仕掛け人
「なんだよ、今日は敬語じゃねぇんだな。」
「敵対してるやつに敬語使うのも何だろう?」
「かっこつかねぇな。」
ケタケタと笑う少女の声は、去年聞いたものと同じ声だ。
ドルミネ・ルブリケータ。
この学園における先端技術を扱う組織、先進情報開発室の『特記戦力』。
テンプスは知らぬことではあるが凶皇の遺物を扱うために作られたその組織における最大武力が彼女だった。
背中に押し付けられる硬質な感触にテンプスは眉をしかめる――なんだって同じ方法で人を脅してくるのだろうか。
とはいえ、今回は対策委員会の面々のようにはいくまい、背中にいる彼女は必要とあればためらわずに彼の背中を打ち抜くだろう。
「聞きたいことがいくつかある――それがすんだら、どこえなりともついていくさ。」
「……内容次第だな。私も、ここでもめたくねぇし。」
そういって渋い声を上げる彼女に苦笑する、とはいえ、気持ちは分かった。
「司書さんは怖いか。」
「あの人が怖くねぇ二回生以上の奴なんて学園にいんのか?去年の逆さ釣り事件の犯人だぞ。」
「……ん、あれは、すごい事件だったな……」
思い返すのはこの大図書院でおろかしくも騒ぎ立てた生徒の無残な姿だ。
午前中いっぱ逆さづりにされ、頭に上った地で赤黒くなった顔にいまだに恐怖を覚える人間もいると聞くほどに、彼女の折檻は苛烈だった。
「……ま、まあ、いいや、で、なんだよ。」
「ん、ああ……依頼人は?」
「それは言えねぇな。守秘義務がある。」
「ふむ……じゃあ、なんで僕がここにいると?」
「アルネの勘。」
「ああ、彼女……元気か?」
「おかげさまでな、時々はなるが……ま、かなりましさ。」
肩をすくめる気配――それほど経過は悪くないらしい、結構なことだ、わざわざ『パズル』を作った甲斐がある。
「連れて来いって言われてんのは僕だけか?」
「とりあえずはな。」
「何の用だ?」
「わかってんだろ?」
のらりくらりと重要な部分を答えずに、質疑が続く。
「僕が犯人だって本気で思ってるのか?」
「アリエノールは……いや、あいつも信じてはないか。ただ、お前以外ありえないと思ってるけどな。」
「あんたは?」
「……半々かな。」
「ひどい話だ、去年助けたのに。」
「事情が変わることはあるわな。」
「確かにな……そろそろ出ようか、司書さんの目が怖くなってきた。」
「おう、ついてこい。」
背中にめり込んだ銃の砲口がこちらに押し付けられる――さて、鬼が出るか蛇が出るか。
『まあ、ここまでは想定どおりだが……』
内心でこぼしながら、テンプスはここに来る前の事を思い返していた。
「――で、妹たちもいなくなりましたし、聞いてもいいですか。」
ノワとタリスと別れた後の影界で、マギアはそう切り出した。
「……なにを?」
「あなたの隠してること。」
そういわれて、テンプスは内心で歯噛みした。
彼女をだませると思っていなかったが思ったより早い。いよいよ隠せない領域に来たらしい。
「なんでなんか隠してると思うんだよ。」
「逆に聞きますけど、あれで隠せてるつもりでした?」
「……君のお母さんとかには隠せてた、と、思うけど。」
「隠せてませんよ、気を使ってはけただけです。」
「……ぼく、そんなわかりやすい?」
「近しい人相手のウソに向いてる人ではないですね。」
「むぅ……」
そんなこともないと思うのだが……と言いたげなテンプスは、しかし、ばれていることを隠せる状況でもないのは間違いなかった。
そもそも、テンプスが語った昨年の詳細には矛盾が多い。
例えば、最初に彼の語った話では対策委員会全体から財団の手を引かせた。と語っていた。
が、先ほどの話ではまるでソムニ以外、誰も狙われていなかったかのように語っている。
さらに言うのなら、彼は「財団の方はどうにか止まったけど協力者が止まらず、罠にはめようとしてたからそれをどうにかする時間稼ぎに僕がステラ先輩と戦った」というが――先ほどの話ではそれは財団が行ったようなことを言っている。
話の帳尻が合わない――どこかで情報が混線している。
「何かあるんでしょう?話していないことが。」
そういった後輩を見つめて、テンプスはため息をついた。
「詳細に話す予定じゃなかったとはいえ、あそこまで話したのは失敗だったな。」
「気が抜けてるんじゃないですか、それとも、褒めてほしかったとか?」
「……君になら、言ってもいいかなと思ったらポロっと。」
どこか恥ずかしそうに、しかし、信用を込めてテンプスが言った。顔が熱くなるのがわかった。
生まれてこの方、片手で数えられる程度しかいない人間の友人だからか、どうしても『無思の法』がうまく機能しない。口は軽くなるし、どうしてもいらぬことを話したくなる。
「ぇぅ、い、いいんじゃないですか、ええ、認められてるようで結構なことですよ……」
その様子に、マギアもまた気恥ずかしい様子で返す――どうにも、こうやって返されるとだめだ。
どこか気まずい沈黙が流れた。
「んん!えーっと……で、何がどうなってるんです?」
あまりにも露骨な話題変更、自分でも下手なやり口だと思うが――これしか思いつかなった。
「……一応言っとくと、言ったことは全部ほんとだ。財団の連中が対策委員会全体を狙ってたのは事実だよ。」
「でしょうね、で、何を狙ってたんです?」
「血だ。」
「はい?それはソムニさん――」
そこまで言って、おぞましい事実に気が付いた。まさか――
「――全員そうなんですか?」
その一言に、テンプスはどこか忌々し気に告げた。
「――そうだ、あの学園の、尋問科に属してる連中は全員血に魔性を宿してる。」
「……!」
それは、マギアからしても予想外のことだ。
尋問科が一体何人いるのか、彼女は正確なところを知らない。が、決して少なくないのは間違いないだろう、だというのに、それら全員が血に魔性を宿すというのは――
「最初、僕らと先生は対策委員会に隠されてた秘密の方に用があるんだと思ってた、でも、調べてくうちに気づいた――そうじゃない。」
対策委員会の秘密――学園の成り立ちに関する事実は関係がない。あるのは先生すら語らぬ過去に行われたある愚かしさの結果だった。
「血に魔性があるのはその時に知った、財団とつながってた『誰か』は、血と魔性すべてを欲しがった。手に入れるための最初の矢がソムニ先輩だった。それを知った学園は怒り散らした。それが学園側からの抗議の正体。」
そして、財団はそれを飲んだ、そこまでして、手を貸す義理を彼らは感じなかったのだろう。
しかし、頼んだ本人からすれば面白くない。だから――
「ステラ先輩に、財団の拠点の位置を知らせた。襲撃するしかないと思わせるために。」
結果が、あの襲撃計画だった。
財団は、ソムニの件に見てを貸していたのだ、彼らの理恵kになると踏んで。
『誰か』は財団の拠点にわなを仕掛け、それにはめることで、ソムニとステラ両方だけでも手に入れようとした。
それが、ステラの襲撃計画の全容にして、テンプスの語った『罠にはめようとしてたからそれをどうにかする時間稼ぎ』だった。
財団がソムニすら手に入れずに帰った理由の一つだ。国際法院を敵に回してまで、その『誰か』に手を貸す義理がなかった。
「だから、財団は動いてないと思ったんだ、あれほど手ひどく砂掛けられてそれでも手を貸すこともないだろうと思った。」
「そっちは理解しました、が、一体どういう理由で尋問科がそんな状況になったんです?」
もっともな疑問だった、こんな状態、意図しなければ起こらない。
「――前任の生徒会長がそうした、らしい。」
「前任の生徒会長?」
聞きなれない名前だ、今まで話に上がったことはない。
その名にいったい何があるというのか、図りかねているマギアに、テンプスはどこか煩わしそうに告げる。
「本人曰く、追い出された哀れな学生、もしくは――去年の事件の仕掛け人だ。」
「はい?」
またしても、マギアの口がぽかんと空いた。
意味が分からない、先ほどこの男は黒幕とはあっていないといったのではなかったか?
またしても疑わしい目を向けてきた後輩に苦笑する――混乱することだろう、自分もそうだった。
「財団とつながってたやつは不明だが、そいつをけしかけたらしいやつとは去年会ってる。」
「ほう、黒幕の黒幕ですか。」
「糸を引いてたやつなのは間違いない。そいつ曰く、頼まれたからやることやったら怒られたから手を引いた――らしい。」
そういって、朗らかに笑う女の顔をテンプスはいまだに忘れられない。
何一つ、悪いことなどしていないと言いたげなあの顔は、彼には到底理解できない人間の顔だった。
「何とも……子供っぽい人ですね、それが?」
「前生徒会長……と名乗ってた。」
それが、何を意味するのか、テンプスは知らない、知らないが――決して、素晴らしいことではないのだろう。それだけはわかった。
「誰なんです。」
「僕も実のところよく知らん。相手はほとんど自分のことは話してないしな。」
「でも、予測は立つ。」
あなたならそうでしょう?とばかりに聞いてくる後輩にテンプスはまなじりを上げた。
「……学園から前任の生徒会長の記録が消えてる、尋問科からもだ、あの組織がそんな手抜かりはしない。だとしたら、可能性は一つ。」
「消された。」
「だと思った、で、同時期に起きてる大きな問題というと――」
「あなたの言ってた「ステラさんが活躍した何か」ですか。」
「そう考えるほうが妥当だ――たぶん、その人をめぐる何かだったんだろ、そして、去年の一件から考えるに、おそらく……」
「その生徒会長が何かしたと。」
「そうとしか考えられん。」
「なるほど……だとして、その生徒会長とやら、今回の件にかかわってるんですか?」
「それを確認したいんだよ、だから――わざと捕まりに行く。」
そういって語られた計画を聞いて、マギアはまたしても深い溜息を吐いた――どうしてこの人は自分が危険な目にあうことを平気で選択するのだろう?
それで助けられている以上、否定もできないがどうしても物申したくなって、気が付けば彼の向う脛を蹴りつけていた。
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