彼に連なる罪

「ふふん、どうだ!」


「おっ、やりますね。とはいえ、負けません、よ。」


「おー、頭いいねマギマギ。」


「……さっきから思ってましたがそれは私の略称ですか?」


「そだよ?」


「……ま、いいですが、じゃあ先輩へのテンプーとかいうのも?」


「うん、テンプスってなんかこう……声に出すとおならみたい。プスーッテカンジ。」


「あー……さ、さすがにおならは先輩に失礼ですよ……?」


 ――何とも気の抜ける会話が、部屋の隅の壁際から響く。


 金髪の少女――いや幼女か?――レスピアと全身白の美少女マギアが何やら遊戯に興じるその声は、何ともほのぼのとしたものだった。


 レスピアの一声で矛を収めた生徒会長とテンプスの間にはすでに机が置かれ、片隅で繰り広げられる小さな遊戯会を見つめていた。


 さすがに妹の居るからだろう、マギアの子供さばきはうまいものだった。


 褒めて、否定せず、一緒に楽しむ。見ていても問題があるようには見えない。


 問題があるとしたら見つめている生徒会長の様子だった――手が出るかなりギリギリのラインだった。


「あー……いい……すごくいい……」


 楽しそうなレスピアを何やら恍惚とした顔で眺めているのシンケを、テンプスはずれた眼鏡の弦を二度たたいて直しながら苦笑交じりに眺めていた。


「……去年から変わらんね、あんた。」


「変わるはずがなかろう?うちの妹は常にかわいい。」


「……気持ちは、わかるけどな。」


 同じく、兄弟を持つものとしてその気持ちはわかるのだが……


「あー……いい……すごくいい……レスピアかわいいよレスピア……」


 ……これはいささか以上に問題な気がしてならない。


 かすかにあの用務員に近い雰囲気を感じるありさまだ、彼女が妹――ということになっている――でなければ警邏か騎士につかまって牢獄にぶち込まれそうな顔だ。


「……ほどほどにしろよ?」


「家族に向ける愛にほどほどなどあるわけがなかろう。あー……すごいい……」


 そういって一瞬だけきりりとした顔に戻る彼女をしり目に、テンプスは机に肘をつきながら、レスピアを見ながらもう一度弦をたたいて眼鏡の位置を直した。


 向こうのテーブルでは最後の一局が始まっている、レスピアの退屈がこれで晴れればいいがと思っていた。


「こうなると思ってのこのこと来たのか?」


 突然、シンケから鋭い声が響いた。


「……全部わかってきたわけじゃない。ただ、去年の様子を見てればあんたはたぶんあの子を置いてこないだろうとは思ってた。」


 それは、去年からわかっていたことだ。


 彼女のあの少女に対する態度は明らかにおかしい。


 まるで、金庫の中に入れて、かたくなに守っているようにすら見える。だから、ここにも連れてきているだろうと考えた。


 そして、去年一度だけあったレスピアの様子からすると、彼女はおそらく、自分たちに攻撃しようとする試みを止めるだろうと考えていた。


 だから、彼は鎧を着ていないし、ここ最近使っていない時計の簡易起動機能も使わずにここに入った。彼が、今装備しているのは鼻梁に乗った眼鏡だけだ。


「何が聞きたいんだ?」


「何の話だ?」


「とぼけるな、お前の技術についてはそれなりに調べが済んでいる――よくわからない『鎧』を身にまとうこともな。」


「ほう。」


 感嘆の声、鎧について知っていることをあり得ないこととは言わないが、調べるのにそれなりの労力を要するはずだった。


 あれはこの国の騎士に委任され、国際法院に身柄を移された事件だ、基本的に一般人には情報は降りてこない。


 知っているのは――


「あそこにいた教員か。」


「そうだ、あの男の退職金を盾に聞きだした――聞いた話が事実なら、その『鎧』を使えばここにいた人間など物の数になるまい、だが、お前はそれを着てこなかった。」


 鋭い視線が、テンプスを貫いた。


「戦う意図はない、戦うという準備もしていない。私に何か用があるんだろう?何が知りたい。」


 眉を上げる、去年も思ったがどうにも頭が回る――さすがに生徒会長ということだろうか。


「……じゃあ、お言葉に甘えて。」


 変わらず、マギアたちを眺めながらテンプスはさらりと言った。


「――前生徒会長ってのは何者なんだ?」


「!?」


 シンケの視線が、再びレスピアを離れる。その目は明らかな動揺と敵意に満ちていた。


「……どこでその名を知った?」


「去年、ステラ先輩の一件の後、僕に会いに来た。」


「あの女がか!?」


「ああ、「後輩に誤解されたくないからね!」だそうだ。」


「……後輩?」


「僕のことだそうだ。意味は知らん。単純に学園の先輩って意味か……別の何かがあるのか。」


 彼の悪い方の想定が正しければ、おそらくその意味には含むものがあるだろう。


 彼は、今、それを確かめにここに来たのだ。


「僕は物を調べるのは得意だ、情報が一部でも残ってればそこから答えにたどり着ける。」


 黙り込むシンケを横目で見ながら、ただ、と続ける。


「前生徒会長については何の情報もない、人は口をつぐみ、情報は消されてる。ありえないほど徹底的に、一欠けらも残ってない。」


「……そうだろうな。」


「何があったのか、それはいい。話したくないんだろう、話さなくて結構だ、ただ、前生徒会長ってのは何者だ?なんでそんな躍起になって存在を消す?」


 カードも佳境だ、この分なら、勝つのはやはりレスピアだろう。


「……知りたいか?」


「それがわからんと、犯人が特定できん。」


 あの女がなんの技術を持っているのか、それいかんによっては前提が変わってしまう。


 ステラを倒せる人間は彼女の友人たちと――テンプスとマギアくらいだろう。


 ただ、その実力を埋める手段がある。圧倒的な技術格差は実力の差をたやすく埋める。


 もしそうなれば、前提は覆る。


 彼の想定が正しければ、その可能性はあった。


 今回の件にあの女がかかわっている可能性は低い。気配がしない。ただ、もし、彼の想定よりも。関わっていてもおかしくはない。


 確認する必要がある――対処できるのか、できないのか。


「見ろ。」


 そういって、シンケが懐から出され、その手から放たれたのはごく小さい物体だった。


 奇妙な形、長方形の箱に何やら丸まった動線のようなものと細長い紫の棒が付いたその装置は――


「――カンリ測定器?」


「そう、言うらしいな。」


 それは、魔力の『波形』を図る装置だ。


 特定周波波形の魔力を反対の波形の魔力をぶつけて破壊するごく初期型の『魔術崩壊装置』の基幹部品。


 オーラが扱えない、パターンも扱えないスカラーの属国――彼らはそう呼ぶことを好まなかったそうだが――の子供に持たせる護身用の防犯具として配備されていた装置の一部だ。


 変調された魔力を受けるだけで死んでしまうテンプスには無用の長物、彼はこれよりも使い物になる装置を作れるし、作ったことがある。


 マギアのような熟練の魔術師ならば魔力を無数に織り込んで無効にするその程度の玩具、軍事用ならもっと上等なものがあるし必要ともしない――ただ、この時代の魔術師たちには間違いなく脅威だった。


 明らかに古いものではない、経年劣化の形跡が見られない。


「それがわかるのなら、もう話は見えてるだろう。だからアリエノールはお前を疑わっている、あの女と同じ技術を持つお前が。」


「……やっぱりそういう話か。」


 顔をしかめる――去年から、そんな気はしていた。


 あの女の言葉、アリエノールのこちらに向けてくる敵意、ちらほらとみられる明らかにこの時代にそぐわぬ兵器群。魔法文明の遺産でありながら、どこかスカラーの意匠を残す装置。


 これはだ。


 つまり――あの女は、スカラーの技術を扱うのだ。


 自分以外で、唯一のスカラーの継承者。


 あるいは、その哀れな贋作。


「そして、これが、アリエノールのお前を嫌う理由だ。あの女が、この手の装置で何をしたのか、お前も同じ技術を扱うのならわかるだろう。」


 ぐうの音も出ない。それは彼の罪ではないが、彼に連なる罪だった。


 視線の先でレスピアがもろ手を挙げて喜んでいた。彼女の勝利だった。

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