計画通り

「――ここだ、中の奴がお前と話したいとさ。」


 そういって、ドルミネに導かれたのはどこであろう、理事長に特任チームの一件を伝えられたあの日、意識が消えかけたテンプスが運ばれたあの不可思議な部屋だった。


 片眉を上げたテンプスが入り口を眺めながら立ち止まっていると、真後ろの少女が笑う。


「別に、入ってすぐに取って食いやしないさ――まあ、話の内容次第でどうなるかわかんねぇけどな。」


 意味ありげなセリフ――中で誰が待っているかのパターンは四通りあったが、そのセリフで一人になった。今の状況で自分への攻撃を半々で選ぶ人間は一人だけだ。


「……僕、あの人とそんなに関連ないんだが……」


 壁に浮きあがるような階段に歩を進めながら、テンプスがぽつりとつぶやく。


 その背に、ドルミネは声をかけた。


「誰が待ってんのかわかってんのか?」


「わかるさ――顧問なら僕を攻撃はしない、理事長ならここは使わない、風紀委員長ならその場で捕縛だ、それ以外の人間はあんたに依頼なんてしないしできない、だとしたら可能性は一つ。」


 階段を下りながら、彼は確信を抱きながら振り返る。


「――生徒会長だろ?」


 果たして、階段を降り切った先、いつ高彼がマギアの膝の上で苦痛に悶えた場所――そして、マギアがもう一年を切ってしまった未来で何が起こるのか知った場所――で待ち受けていたのは、彼が想定していた通りの人物だった。


「来たか。」


「呼ばれたんでね。」


 そこに座っているのは鋭い目付の女子だった。


 背丈はテンプスを超え、テッラにほど近いその少女は、腰に掛かる長い白髪を垂らした狐のように見えるしなやかな顔つきだった。


 他人を見定めるようなその視線が、テンプスの掛けた眼鏡越しに彼を貫く。


「初めまして――でもないんだったか。」


「一応ね、去年先生の処遇を決める会議に証人喚問された時に呼ばれた。」


「……ああ、あの時の死体とぼろきれの中間か、あのぼろきれがずいぶんと自由に動くようになったものだ。」


「あんたらが何もできそうにないんで動くしかなくてね。」


 お互い、皮肉を込めた笑みを相手に向ける。相も変わらず口さがない。


「で?何の用だ、シンケ・リターテ。」


 ――この女子が、この学園における生徒の総代、誰にも認められることなく生徒の頂点に位置する生徒代表、『最も支持率の悪い生徒会長』シンケ・リターテだった。


「わかっているだろう?ステラ・レプスの件だ。」


「件だといわれてもな。僕に話せることなんてほとんどないぞ、消えたと聞いたのは昨日、行方は知らない、心配だから僕も探してる、あとは――たぶんさらわれた。」


 実際問題、この話の彼の進捗はこんなものだ。隠し場所にしてもめぼししかついていない。


 犯人に関しては――よくわからない。あと四人だ……この会合で聞き出せる話いかんによってはもっと増えるだろう。


 彼の想定では、この少女は最も話を聞きだしやすい相手だ。


 顧問は話すまい、アリエノールは海を言わさずに拘束するだろう、理事長は――何を交換条件にされるかわからない、下手に貸しを作る必要はない。


 最も話し合いに可能性が最も高いのは間違いない、確実とは言えないが。


「そういうだろうと思っていた、こちらとしてはそれを信じる理由はない――特に、ミュオ・ソティスから逃げたあの不可思議な技術を見た後ではな。」


 まるで周囲を睥睨するように、シンケは彼の背後の影を見つめた。


「どうせ、ここにも来ているのだろう?出てきてもらおうか。」


「何の話だ?」


 肩をすくめて見せる。一応、そういったポーズをとっておく必要がある。


「ふむ、そうか――お前を殺すといっても出てこないか?」


 次の瞬間、テンプスの体に向けられる無数の砲口。


 部屋の壁という壁から飛び出した砲口は明らかに魔法銃のものだ。


 単純な方法だった、ここ以外にも部屋があり、その部屋に入った人間が、


『片方にしか干渉しない壁……?ずいぶん高度なものを……』


 少なくとも、この時代の魔術ではない。テンプスのあずかり知らぬことではあるが、それは変性術の領分であり、先進情報開発部によって運用される壁面透過技術によるものだった。


 テンプスが用務員にとりついた老婆に生き埋めにされた時に使った『開放のパターン』の魔術的再現。それを行うだけで鍛えられた魔術師三人が魔力を注がねば起動できないほどの高度な魔術。


 これもまた、過去の遺物だ――ひどく非効率的で、だが、今はひっくり返す方法のないシステムだった。


「ずいぶんな歓迎だな?」


「仕方があるまい、お前とその協力者は並外れている。対策の一つもするさ。さぁ、マギア・カレンダを呼べ、それともその体に風穴を――」


「――やってみろ、その前にお前の首が体と別れを言う羽目になりますよ。」


 背後の影がうごめく。人の形をとったその影はいったいどういう原理か、浮遊する鉄の刃を伴って現れた。


 マギアだ、計画に従って待機して、計画に従って現れたらしい。


「――シンケ!」


 壁の向こうから声が響く、その声には明らかな動揺が見える。


 マギアにいくつかの砲口が向こうとして――それを、シンケが片手をあげて止めた。


「……初めましてか?一回生。シンケ・リターテだ。」


「ええ、どうも、生徒会長閣下、マギア・カレンダです。ずいぶんと荒っぽいあいさつでごめんなさい?」


 まるで何事もないかのように、二人は朗らかに語る。


 その首に、マギアの作り出している鋼の刃がかかっていなければ、それはただの初対面の挨拶だった。


「さぁ、あのへらへらしているうちの先輩からおもちゃの狙いを外しなさい、何をするにしても、そこからですよ。」


「いやだと言ったら?」


「言えるとでm――」


「――だめ!」


 脇から衝撃、それは攻撃というほど強くもなく、静止というのも意味を感じない。まるで――


「え、あ、お、おい、レスピア、どこから……!」


 ――子供のじゃれつきのようだった。


「……はい?」


 衝撃の当たった場所に目をやったマギアが間の抜けた声を上げる――そこにいたのは、ひどく小柄な少女だ。


 年のころは自分達よりも若い、明らかにこの学園に入れる年齢ではない。町の大通りなんかで遊んでいそうな少女。


 まるで抱き着くようにマギアにしがみついている少女に彼女はひどく困惑した視線を向けていた。


「えーっと……?」


 どうすればいいのかわからないと言いたげな顔のマギアを、少女が見上げる――おかしな魔力の動きはない、明らかに飛びついたはいいけどどうしようかと言いたげな顔だ。


「だめ、危ないことしたら。」


 そして、彼女は説得に掛かることにしたらしい。端的でしかし、言葉足らずな発言は、かすかにマギアの妹を思い起こさせる。


「え、あ、いや、そういわれましてもですね、あなた方がうちの先輩に武器を向けているのが問題なもので……」


「……?先輩……」


 誰の事だろうか?とばかりに少女の首が動く、その間、シンケはおろおろと少女の事を眺めることかできていない。


 その光景をテンプスがほほ笑みながら見ていた――この少女に会うのも一年ぶりだ。


 きょろきょろとあたりを見回す少女が、ようやく、シンケの体面にいるテンプスの存在に気が付き、彼に向かって手を振った。


「んー?あ、テンプー、元気?」


「元気だよ、君も元気そうだ。」


「元気だよ!」


「いいことだ。」


 笑って返す、古い記憶のサンケイを思い起こすその幼児性に笑う――この少女が、自分が来る前はこの学園でトップの成績だったというのだから驚きだが。


「シンケ、テンプーに銃向けたの?」


「あ、う、まあ、そう、だ。」


「だめだよ、危ないから。」


「いや、しかしだな、こいつはステラをさらった疑惑があってな。」


「ステラ……さらったの?」


「さらってないよ、僕も探してる。」


「探してるって。」


「いや、嘘の可能性がな……?」


「嘘なの?」


「ほんとだ、今日一日歩き回ってた。」


「ほんとだって。」


「いや、だから……」


「危ないことはダメ。」


「……はい。」


「みんなもダメ。」


「……と、言うことなので、全員武器を置くように。」


 その一言で、武器が引かれる――ここまではテンプスの計画通りだ。


 待ち人が生徒会ならこうなるだろうと思っていた――あとは、テンプスがどこまでうまく話を聞き出せるかだ。

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