去年と一緒で
「どこから、手に入れたのかは知らん。」
静かに、シンケが言った。
「私が学園入学の時点で、あの女はすでにこの学校で一定の権利を得ていた。」
苦々しいその顔は明らかにその話をしたいと思っていなかった。
「我々より一年前に入学を果たしていたあの女はすでに尋問科のすべてを掌握していた。信用のできる人間の皮をかぶり、何を考えているのか、何を企んでいるのか誰も気がつななかった。学外のものも、学内のものも、私もだ。」
遠い目、過去を悔悛にしている目だ。
「そして――あれが起きた。」
「二年前のもめごとか。」
「そうだ、詳細は話せん。巻き込まれた人間が多すぎる、許可なく話すのは……あまりにも無礼だ。」
そういって、むっつりと黙り込んだシンケをテンプスは責めない。
無理に聞き出そうとは思えなかった。テンプスにだって、人に知られたくない過去は吐いて捨てるほどあるし。人に知られるぐらいな死にたいと思う過去だってある。
それを無理に聞くのはたとえ、それが、どんな人間であっても許されることではないと思っていた。
だから代わりに、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「風紀が、僕への嫌がらせを黙認してるのはそれが理由か。」
それは去年――もっと言えば、入学してひと月もしたころから感じていた違和感。あたりを見回せば、すぐに気が付くような……そんな、単純で簡単な話。
テンプス・グベルマーレは風紀委員の人間と話したことがない。
それは、この学校において実のところそれほどあり得ることではない。
この学園において、風紀委員というのは二種類ある。
尋問科の人間である風紀委員と通常の生徒の集まり――ということになっている生徒で構築されている風紀委員だ。
それら二つは水面下でつながり、まったく同じ人員で構成されているが、同時に、まったく異なる性質を持つ。
表向きの風紀委員は生徒の管理を行う、尋問科の人間が仕事をするときに使うとされる特殊な装衣を切ることもなく、顔を出して学園生活における治安の維持を目的として活動している――ふりをして、本来の仕事に関する情報を集める。
尋問科としての風紀は――まあ、わかるだろう、今、テンプスに行われているようなことをするのだ。
そして、通常の学園生活において、風紀委員会とまったく会話をしない生徒はまれだ。
教員に手を借りるまでもないもめごとの鎮圧や服装規定などの規律を順守させる立場である彼女たちと会話を行わないのは難しいことだ。
ごくささやかな規律違反でも話してくる彼らは口うるさい敵であると同時に、教員以外で一般生徒を守ってくれる最後の砦だ――少なくとも、一般の生徒はそう習う。
ジャック・ソルダムの一件で権威を落としてはいるが――それでも、困っている生徒にとって、その評価は変わらない。
が、テンプスは去年の一件を除いて、風紀委員と話したことがない。
規律に違反していても何も言われたことがない――まるで、存在しないかのように。
つまりそれは、テンプスに対して規律を乱す行為があっても何も言わないということに他ならない。
だから、テンプスへの嫌がらせはやまない。本来取り締まる人間が彼に対するものだけ見逃すから。
だから――この学園の生徒は、テンプスを殴りつける、誰にも咎められないから。
「……そうだ、あいつの部下がな。報告を握りつぶしている。アリエノールは気づいているのかもしれんが……」
わからない。
そう言いたげな顔には、にじみ出る嫌悪があった。アリエノールにではない、それ以外の風紀委員へのだ。
「学園を、やめてほしかったのか。」
「どうだろうな、内心まではしらん、が、アリエノールはお前を警戒している。」
「……忖度か。」
頼りになる風紀委員長のために、彼女の敵を排除したいわけだ。
そう考えると、何もかものつじつまが合った。
「……僕はどこでも――」
歓迎されないな。
と言おうとしたテンプスの言葉いかぶせるように、鈴が転がるような声が響いた。
「私たちは大歓迎ですけどね。」
放たれていないはずの言葉を否定する声の方向に目線を向ければ、そこにいたのは胸に彼の送った水晶華をつけた後輩の姿があった。
「そろそろ出ましょうか先輩、ノワとお母さんもこっちに合流するころでしょうし。」
そういって、マギアが出口を手でしめす、レスピアがいるからか心持仕草が上品だ。
その姿を見ながら、内心で思う――怒ってるなぁ。と。
一秒でもここにいたくないと言いたげな気配、拒否はできそうもない。
「……そうだな、聞きたいことは聞けたし。」
去年から続く疑問は氷解し、テンプスの想定よりも状況が悪くないことも判明した。
これで、前生徒会長が魔法文明の信奉者だといわれていたら、パターンを組みなおす必要があったが、それはないらしい。
「……あの女は関わってるのか?」
立ち上がろうとするテンプスに、シンケの声が刺さる、その様子に攻撃の意図は感じなかった。
テンプスの目論見通り、妹の前でこちらともめるつもりはないらしい。
「……ああ、ただ、たぶんさわりだけだ」
そういった直後に、シンケを走った安堵をテンプスは見逃さなかった。
そして、その気配が一瞬で消えてしまったこともだ。
感じた安心にふたをしたシンケはテンプスに声をかける。
「なぜそう思う?」
「あの女が絡んでるのなら、対策委員会を僕には近づけない。ステラ先輩が消えたと僕にばれる。あの女に僕とけんかする気はない、それに――」
「それに?」
現代に占術を扱えるものはおらず、探すとしたら危険なのはテンプスだ。そして、テンプスのことを知っているものは魔術の防御などしない、前生徒会長はテンプスに魔術が使えないことは知ってる。
無駄が多すぎる。大がかりな方法で魔術に探知されなくはしているがそれ以外がおざなりだった。
そう言おうとして、相手がマギアではないと気づいた。話せる情報には限りがある。転生者の事を話せない以上、占術防御についても語るべきでもあるまい。
一瞬、言葉を探して視線をさまよわせる――何を言ったものか。
「――スカラーの技術が使われてるのなら僕にはわかる、今回は使ってない、相手は魔術師だ。スカラーの人間は魔法も魔術も使わん。」
結局、相手に真偽の伝わらぬ内容でお茶を濁すしかなかった。
「……なら、誰だ。お前か?」
「僕が魔術か?冗談だろう――目星はついた。」
「誰だ?」
「証拠がない段階で名指しはしたくない。それに――あんたも、ある程度あたりはついてるだろう?」
そういってシンケを見れば、彼女は複雑な表情でイスに沈み込んでいる。わかっているのだろう自分がだれを疑うべきか。
ゆっくりと腰を上げる、レスピアがこちらに振っている手を振り返しながら、テンプスはシンケに声をかける。
「ああ、そうだ……ステラが最後に目撃された場所は?」
「部室棟と本校舎を結ぶ渡り廊下だ。」
「……来賓室のあたりか、わかった。」
想定通りの位置だな――とゆっくりと、部屋を出る階段に向かいながら考えて、ふと思い立った疑問が口をついて出た。
「最後に一つ、個人的な疑問だ、答えなくてもいい。」
「なんだ。」
階段と部屋を隔てる入り口で、テンプスは振り返りながら一言告げた。
「――なんで、顧問に話してない?対策委員会に口止めまでしてるな。」
その一言に、シンケのこめかみが動いた。
「……なぜ、話していないと思う?」
「聞いてればあの人の事だ、確実に動いてるだろう、僕のところに来るはずだ。なのに、来てない――言ってないんだろう、ステラ先輩が消えたこと。」
それが、尋問科の顧問という者だ。そう、彼は去年、先生から聞いていた。
「危険だから自粛したとは考えんのか?」
「それこそまさかだ。あの人は『生徒のため』なら、危険なことにも首を突っ込むさ。」
「――お前にはやってないのに?」
そういわれて苦笑する――確かにそうだ、だから、先ほどもこういった。
『僕はどこでも歓迎されない』と。それは何も生徒の中だけの話ではない。
「僕は例外だろう。」
「だからだ。」
吐き捨てるように、シンケが言った。
「あの男は例外を作る。いともたやすくだ。あれは『先生』とは違う。」
言われて思い出す――念願の教職を、ソムニという一人の女生徒のために捨てた、自らの恩師を。
「ステラを例外にさせるつもりはない。対策委員会から二人も殉職者を出す気はない。」
吐き捨てるその言葉が、彼女のスタンスのすべてなのだろう。
だから、テンプスをここに呼んで、話も聞いた。
強硬策に出たのも、安全確保のためだ。危険人物だと思ったから、強硬策に出た。
生徒会の人間を誰もこの部屋に配置していないのもその一環だ。
危険だから、この部屋に配置するのは自分だけ。
それが、彼女が『最も支持率の悪い生徒会長』である理由であり、その指示率で生徒会長ができている原因だった。
リスクの高い選択肢を他人に踏ませたたがらない女。
それが、『最も支持率の悪い生徒会長』シンケ・リターテだった。
「生徒会長。」
だからつい、口をついて出た。
「……なんだ?」
「――信じろ、去年と一緒だ、何とかする。」
いつものようにそういって、テンプスは笑った。マギアが横であきれているのを感じた。
そんな彼に目線を向けずに、生徒会長は一言。
「……信用せん程度に待っておく。」
とだけ答えた。
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