廊下にて
「
生徒の一人もいないわびしい廊下にテンプスの声が響いた。
言葉のから発される振動のパターンが骨と皮膚と空気を揺らし、眼鏡に秘められたパターンの力を呼び起こす。
銀灰色のレンズが、再び不可解な力の働きで瞬間的に透過性を取り戻す。
そのレンズの色はどこか緑がかっている。
次の瞬間彼の視界に映ったのは、この廊下で起こされた磁性体の記録だった。
『
彼の視界に色のないステラ・レプスが現れる――その姿は彼女の部屋で見たものに比べて遥かに鮮明だ。
あの部屋で見つけ出したステラの磁性体を探知し、その中で最も新しいものを見つけ出す試みはうまく行ったらしい。
前生徒会長が魔法使いかどうか確認したのはこれが理由だった。
魔法や魔法の道具はスカラーの技術とまったく別の技術体系で動いている。魔術の源流であり、より不可思議に近いあの技術ならば磁性体の痕跡は消せる可能性があった。
スカラーの技術で消されているのならどうにかできる可能性はあった、逆行解析は十分に可能だ――が、魔法による消去の場合、それができるかがわからない。
最悪の想定はそれだ。魔法が相手だと、マギアの知識も十全に力を発揮できない。
「
その付近の磁性体を同時に再現させる――これで事件のすべてが見えるとは思っていないが、それでも確認しておくべきだろう。
周囲の風景が再びゆがみ、ステラの磁性体の脇にもう一つの磁性体が現れる。
そこに現れたのは顔のない怪物だった。
本来、この『
ステラの部屋で彼女の容姿で表示されたのは、過去に彼女をとった写し絵を
だった。
そうでなければ今の映像のようにわかることは、背丈と体系だけだ。性別もわからない。
相手の背丈は――テンプスの顎ぐらい。
遠目でマギアを見つめる。ステラと同じほどの彼女の背丈はテンプスの胸ほど、明らかに高い。
過去の残響は何やら話し合っている様子を映し出している、表情から見て単なる会話。内容は不明。
「
会話の調子が早くなる、映像を再現する機構に機能的な加速を加えた。
おそらく数分続いただろう会話が、数秒で終わりを迎える。
「
加速が終わる――二つの残響が離れた。
ステラが背を向けて離れる、相手も同じように背を向けた。
これが目撃者か……あるいは……
映像が続く、テンプスの目の前からステラの姿が消える――視界の外に出た。
視線を動かせば、彼女が歩き去っていく。方向は本校舎、相手と反対に歩いていく。
こちらを不審者を見る目で見ているマギアを通り抜けて、本校舎に入る。
そのまま、彼女は歩き、校舎の中に歩きこみ、外部から見えなくなった瞬間――
「!」
そのタイミングで、背後から一歩で彼女の背後をとった相手が振り向く隙すら与えずに首を絞めた。
驚異的な脚力。常人の脚力ではない。
接敵して数秒、首に腕を絡み付け、強く締めあげて――ステラの目が白く染まる。
脳に血がいかずに失神、ぐったりと脱力した彼女を首を絞めた残響が抱えて歩き去る――その手つきはどこか優しい。
一瞬の早業。ありえないことだ。
彼が知る限り、これほど早くステラを制圧できる人間は少ない。
異様な脚力、制圧の速さ、そしてその影の進む先は――
『ふむ……まあ予想通りか。』
これで推論はほとんど事実になった。この分ならノワとタリスの頼みごとの方がうまく行けば明日にはステラを救えるだろう。
問題は――
『理由がわからん。』
彼が去年見た彼女達とは明らかに行動がおかしい。
操られている――とも考えたが、それにしてはここまで接触した彼女たちに相反するパターンは見られない、唯一の例外はアリエノールだが……犯人は彼女ではない。
『……可能性があるのは二人だ、その二人に、今調べさせた範囲で疑問に思う点はない。』
だとすると――
「人か、家か……」
あるいは両方か……どちらであれ、あり得る話だ、相手は財団を動かせる人間だ。
「……ルフとキャスをそっちに向けるか……」
そういいながら、テンプスはもう一度映像を戻し、一から映像を確認し始めた。
「――では、計画通りで行けそうですかね。」
「ん、大丈夫、作戦は話してある。」
「快諾ってやつだった、よ。」
「ふむ……まあ、あの二人ならそうでしょう。同業者の方はどうです?」
「そっちも大丈夫、監視しててくれるらしい。」
「逃げたら、拘束するって。」
「それなら……まあ、逃げられることもないでしょう。」
合流したノワとタリスの報告を聞きながら、マギアは顎に手を当てて思案する。
最初、二人と別れてテンプスの計画を聞いた時は首をひねったが、確かにその通りに物事は推移しているらしい。
相変わらず調子が出るとするすると事件が解決するものだ、その知性でもう少し自分の事を考えてくれると周りとしても安心なのだが……
「――で、兄さんは何してるの?」
ノワの一言に思考が現世に戻る――確かに、一見すると今の彼の行動は異様に映るだろうなと思っていた。
少し離れた廊下の真ん中に位置しながら視線を少し下に落としたテンプスは、その場できょろきょろと何かを探すように視線をさまよわせたかと思えば、じっと空中を見つめて、何かを見つめているように目線を細めていた。
時たま何かをつぶやくように唇に手を当て、動かす様や腕を自分の顎や胸に手を当てて何かを確認している様子は何かの妄想にとりつかれているようにすら見える。さもなければ何かの儀式だ。
その光景は、見えない何かと戦っているかのようで、外から見れば確かに異様に映ったことだろう。
「私も細かい部分はわかりませんが、何でも過去を覗いてるそうですよ、あの眼鏡の効果らしいです。」
「……あれ、幽霊が見えるとか言ってなかった、け?」
「ええ、それ以外にもいろいろできるそうです。過去が見えて、隠し扉がわかって……も、物が透けて見える……とか何とか言ってましたね。」
一か所言いにくそうに、マギアが言う。どうしても、よからぬ使い方が頭に浮かんだ。前にいたずら心でテンプスの体を覗いたのがよくないのかもしれない。
「……それ、すごいんじゃ?」
「ええ、まあ、私が作れる眼鏡よりは明らかに高性能ですね。」
珍しく――本当に珍しく、マギアが負けを認めた。
内心でその事実に驚きながら、ノワがからかうように言葉を発した。
「姉負けてる。」
「道具を作るのは本業じゃないから仕方ありませんよ。それに、あの眼鏡のフレーム作ったの私なんですから、半分は私の功績ですよ。」
「……本気で言ってる?」
「……五分の、一……ぐらいは私の功績でしょう。そこは譲りませんよ。」
ばつが悪そうにそういった、無理筋な一言だという自覚はあったらしい。
「ん、十分の一、ほとんど兄さんが作った。」
「せめて七でしょう、さすがにフレームにだって結構細かい細工があって大変だったんですよあれ!」
そういって、もめ始めた二人に苦笑しながら。テンプスは検証を終えて彼女たちに合流した。
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