、彼女は自分の執務室に近寄ってないはずだ。違うか?」
「……そう、ね。一日、風紀委員の部屋にいて、調査状況を確認していたわ。」
そうだろう、彼女は自分の執務室にはいられない、あそこは、今、ステラをしまい込んだ牢獄になっているのだから。
「……あの日、お前を襲ったのは私がお前の話をしたからだ、それまで、こいつはお前のことは知らなかったぜ?」
「そ、そうだ、風紀から話をおりてなかったし、聞いたのが急だったから呼べなかったのかも……」
ドルミネがかばうように言う言葉に、ミュオが便乗する。その言葉にはどこか自信がなくなってきているように聞こえた。
「ならもっとおかしいだろう。『なぜ僕を監視しない?』」
そして、それを見逃すテンプスでもなかった。彼は優しいが、だからこそ、このまま、チュアリーを罪悪感の檻に閉じ込めるつもりはなかった。
「僕が疑わしい、それは共通の認識だ。だから風紀も生徒会も、
話のつじつまが合わない。
「チュアリーの性格なら、一番最初に僕を監視するのは彼女のはずだ。情報が下りてこないのなら特に。なのに、彼女は何もしてこなかった、何もだ。」
去年見た彼女の性格上、あり得ないことだ。
「なぜか?簡単だ、知られたくないことがあるんだ。貴族会に。」
おそらく、ステラの不在は尋問科の人間全員が知っていた。そして、そのうえで貴族会に知られたくないことは――
「自分の部屋にステラ先輩を隠してる以上、あの部屋に『報告』の名目で、入られるのを避けたかったんだろう?だから、貴族会に監視をさせない。」
万に一つでも、執務室に入れるわけにはいかない。だから、彼女は情報を得られない。
「だから、ドルミネに会いに行った。先進情報開発部は尋問科でも新しい部署だから、貴族会を止められない。そこまで考えて動いた。」
「……ま、否定はできねぇな。」
ドルミネが顔をしかめて同意する――確かにあそこでチュアリーを止められたかと言われると無理だった。
「じ、じゃあ、じゃあ、なんでこんなことしたの!チュアリーには動機がない!」
「確かに――なんで、あんたがこんな真似をしたのか。そこが問題だ。」
それが、彼には一番の疑問だった。彼女は自分と友人なら友人をとるだろう。ではなぜ、彼女はステラをさらったのか?
「僕が知る限り、あんたは――というか、あんたたちは自分の身柄と友人の身柄なら友人をとるタイプだ。なのに、今回、あんたはなぜかステラ先輩をさらったのか。」
自分の身柄ではない、洗脳であればテンプスと初遭遇時、マギアかテンプスが気が付く、では何か?
「――魔術でも、命でもない、だとしたら、可能性あるのは同じだけ大事なものを天秤にかけた時だ。」
ピクリと、チュアリーの肩が震えた。
「それしか考えられない、だとしたら、それはたぶん人か――あるいは家だ。物って線も考えたがそれはないと思った。物ならあんたたちは捨てられるからな。」
実際、去年彼女たちは自分たちの武器を売り出してまでソムニ先輩を救おうとしていたと、テンプスは先生から聞いていた。
「どっちかはわからなかった、だから調べた。」
そのために、昨日一日が使われた。儀式まで三日だというので、急ぎで調べ上げる必要があった――ルフとキャスにはかなり無理をさせてしまったし、マギアたちにも相応に苦労を掛けた。
「あんたがステラ先輩と天秤にかけるほどの相手なら家族か、親しい人間、それこそ、会の役員クラスだ――ところで、あんたのところの副長は、今日顔出してないんだなチュアリー。」
チュアリーの顔が引きつる。
「確か……オラ・パウロニアだったか、あの人はどこで何をしてる?」
「……」
「副会長ともあろう人間がこの騒動に際して、何日も失踪していれば確実に他の委員会にもばれるはずだ、だが、ばれた様子はない。ってことはたぶん監視付きでいつでも殺せる状態だったんだろう?そして――」
そして、学園に泳がされていた。相手は占術を使える、副会長を監視することなど造作もあるまい。
「ステラ先輩はご承知おきの通り、化け物じみた能力がある、肉体の耐性も普通の拷問や問題なら自力で何とかできる可能性がある。そうでなくても、事態を収拾した後に彼女を助けられるかもしれない。何かをされても無事かもしれない。」
そんなか細い可能性に賭けるしか、彼女にはないのだ。
「だから、彼女を売った。」
その一言が重く響いた。
「――そんなの証拠がない!全部あなたの推測、妄想でしょう!チュアリーがそれをやったっていう証拠は!?」
ミュオがことさら大きい声で叫ぶ。彼女は最後まで反証するだろう。わかりきっていた。
「ない。だからここから先はチュアリーの善意に従って話してもらうしかない。」
「犯人じゃないのに、なにを話せっていうの!」
「そこは、話の内容次第だ――話しやすいようにはしておいたんだが。」
テンプスが再び時計を見るのと、彼の頭上からかわいらしい声が降ってくるのは同時だった。
「――お待たせ!来たよ!」
空から響くその声の主は太陽を背にした――馬だった。
ゆっくりと降り立つその馬は背に翼を生やし、その背に誰かを乗せているようだった。
「郵便だよ!ちょっと大きいけどね。」
ゆっくりと蔵から降りながらそういった少女――のように見える少年アトルバス・アドゲンは、いつものように可憐に笑った。
「お疲れ。あいからわず、君の愛馬は派手だな……」
「ふっふん!僕の相棒だからね!」
そういって胸を張ったアトルバスの傍らで、マギアが珍しいものを見たように目を細めて言った。
「ほう、ペガサスですか。今の時代珍しいでしょうに。」
それは幻想の領域の生き物、今はほとんど存在しない天上界の生き物と交わった馬の血を継ぐもの――ペガサスだった。
「ん、まあ、無駄に長いうちの歴史の一ページってやつだよ。それより――」
そういいながら、彼は背に乗っていた二人の少女に手を貸しながら地面におろした――そんな仕草も同に入っているあたり、彼の実家たる騎士家としての教育のたまものだ、テンプスが待っていたスペシャルゲストの到着だった。
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