「――それは断る」

「――マギア。」


לשבור את הקיפאון停滞を解く מַהֲלָך動け!』


 気が付いた時には、マギアは手印と呪文を叫んでいた。


 輝き、安らぎと静謐さを宿す鎖が、どこからともなく現れ、体を地面につなぎとめる。


 שלשלאות של גן עדן天上界の縛鎖だ。名声の魔女を拘束したあの鎖が、彼らを包囲していた各委員会の役員を拘束した。


「!?」


 驚きを隠せずにアリエノールが周囲を見回す――全員拘束されていた。


 


 いやでも気が付いた、初めから、この場所に仕込まれていたのだ。


 いつから?どうやって?なぜ?


 彼女とて、何の抵抗もなくテンプスがつかまると思っていたわけではない。


 相応の抵抗は覚悟していた、そのために自分も出張ったし同時に自分と同程度の技量の人間を用意した。


 しかし――それも、すべて読まれていたというのか?


 この場所に誘導することすら?情報が漏れたのか?どこから?


 いや、そんなことはどうでもいい、何をするにせよ、この校則から抜けなければ……!


「ああ、無理に動かない方がいいですよ、その鎖、あなたの筋力を奪いますので、下手に動き過ぎると自重が支えられなくなりますよ。」


「!」


 鎖の発生者であろう少女――マギア・カレンダは関心がありそうなふりをしながら、アリエノールにそういった。


 実際、体を動かしてみてわかる、普段よりも明確に、力が入らない。


 またしても、不可解な魔術だ。自分たちが知っているものよりも高度で、かつ、系統に入っていない魔術。


「……この鎖、そんな効果あったの?」


「ええ、魔女の時はテッラさんを巻き込みかねなかったので使いませんでしたが。魔術も効きませんよ、自分の体に掛ける分には起動しますが鎖には掛かりません。」


 つらつらと新事実を告げ、「私の魔術ですよ単なる鎖のわけがないでしょう」と一言言い添えて胸を張る少女に苦笑しながら、アリエノールに向き直る。


 彼女から放たれる視線は明確に敵意を宿し、


「どう、して!」


「そこは先輩に聞いてください。私は流れでここに魔術を仕込んだだけです。」


 言いながら視線を流してくるマギアのセリフを継ぐように、テンプスはアリエノールに告げる。


「まず……あー……明るいな、消してくれん?」


 顔をしかめての一言に、マギアの指が一つなる。


 耳朶を打つ響きと周囲を照らしていた灯火の魔術がこの世から消え去るのは同時だった。


 眩しいすぎる光を消え去り、テンプスの周りに色が戻った。


 あたりを見回せば、自分の計画がうまく行ったのがわかる。


 自分の周りには投光器を囲うように鎖に縛られた尋問科の人間が多数存在した。


 おそらく投光器のスイッチだろう物を持って鎖に縛り上げられているドルミネ。


 をかばおうとしたのか不自然な格好で地面に縫い付けられるように地面に付しているミュオ。


 この地区にあった記憶のない像の隣で囚人のように全身をぐるぐる巻きにされたチュアリー。


 そして、こちらを見ながら、石畳を引っぺがそうとしているアリエノール。これが魔術的に固定されている状況でないのなら、今頃石畳などたやすく砕かれていただろう。


 指を立てて、あたりを囲んでいる人数を数える――想定通りの人数だ。どうしたものかと思っていたが……


「どうも――別に大したことじゃない、君らの思考パターンから考えれば当然の動きだ。」


 それは、昨日、ミュオから逃げ出した時から計画していたことだった。


「僕は影に逃れることができる、マギアがいてもいなくても、あんたらに最も厄介なのはそこだ。」


 それは物質界での追跡のことごとくを無効にしてしまう反則じみた魔術の極みだ。あれをされればこの時代の人間はほとんど抵抗不能になる。


 だからこそ、彼女たちが嫌うのは影に下られることだ。


「だから、影が現れない場所に僕を導くと思った。学園内じゃない、僕とあんたがもめて、校舎が無事に済むなんてあんたも思っちゃいるまい。だから、確実に、学園外に僕を導くと思った。学園に誘い込めないのはわかってるだろうしな。」


 そして、影ができない場所とはどこかといえば――


 光があれば影はできるのだ。どうあってもその物理法則には勝てない。


 この時代の人間にできるのは影をできるだけ薄く、小さくすることだけだ、そしてそれを可能にするのは――


「――投光器だ、それしかないと思った。昨日、生徒会長に会った後に投光器が置いてある場所に向かって探って、動かした場所を調べた。」


 ターシャス・オキュラス第三の目を使えば造作もなかった。


 ロータウンには向かわない確信があったのだろう、実際、今回の件にこの場所は何の関係もない。


 だから、ここに誘い込まれるまで、気づかれないはずだと彼女たちは思った。


「あとは簡単だ、投光器がここに設置されてるのがわかったから、罠を仕掛けてもらった。」


 それが、今回の仕掛けのすべてだ。


 本調子になればこんなものだ、焦りすぎはよくないと、事ここにいたって思う。


「……そう、結構な、ことね!」


 言いながら、アリエノールは強引に立ち上がろうとしている――が、うまく行く兆しは見えない。


 彼女を地面につなぎとめる鎖は強く、それでいて頑健だ、そうやすやすとはがせるものではない。


「……で?私らの事拘束して、どうする気なんだよ。」


 そう、テンプスに問いかけたのは、先日出くわしたドルミネだ。


 抵抗する気もないかのように鎖に絡まって体を預けている彼女はどこか楽し気にそういった。


「どう、と言われてもな、あんたらが思ったよりも早くはめてくれたもんで、こっちの準備がまだできてないんだが――」


 ――悪寒。


 去年食らったものと同じパターン、即座に体を傾ける。


 次の瞬間、砲撃が石畳を砕く。


 マギアの顔がかすかに驚愕に歪む――彼女の探知範囲外からの攻撃だった。


 裁定でも二キロ以上――


「――ああ、カレンか?去年と変わらずいい腕だが……」


『――!』


「――あいにく僕も去年と同じってわけじゃない。」


 ドルミネのつけた腕輪――鈴なりの声の通信具から、振動が生まれる、おそらく、行動不能を伝える音声。それがルフの攻撃によって引き起こされたと気づけたのはテンプスとマギアだけだ。


「――っち、やっぱ無理か、去年も気づいてたしな。」


「去年は躱せなかったがね。」


 苦々し気なドルミネの声、彼女はこういった人間だ。気がいいし、頼りになるが、依頼のためなら人を切り捨てられる。


 彼女が依頼に反して動いたのは唯一ステラがさらわれた時だけだったと、テンプスは先生に聞いていた。


「うちの後輩無事かよ。」


「拘束させてもらっただけだ。そのうち動けるようになるさ。」


「ふーん?ま、しょうがねぇか、で?マジでなんでこんなまどろっこいことしてんだよ。」


 探るように、ドルミネの声が響く。


「私たちの事、財団にでも売る気なんでしょ!?ステラちゃんみたいに!」


 チュアリーの罵声。彼女にしては珍しく、力ずくで拘束から抜ける気はないらしい。


「……」


 無言で、こちらを睨むミュオからは、明確な敵意と攻撃の意思を感じた。引き金に掛かっている指もまとめて拘束されていなければとっくに頭に向かって攻撃を放っていただろう。


「……なんだっていい、あなたを拘束できればそれで答えもわかる。」


 アリエノールは言いながら、体を震わせて鎖を引きちぎろうとしている。


「……さて、どう、と言われても困るが――まあ、時間はあるしな、種明かしと行こうか。」


 言いながら、テンプスは彼の時計を取り出す、正午過ぎ、マギアの方を見れば首を横に振った、終了の連絡はまだ来ないらしい。


 失敗することはなかろうが……まだ少し時間がいる、最後の手品は時間がかかるのだ。


「まず第一に、僕の事を犯人だと思ってるらしいが――それは違う。僕は犯人じゃない。」


「犯人はみんなそういう物よ。」


「無実の人間もな。まあ、信じてもらえるとは思ってないが。」


 これで話が済むのなら、そもそもここまで大事にはなっていないだろう。


「あんたが僕を疑ってるのはスカラーの能力があるからだろう?前任の生徒会長の影響……らしいな。」


「!」


 驚いたように目線が鋭さを増す――アリエノールだけではない全員のものがだ。


「別に、そこに思うところはない――使い方が悪いスカラーの技術が何をしでかすのかは僕が一番知ってる。」


 内心で、想像したくない過去が能力によって想起される。


 前生徒会長が自分よりも優秀なスカラーだったとは思えないが、だからこそ悲劇を生見えるだろうとも思っていた。稚拙な技術はお往々にして問題をもたらすものだ。


「……そうよ、あなたには実行できる能力がある。そして、その技術を持っている人間はささやかな実験と評して人になにをしでかすのかわからない部分がある。」


 鋭さを増した視線を受け止めて、テンプスは肩をすくめる。


「言いたいことはわかる――が、実行できる能力を持った人間が必ずしも犯人ってわけじゃない。それに、実行できるかどうかで言うのならあんた達だってそうだ。」


 その一言に血相を変えたのはチュアリーだ。


「何が言いたいの?砕くよ?」


「わかってるだろう?つまり――」


「私らの中に犯人がいるってか?」


「――そういうことだ。」


 視線が殺意を帯びてきた――まあ、普通そうだろう。犯人に友人をけなされればそうもなる。


 だが、これが事実だ。少なくとも、テンプスはステラをさらっていないし、彼女がさらわれているのは間違いがない。


「信じられないだろう、信じる理由もないだろう、だから――一つ一つ暴いていこう。」


 そういって振り返る彼を、アリエノールはひどく敵意に満ちた目で見ていた。

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